死:生存

 所々腐食して、緑色のコケが生えた角柱が真四角積み重なって建造物を作っていた。

 どこにでもありそうな倉庫か、山にある小屋のような小さい物にただ一つだけ、入り口らしき物が開いている。人一人通れるくらい、太っている人は入れないな。

 エクセインが中に入っていった。それを追ってまた一人……!

「おい! 今のシンシアじゃないか?」

「うん。たぶんそうだと思う。急ごう!」

 姿が見えないと思ったら、一体なにを考えているの? シンシアの力じゃ倒せるわけないし、自爆したとしてもムリだろう。

 しかし、シンシアの入り方が怪しい。入り口に背を向けて、中をコッソリ確認してから、静かに入って言った。

 戦うにしては、どうもおかしい入り方……用心していると言うのはわかるけど。

「あの女……心が張り詰めていた……」

 ルージュが息を乱さず、小さく呟いた。

「わかるの?」

「おう、これでも祖先がネコ系だからね……直感でわかるんだ」

 そう言うと飛び出すときに使った土の魔法を唱え、地面に向けて放つ。

「ああ! オレも!」

 自分一人だけ飛び上がったルージュの足に掴まり、石の祠らしき所に向かってジャンプした。


 祠に入るとエクセインが低い声でなにか唱えていた。

 中も見た目通り小さく必要最低限と思われる物しか置いてない。

 つまり、オラクルの詩に出て来た『空の道の先にある空の島』とか言うのに行くための道具。

 部屋の真ん中、他の床より高くなった所にエクセインは立っていた。

 三角形……直線じゃなくて波線で大きい正三角形が描かれて、その中に小さい三角形が向きを逆に描かれている。それぞれの頂点は剣のような形になっていた。

 色は濃い赤、黒と暗いもので統一されている。

 唯一明るい黄色い線は各三角形の頂点を結び、二つを繋げているように見せていた。

 ……

 辺りを見渡しシンシアを探す。入り口の横で壁に寄りかかって、エクセインのしようとしていることを止めずに見ていた。

 腕を組み、いつになく真剣な眼差しを投げ掛けて、エクセインを睨んでいる。

「なにし――」

「シッ!」

 彼女はオレの口を手で押さえ、口もとで人差し指を立てる。

 話すなと言う意らしい……。

 おとなしくオレとルージュは、エクセインのすることを見ることにした。

 運がよければ空の島と言うのに行けるかもしれないし……フフーン、人の探求心は無限大なのよ。

 エクセインの詠唱も佳境に向かっていた……と言うか、もう終わりに近い。

「我 ソロモンに集う者

 空へと流れる道よ 我に示せ

 鍵なる指輪 封印を解除せよ

 ルーフ イフ スタンドゥ! キャンス ライズ コントラック!

 ……

 九九、鍵! 汝の力全てに於いて ソロモンの封印を解除せよ!

 イースター!」

 どんどんテンションが上がっていき、一声上げると人差し指にはめた指輪を天井に向かって突き出した。

 指輪は応じるようにして、ついている赤いざくろ石、ルビー……だろう。それを眩く光らせ始める。

 大気が光に震えおののき、部屋の壁からは怨霊に似た声を吐き出しながら、青白い光の球が指輪に集まっていった。

 指輪はエクセインの指から離れ、空中に静止し球を吸収する。宝石の部分が金具から外れ、大きさを増していった。

 見る見る内に手の平サイズにまで拡大を遂げ、今度はより強力な光を発し、赤い稲妻を部屋の壁にぶつけ出す。

「あっち、あっち、僕の肌がぁ!」

「外に!」

 ルージュの背中を押して外に出し、シンシアの腕を掴み引っ張ったが、全然動こうとはしない。

 驚いた顔で赤い宝石を眺め、額に冷や汗か、熱いからか、とにかく大量の汗を流していた。

 稲光がオレの腕を打つ。

 思わぬ激痛にうずくまった。そこはエクセインの雷に打たれた所。

「クソ! 今日はビリビリな厄日だ!」

 叱責を飛ばし、痛さを紛らわせるために地面を叩いた。

 正解……手が痛くなっちた。うう……。

 瞬間、光がおさまり宝石は持っている全エネルギーを放出した。低い呻き声に似た声が呪うように広がり、頭の中で囁きに変わる。

『……死にたくない』

『痛い……痛いよう』

『ぐああ、あ、ア……殺さないで……く、れ……』

『ぐはっ! いてててて……』

『やめろ! 離せ、イテテ! イテーってバカ!』

 ってホントに怨霊の声か?

