脱出
*
大船団を浮遊させて自在に動かす。
それは、海聖ザナクレクの魔杖『
しかし、当の本人には、まったく心当たりがない。
「んだぁ!? いったい、どうなってやがるんだ!」
……いや、むしろ、周囲の者たち以上に驚いていた。確かに、今の時代で大船団で空を移動できるのは、海聖ザナクレク以外には存在していない。
だが。
「ガッハッハッハッ! ガッハッハッハッ! ガハッガッハッハッハッ! ワシ、カッコいい?」
そう……もう1人。
歴史の中では、もう1人存在していたのだ。
大海賊アルゴラン。片腕にフック型の魔杖『|風凪ノ爪』を装着した老人が、大船団の先頭で、千鳥足で、豪快に高笑いをしていた。
「……きゃ、
海聖ザナクレクは、あぐんりと口を開けながら叫ぶ。
「「「「……」」」」
いや、彼だけではない。その場にいる全員が、大海賊アルゴランの存在に、驚愕な眼差しを向けていた……ただ、1人、ヤン以外は。
「ぜぇ……ぜぇ……なんとか間に合ったみたいですね」
息切れをしながら、黒髪少女はニッコリと微笑む。
遡ること数時間前、ラージス伯と対峙したヤンは、大海賊アルゴランの
できるとは思っていた。
大海賊アルゴランは、自在に風を操ることができ、高速で飛翔することができる。また、大船団をも浮遊して大陸を大いに暴れまくっていたと、酒の自慢話で何百回も聞いたからだ。
大海賊アルゴランとグライド将軍。2人を使役し続けることは、ヤンの魔力消費を膨大にさせたが、なんとか魔力切れを起こさずに済んだ。
グライド将軍の派手すぎる演出(やり過ぎ)のお陰で、反帝国連合国側も帝国側も、そこに注意はいかなかったらしい。
だが、もう魔力切れ寸前なヤンは、悲痛な表情で海聖ザナクレクに叫ぶ。
「ぜぇ……ぜぇ……早く代わってくださいよ!」
「……っ、事情は後で聞くぜ!」
海聖ザナクレクは投げやりに叫び、部下たちとともに浮遊し船団に乗り込む。瞬間、ヤンの魔力負担が一気に軽減された。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……ふぅ」
どうやら、
一方で。
「くっ……沈めろ!」
食国レストラルのトメイト=パスタが、
だが。
「うわはははははははっ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ!」
大船船の周囲には、風の障壁が張り巡らされており、ことごとく魔法弾を弾き飛ばす。
一方で、海聖ザナクレクは、船の先頭で笑っている大海賊アルゴランをマジマジと見つめる。
「……間違いなく
「がはははははははっ! お前たちぃ! さっさとヤツらに鉛の○玉ぶち込んでやれーーーー!」
「爆裂下品!?」
ヤンのガビーンをものともせず、大海賊アルゴランはノリノリで指示をする。
「「「「へ、へいっ!」」」」
船員たちは戸惑いながらも、各々の船から魔砲弾を放つ。数百の竜騎兵団は、散り散りになってそれを避け防戦一方を強いられる。
トメイト宰相の表情が一気に強張り、すぐさまイルナスの方を見つめる。
だが。
「はぁ……はぁ……もう、遅いです」
ヤンはニコリと笑顔を浮かべてつぶやく。そこには、顔色の悪いグロテスク老人が少女に手を添えて立っていた。
『
瞬時に、ラシードを回収して、イルナスとともに船へと乗り込んだ。
「うろろろろろろろろろろろろろろろろっおげえええええええええええっ!?」
「内臓がベチャベチャで船内が汚い!?」
と二次被害は発生したが、見事に着地。これで、イルナス陣営は全員船に乗り込んだ。
「「……っ」」
一方で、ラシード伯、帝国暗部とカエサル伯は、大陸トップ級のダルシア副団長、カリス副団長、魔戦士長オルリオと激闘を繰り広げており対処が遅れる。
「くっ……させるか!」
竜騎兵団団長のハンフリーもまた、
「うははははははっ! 最近の若い
「ナイス老害!」
グライド将軍が飛びかかって
その間にも、大船団は高速で移動を続けており、かなり安全な距離まで離れる。
「やった!」
ヤンは思わずガッツポーズを繰り出す。
反帝国連合国も帝国をも出し抜くにはこれしかなかった。互いの戦力を拮抗させて、一気にこの場を脱出する。
ラージス伯もカエサル伯も空の戦いは得意だが、反帝国連合国側と戦いながらでは追いつけないだろう。
勝った……そう確信した。
一方で。
「ふぅ……ここまでの展開は、私では読めなかったですよ。本当に恐ろしい方ですね……あの人は」
トメイト宰相が銀縁眼鏡をクイッと上げた瞬間。
結界の柱が、五芒星を敷くように、広範囲に発生した。
そして。
大船団の先頭が、その結界に阻まれて押し戻される。
「……っ」
ヤンが慌てて大船団から大地を見下ろすと、大陸トップ級の面々が続々と結集している光景が見えた。東西南北……その数は、30人以上。
そして。
「
と指揮官のアルスレッドが笑みを浮かべた。
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