出現


           


           *


 巨大な光の法陣が、五芒星を描くように発動する中、竜騎に跨った1人の男が、落ちついた様子で大船団を見つめていた。


 金髪で長身、顔立ちの整った細身の男。


 蒼国ハルバニアの大軍師、『英聖』と謳われるアルスレッド=ラルドーである。


 対ヘーゼン=ハイム。


 イルナス皇太子が砂国ルビナで発見された時、英聖アルスレッドは、それだけを考えていた。


 ヤツならば……


 あの化け物ならどうするか?


 真っ先に潰すのは、機動力ーー魔軍総統ギリシアだろう。用心深いあの男の実体を押さえれば、反帝国連合国の優位性は即座に失われる。


 しかし、果たして、そんな芸当ができるものだろうか。


 ルクセルア渓国の王城グラスリオは、大陸有数を誇る堅固な結界と防備で固められている。現在、ヘーゼン=ハイムが軍を動かせない。


 必然的に、少数精鋭になるが、それではあの防衛網を突破できない。


 ……不可能だ。


 それをやり遂げようと思ったら、膨大な時間と入念な準備がいる。少なくとも英聖アルフレッドにはできない。そう思った。


「……」


 いや、だからこそ。


 そんな風に思考を高速で巡らせる中、魔軍総統ギリシアの甲高い声がビンビンと響く。


「おほほほほっ! おほっ、おほおおおおおっ! こ・れ・で! あの男は終わりよーおおおおっん! すぐに、集められるだけの戦力を! イルナス皇太子さえ見つかればこっちのものよ!」

「……もちろんです」


 狂喜乱舞する男の要請に笑顔で応えながら、大軍師は、すぐさま考え直す。思考方法を変えなければならない。


 容易ではない……むしろ、『不可能である』とこちらが思うことを、あの男はやると考えるべきだ。


 英聖アルスレッドは、すぐさま、別働隊の派遣を画策する。この男だけをアテにしていれば、いざという時に潰される。


 即座に帯同できる者たちを第1陣。後ほど、魔軍総統ギリシアに運ばせる軍を第2陣。そして……表舞台で立ち回る魔軍総統ギリシアとは別に、隠密で砂国ルビナに向かう者たちを第3陣とした。