 不気味に頭に流れるそれは負に心を染め、死の淵をさ迷っているようだった。

「ククク、クハハハハハ! 久しぶりのシャバだ! やあっと出られたか……いいね空気があるってのは、演出はもっと怨霊を集めてほしかったな」

 エクセインがいた所……魔法陣の中心に男は歓喜の声を上げて立っていた……。

 つーかシャバって……。

 男は研究者スタイルの若そうな人間だった。白衣を黒に染め……いわゆる黒衣の服を羽織り、腰まで伸びた黒髪を風に揺らせ、鼻メガネをクイッと直した。

 男は、足に異物を感じて下を見る。

「おお! 踏んじまった! スマン、スマン」

 とすまなそうに言うがなぜか気を失って、倒れているエクセインの顔を何度も蹴りつける。用がなくなったら、腹につま先を掛け、オレの方に蹴り上げた。

 ……

 どうしようか……受け止める、受け止めない……。

 見逃して、落っことすってのもありだけど、顔面蹴られたあげく、地面とキスだなんてかわいそうだと思い、一応キャッチする。

「ナイスキャッチ!」

 あなたが投げるから、受け止めたんだろ!

 反論の声を上げようとしたオレに天井の岩が外れて、脳天に向かって一直線に落ちて来る。

 オレはしゃがみながら、岩をなんとか頭の上に乗せることに成功した。

 ついでじゃない。エクセインを抱えた直後だったからよけられなかったんだよ。

「うまいねえ。じゃ次だ」

 天井が外れて、青い空が見えているのになぜか岩が現れて、積み木のように次々に乗っていく。

 重し! これは……首がマズい!

「へえなかなかやるじゃないか……」

 この男か! 元凶は……一体なにするんだ?

 しかものん気に眺めているし……何者?

 今しゃべったらバランス崩して、何個積み上げられているかわからない岩に潰されちゃう。

 エクセインはともかく、自分が大事!

「久しいな……裏切り者、ドミニオンくん。 

 何年ぶりだったっけな? 確か一万飛んで三二年と二七四日だったか……」

 その言葉にシンシアの顔が引きつる。知り合いか? でも……ドミニオンってなんだ?

 どうでもいいけど、誰か岩どけてくれ! 腰が痺れるし、これじゃまともに話すことだって出来ないじゃない。

 ふとシンシアの足に視線が行ってしまう。なんかスクワット五、〇〇〇回して、立ったときのように震えているでないの。武者震いではあるまい……恐怖に震えているのか。

「恐いか……そうだろうな……我らを裏切ったらどうなるかわかってる? 答えろよ」

「……ししし、し、し……死ぬ、ぬぬ」

 物凄くどもりながら、シンシアは答えた。

「せいかーい、じゃあ死ね」

 おお!?

 一体なにが起こってるの? ゼンゼン、サッパリだわ!

 男は手をシンシアに向けてかざし、小さい不様に光球を作り出した。

「弾けな……美しく」

「なにぼさっとしてるか!」

 死刑宣告されて、断首台でしゅんとしている被告人と同じ顔して、突っ立っているシンシアに向かって蹴りをいれた。

 潰されることもやむおえない!

 エクセインには悪いけど、一緒に潰れてね……。

 と心中宣告した瞬間、エクセインは目を開け、オレを押し倒した。

 間一髪エクセインのおかげで潰されずにすむことが出来た。起きようと身体を起こすがエクセインが上に乗っかって、頭を地面に押しつけられる。

 苦情の一つでも言おうかと思ったとき、衝撃が来た。

 白い閃光が壁を突き破り、部屋全体が吹き飛ばされる。

「よけいな邪魔をしてくれたね。どうも、ありがとう」

「がふ! うっつつつ。お、お礼はいいんだけど」

 男はオレの首を掴んで持ち上げ、腹に何度も突きをいれて来た。

「いや、そうはいかないな。もっとお礼あげる。ついでに……」

 パンチの連続のあと、魔力が男の手の平に集まり出した。それをオレの腹に押しつけ、一気に解き放つ。鋭い衝撃波が内臓を歪ませた……。

 の、のん気に解説してる場合じゃなかった……もんのすごく、痛い……。

「土産もプレゼント……ククク」

 ……いつつつつ、つーか、エクセイン!

 呼び出したんだから、なんとかしろ!

 チラッと視線をやるとまた気絶して、地面に突っ伏してる女の姿があった。

 ……あんぽんたんッ!

 遠くからルージュが向かって来るのが見える。

 おもしろくなってきたな。オレは身体を起こして、真っ向から男を直視した。

「アデュ! これは一体なんなのか? メイク中に衝撃は禁物とあれほど! おお? なんだよこの感じわりー男は?」

「このバカナル! この方にそんな言葉言ったら、殺されちゃう。は、速く逃げなさい」

 無事だったかシンシア。

 絶妙なオレの蹴りが効いたな。

 シンシアの顔は表情を現しているが、まだ青臭い物は残っているように思う。近くで見れば明らかだ。

「誰なんだよこいつ、うさんくさ過ぎ……一皮むけば、不細工だな」

「そう、だね……いきなり人を殺そうとする態度、ムカつく! シンシア知ってるの」

 ルージュの言葉に続けて、オレも皮肉を言ってやったり。

 しかし、男はオレたちの言葉をムシして、自分の自己紹介を始めた。

「どこから言えばいい。取りあえず私が誰だか言って置いた方がいいな。

 ナンバー四八、正式名称はグラシャラボラス。本名はフラット・ガルフォだ。

 ソロモンの残した書物に書いてあることを言うと頭脳明晰、容姿端麗、芸術センスパツグン、化学を重んじるスーパー魔神。過去も未来も私にかかればスケスケなんでも知ってる知的な伯爵」

「と言うのは嘘で……

 常に血に飢え、流血と虐殺をもたらす冷酷な伯爵。と言うのがホント」

 シンシアが小声でつけたして言う。

 つまり……自分のことを慢心しまくってる変態伯爵か……。

「聞こえたぞ、ドミニオン。ああ、今はシンシアと名のっているようだな。

 貴様、私の部下だったくせに寝返りおって、処刑してやらねば気が済まない」

「はあ! 部下?」

「そう……一万年前、ソロモンが私のラボラトリーを訪れたとき、なぜかこいつは人間に危害を加えないと約束して、主人である私を売ったんだ」

 ウ、売った?

 シンシアは声をなんとか絞り出して言い訳し始める。

「あ、あれは……ふ、不可効力でして……そ、そう、あのときソロモンが私に言い寄って来たまして」

 一度しぼんでいった声が、復活した。

 ってゆうか。言い寄って来たって……。

「バカを言うな。貴様のことはよーく知っているぞ。貴様が男に目を向けるはずがなかろう、レズなのだから。貴様が恥を知らずに泣きながら、頼んだのを私はこの目で見ているのだ」

 ウワ……サイテー。

 そのころからレズだったのか。レズは生まれつきでトラウマじゃなかったんだな……。

 ガルフォの話、ホントなら……シンシアは一万を越す、バアさん!

「なあ。さっきからドミニオンって言ってるが、こいつの本名なのか?」

 ぼそっとルージュが呟いた。そう言えば、オレも気にかかっているよ……ドミニオン。

 視線をガルフォに合わせる。

「そうか……知らないのだなこいつがなんなのか。普通に考えれば一万歳生きることなど不可能だ。結論、こいつは魔神、ナンバー七三、裏切りの魔神、ドミニオン」

「魔神……にしては弱いね……」

 オレは視線こそ会わせなかったが、不信な目で空を眺めた。

「そりゃそうだ。私が封印される瞬間、こいつの力を半分は吸い取ってくれたからな。弱いのは当たり前だ……

 さて、くだらん前置きはこれでいいだろう。殺すから、抵抗するならしていいぞ」

「ちょっと待ってよ。その前にもう一つしつもーん」

 オレはまだ明かされていない問題があったから、ピンと手を伸ばしてガルフォに待ってもらう。

「何かな。知的な伯爵がなんでも教えてしんぜよう」

 知的かはともかくとして、腰に手をあてて偉そうにしている。

「あの何であなたが指輪の中から出て来るわけ? 空の島に行けるんじゃなかったの?」

「ああ、それか? 確かに空の島はあるけど、ここから行けるわけないじゃん。私がオラクルの原版を外に出ているなかま魔神に頼んで少しづつ変えていってもらったんだ。この丘にある……あった建物も作り物。ダミーさ。もういいだろう。始めようか、久しぶりで身体を動かしたいんだ」