 第3陣は、大陸トップ級を揃えるだけ揃えた。


 99.9%無駄だと思われる過剰過ぎる備え。不発であった場合、後世の歴史家は皆『世紀の臆病者』だと口を揃えて言うだろう。


 そんな誰からも笑われるような馬鹿げた備えを、英聖アルフレッドは反帝国連合国取りまとめの権限を使用し、躊躇なく断行した。


 ヘーゼン=ハイムと対峙するということは、即ち、そういうことなのだ。


 第1陣、第2陣で捕まえられるなら、それもよし。だが、ヘーゼン=ハイムならば、ことごとくそれを越えてくるだろう。


 英聖アルフレッドは、なぜだかそう確信していた。


 そして。


 ヘーゼン=ハイムでも、絶対に対処しきれないであろう、最高戦力を、この場に集結させた。


「あっ……ちょ……ぶりけぇ……」


 ゼレシア商国の旅団長アルコ=ロッソも、目を丸っとしながら驚く。


あたくしも本当に、予想外でした。ここまで、過剰な備えが必要なのか、あたくしは半信半疑……いや、無信全疑でしたから」

「最大の備えが必要でした。周囲に気取られないようにしないといけませんでしたし」


 英聖アルフレッドは笑顔を浮かべる。砂国ルビナの周辺に敷いた包囲網は、ヘーゼン=ハイムの侵入を防ぐため。


 そして……第3陣をヘーゼン=ハイムに気取られないようにするため。


「流石は、英聖と言ったところですか……で・す・が、これで終わりー。イルナス皇太子は破滅決定ーでありますね。ダヒョヒョヒョヒョ! ダヒョヒョヒョヒョヒョ!」


 丸々と太りきった男は、仰々しいお辞儀をして、歯の浮くような台詞を吐き、胡散臭い笑い声を上げる。


「まったく、あの男には敬服しますよ。本当に、ここまでの備えが必要なのか……自分でもわかりませんでした。だが……結果は出した」


 この結界陣は、ヘーゼン=ハイムであっても、絶対に破れない。


 英聖アルフレッドは、自らの魔杖『法陣ノほうじんのことわり』で、五芒星の大結界を張った。これは、大陸トップ級の面々の魔力補助と強化も合わさった超結界だ。


 たとえ、軍神ミ・シルであろうと、この結界は壊せない。それだけの時間をもかけた。


 いかに、ヘーゼン=ハイムであろうと、この包囲網は抜けない……英聖アルスレッドは確信の確信に至るまでに、この状況を完成させた。


「さて……あとは、捕縛するだけです」


           *


「目に見えない敵?」


 ラスベルが尋ねる。


「ああ。表立って動く戦力が魔軍総統ギリシアの部隊である場合、裏で総力を結集された場合は対処ができない。限定的な戦力しかつかえないヤンでは無理だろうな」


 ヘーゼンは淡々と答える。


「そ、そんなの絶対に無理じゃないですか。それこそ、すーがいかないと」

「いや……そこまでの戦力を想定されれば、

「……詰みチェック・メイトということですか?」


 心配そうな声で尋ねるラスベルに、ヘーゼンは首を横に振る。


「だからこそ、あの男に託した」

「……は?」


 ヘーゼンは、淡々と答えながらつぶやく。


「僕の人生を賭け……最も信頼をした男だ」


           *


 ダメだ。


 一目、その戦力を眺めて、ヤンはそう確信した。


 英聖アルフレッドの法陣ノ理ほうじんのことわりで、逃げ場がない。そして……実に大陸トップ級の面々が、集結している。


 立ち昇る魔力を感じればわかる。


 この限定的な空間で、あれだけの戦力を退ける力は、自分たちにはない。


 そして。


 彼ら大陸トップ級の中で、最悪な老人を見にしてしまった。魔聖ゼルギスである。


 老人は自身の魔杖、『聖光ノ理せいこうのことわり』を掲げている。周囲には、無数の巨大な光弾が、幾十……いや、幾百をも浮かぶ。


「……っ」


 この攻撃は、防げないとヤンは一目でわかった。恐らく、補助魔法で強化も幾重にもかけられているだろう。グライド将軍の火炎槍かえんそうを遥かに超える出力だ。


 大海賊アルゴランの魔法では防ぎきれない。


 まずは、遠隔で船を落とし、残りの近距離部隊で捕縛される。


 『雷獣らいじゅう』でイルナスだけを逃そうにも、結界に阻まれてしまう。この瞬間移動魔法は、魔軍総統ギリシアの魔杖『千里ノ霧せんりのきり』や、ラージス伯の魔杖『虚空ノ理こくうのことわり』による転移能力ではない。


 ラージス伯は、すでに遠い場所で激闘を繰り広げている。虚空ノ理こくうのことわりの移動範囲は長くない。


 そして。


「……っ」


 どう考えても、反帝国連合国の攻撃が届くのが早い。そこすらも、計算に入っているほど、精緻な戦略が立てられている。


 まずい。


 どうする……どうする……どうする……


 考える時間が足りないうちに。


 その数百の光弾は放たれる。どれもこれも必殺級の威力だ。一目見て、やはり、これは防ぎきれないと悟った。


「……っ」


 ダメだ。


 ヤンは、イルナスに抱きついて倒れ込み、衝撃に備えた。


 その瞬間。


<<光闇よ 聖魔よ 果てなき夜がないように 永遠の昼がないように 我に進む道を示せ>>ーー清浄なる護りオド・タリスマン


 ヤンとイルナスの背後で、その詠唱チャントが響く。


 瞬間、大船団の周囲に、光と闇の透明なベールが舞い、魔聖ゼルギスの放った無数の光弾は、いとも簡単にかき消された。


 そして。


「あきらめますか? =


 振り返ると、そこには老人が出現していた。


 白髪の好々爺で、不可思議な瞳が印象的だった。


 そして。


 2人にとっては、見慣れた老人だった。


「オルラィおじいさん……なんでここに?」


 意味がわからなかった。ご近所さんである気のいい好々爺が、いきなり、その場に出現したのだ。


 だが。


 白髪の老人は、柔らかな笑顔を浮かべて答える。

































「すいません、偽名です。私はヘーゼン=ハイムの弟子……ライオール=セルゲィと言います」

「「……っ」」

 

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