 全身に鳥肌が立つ、強烈な殺意がガルフォの身体から吹き出した。

 だけど、そんなことでビビるわけない。抵抗はありったけさせてもらう。

 ルージュもグングニルを取り出し、強張った顔つきで辺りの空気を感じている。

 一歩間違えれば『死』と言う恐怖を……。

 その恐怖をものともせず、うつ伏せになって寝ているエクセインがちょっとうらやましいけど、死ぬよそこにいたら。

 恐怖を感じ過ぎているのか、ガルフォの殺気に圧倒されて、シンシアはそこにへたり込んだまま、断首されるのを待っているようだった。

 随分と時間が経ったような気がする。動いているのが時間だけと言うのがまだ続くのだろうか……。

 やがて、戦いの合図となるオンドリならぬ、イヌの遠吠えが聞こえて来た。

「カァッネェェェェェェ!」

 アホ者!

 こっちの異変に気づいたのか、全速力でウィルシュとジェシカが突っ走って来るのが見えた。

 気づいてくれるな! と叫んでやろうかと思ったが、そうもいかなくなる。

 動いたのはガルフォだった。

 オレの気がウィルシュたちに移った瞬間を狙って、いくつも……目に見て、数えるのがイヤになりそうなくらい、光球を作り出す。

 一旦、一個に集めたかと思うと、間髪いれずにそれを蹴った。

 花火のように破裂したそれは、柳の葉のように伸び、進路をオレたちに向ける。

 数が多過ぎ!

 一個一個交わしていたのではキリがない。オレは防御壁の呪文を唱えた。

「っバリア!」

 どうにか舌も噛まずに発動させることが出来た。早口言葉ってどうも舌噛むから苦手なんだな……今は関係ないけど。

 透明でホントにあるのかわからないけど、できたとしてオレはシンシアの腕を取った。

 ガルフォの攻撃、魔神だし防御できるなんて思えない、ここから避難する方が先決だと脳が判断する。

 一人、突っ立っている影がある。

「ルージュ! あなたも来い」

「いや、僕はいい。今逃げてもしかたないし、こいつを倒す」

「倒すのはいいけど、ホントに避られるの?」

 オレの言葉にルージュが余裕の笑みを見せた。

 戦うのは賛成だけど……光球の威力知ってんのかな。小さい一個でも小屋を潰せるほどだよ……それが何一〇個もあるなんて、考えただけでもオゾマシイと言うのに。

 予想通り、光球はバリアを音もなく破壊し、ルージュに迫る。

 驚!

 いくつあるかわからない光球をルージュは、グングニルの一振りだけで防いだ。

 考えれば、できることだったけど……強力強力って言うけど、やけにあっさりと……それだけグングニルが強いってことだね。

「ほほぉ」

 ガルフォが歓喜とも悔しいとも取れる声を上げた。

「貴様、グングニルを持っていたのか。確かにどこかで見た記憶があったと思っていたが、そうか……少しはおもしろくなりそうだ」

「お前、これのこと知ってんのか?」

「ああ、ナンバー四様。名前は位が高過ぎて、私では言えないがな、死を司る軍人と言っておくか。その御方が持っていた。ナンバーなき魔神だ。

 力は、弱い魔神なら軽く凌駕するが、武器訂正と言う扱いだったため、ナンバーが与えられなかった悲運の名器さ」

 エクセインの言ってた通りだ。ルージュの身体の中にそんなのが入ってたのか……負けた!

 大木を倒したときの爆発的攻撃力も頷ける。あのあと覗いて見たら、大木の存在自体、消滅していたのだから……。

「アデュ! もしかしたら、勝算あるかもしれないぞ」

「ないな……グングニルがあったとしても、使う者が未熟じゃな……私は倒せんよ」

 それは一理ある。

 魔神が使う専用の武器だ。人が持って武器の力を全て出し切ることは出来ないだろう。逆に武器に飲み込まれるのが関の山……。

 でも、勝てる確率が上がったことはわかる。運がよければラッキーってことも……。

「じゃあ……竜くん出番だよ……」

 今日、二発目! 疲れるけど、ガンバレ!

 今度はルージュが動く。ガルフォは防御にまわる。

 熱風が凪いだ。

 赤い槍が空を斬るたびに大気を燃やす閃が、迸りガルフォを襲う。振り回しながら、ルージュは接近戦を求める。

 ガルフォは赤い閃を素手で弾くと、お決まりのように無数の光球を作り出した。

「黒竜!」

 オレは声と同時に精霊をガルフォに向けて撃ち出す。別に声に出さなくても、意思で撃つことはできる……まあ、臨場感だと思っていい。

 今回はおとなしく、オレの言うことを聞いてくれて、目標を楽に捉えることができた。

 ガルフォをムシする形で脇を通り過ぎ、周りに作り出された光球を顎で砕いていく。光球が口の中で爆発するたびに、振動がオレに伝わってくる。

 オレにして見れば微弱なものだけど、砕いている本人はそうとうツライものだろう。

 ……一般的に精霊を通して、制御者に攻撃の余波のようなものは伝わって来ない。と言われている。実際、初めてのことだ。

 光球の力が増していると考えていい、さっきより格段にパワーアップしている。

 たぶんグングニルのせいだろう……人のせいにしたくないけど。

 ……グングニルは人じゃないからいいのかな……?

 黒竜は最後の一個を死ぬ気で喰らいつくと仕事を終え消えていった。

 役目は果たした。ありがとね。

 オレの目的はあくまでサポート。ガルフォにダメージを与えられる確率が高い、ルージュに任せた。

 たのみのルージュは光球がなくなって、更に加速して槍を繰り出す。

 接近戦ではルージュに分がある。

 今まで戦ってる所なんてじっくり見ていたわけじゃないから、その動きに圧倒された。

 突き、払い。この二つの動作の中で、パターンがあるのかないのか。分身にも息があるようにガルフォの服にかすっていくのが見える。

 接近戦が長引くにつれ、ルージュの攻撃も当るようになっていく。最初は難なく交わしていたガルフォの顔に焦りの文字が浮かぶ。

 スピードはほとんど互角だと思う。物理攻撃ではルージュが上だろうね……。

 決定的に危険視していた魔力攻撃も接近されていては、思うように出せていない。

 ルージュは攻撃の折りに間接攻撃、簡単な魔法で揺さ振っていった。どんな集中力しているのか……槍で攻撃している最中に言葉を紡ぐなんて……。

「こんの、なめんな!」

 ガルフォの動きが微弱ながら遅くなり、更には刹那の間止まる。

 そこを見逃すルージュではない。さっさと終わらせるために頭を貫こうとした。

 どうしたことか? 一瞬ルージュはそれをためらい、行動に変な間ができた。

 ルージュのとって、その間こそが命取りになったと言える。

「フィヴ・サウザンド!」

 ガルフォの身体が光を発した。

 本能的にしゃがめと命令され、身体を地面に押しつける。それと同時にシンシアの足も引っ掛けて、強制的に倒れさせた。

 レズバカはまだ、脅えるような目つきで、戦いの成り行きを見ている。全然避けようとしなかったのだ。

「うぐ、あああっ!」

 ルージュの苦しみに詰まった声が耳に届く。

 光が消え身体を起こすが、どうも熱く火照って来たような……。

 視界を地面から上げて行くと仰向けになって、倒れているルージュの姿が見えた。

 気のせいか、彼の身体。露出した部分が少し赤くなっている。

 気を失っているルージュにガルフォが近づいて行った。

「いやあ……ためらってくれて、どうもありがとう。私のフィヴ・サウザンドをくらってみてどうだったか……なっ!」

「うぐッ」

 例によって、お礼とばかりにガルフォは倒れているルージュの腹を蹴りつける。

 ……しかも剥き出しの肌を靴でキックしてるんだ。物凄い痛そう……。

「……やめな……次はオレが相手になってあげる」

「フフーン……やぁぁだ」

 ガキっぽい口調で、オレをののしると立て踵で続けに蹴りつける。

 不意に目を覚ましたルージュが蹴りつけて来た足を掴み、引っ張って倒した。

「アデュ……僕はまだやられてないって……」

 やせガマンして……。

 作り笑いを見せ、グングニルを掴んだ。

 どう見ても、ダメージ大だね。起きて第一声が、自分がやられていないと言うくらいだ、結構マズイ所まで来ているのでは……ホントに大丈夫だったら、メイクがどうのこうのって言うはずだもの。

「ほお。私のフィヴ・サウザンドを間近でくらって、よくこんなにも早く目が覚めるものだな」

「グングニルが助けてくれたからね……そんなにダメージないよ」

 ウソだね……

「フィヴ・サウザンド……ルージュどんなのか見たの?」

「見てないさ、こいつは眼を閉じていたのだからな……その行動は正解だな……閉じなければ、失明だけですんだか、どうか」

 オレの質問に、別に答えてくれと言ったわけじゃないけど、ガルフォが答えた……。

「フィヴ・サウザンドってのは、熱の光……全身から発せられた、光全てに高温の熱が宿っているの。ルージュはグングニルがあったから助かったけど、それがなきゃ火傷だけじゃすまないかも……」

「しゃべり過ぎだ……お前から殺されたいのか」

 親切に説明してくれたシンシアに向かって、

 まったく……少し感情を現したと思ったら、ガルフォの奴……。

 蛇に睨まれたネズミの形にはまっている、シンシアを見て、奥歯を噛んだ。

 どうもシンシアがおどおどしていると、調子が狂うと言うか……。

 ……ガルフォを倒す……竜を使うにしても、魔力の消耗が激しい。ムリして、光球を砕かせたから、よけいに魔力を喰われた。最低でも数える程度しか使えない。

 やっぱ、ルージュにかけるしかない……?

「ちょっと待てえい!」

「ちょっと待ちな! 登場人物二人、忘れてませんかってんだよ!」

 ……忘れていたかったよ。

「カネのためなら、空、海、土の中、どこでも行くぜ! ワン太ことウィルシュ様が来たから超安心!」

 自分でワン太って言うのか?

 そして、ワン太っていつの話してんの? どっと昔の出来事だよ。

「そしてあたし、スーパーな傭兵、ジェシカ! 依頼人のピンチに駆けつけたぜ」

 ……

 何を考えているの? よけいに邪魔が増えて、混戦状態じゃない。

『いくぜ!』

 二人は同時に叫ぶとガルフォに強襲をかけた。自ら自爆するなんて……ゴミが減って楽だわ。

 思いのほか彼らは健闘していた。

 グングニルにないにしても、彼らの攻撃はルージュと並んでいる。経験の差と言う奴だろう。ジェシカは傭兵業を長く続けているせいもあるが、ウィルシュが以外だった。知らないことが多過ぎ、カタールを使う時点でただ者じゃないと思っていたところ、エクセインに粉砕されたから、凡人だと格を下げたの。

 両手から繰り出される切っ先は流麗にガルフォを捉えている。黒衣を身に纏っているからハッキリと見えないが、腕や腹なんか切れていそうだ。物凄く浅いだろうけど……。

 細かい動きはウィルシュに任せ、ジェシカが大きく攻撃する。一発あたれば、致命傷にならないにしても、痛さは来るだろう。証拠にガルフォは斧の方を一番に気にしている。そのおかげで、ウィルシュの攻撃が当るんだろうけど。

 どっちも焦っている風には見えない。二人を相手にしているが、ガルフォはグングニル以外の物で魔神を殺すことはできないと言った素振りで、軽い気持ちで交わしている。まあ、当れば痛いからよけてるみたい……。

 ……!

 重大なことに気がついた。このまま接近戦してたらあの二人、豚の丸焼き……もといフィヴ・サウザンドくらって溶けるんじゃない?

「おーい。離れた方がいいよ」

 このまま通常の武器で攻撃しても、らちがあかない。とりあえず、戻そうとしたのだが……ムシしてるし!

 そのときだ。ガルフォは攻撃を交わしながら、光球を二つ作って、二人の振るう刃に叩かせたのは……。

 スポン!

 パコン!

 軽快な音を立てて、光球が割れるが爆発しなかった。

 爆発する代わりに吸い込み始める。中が真空だったのか、空気を吸収しようとするが、これは異常だよ。

 距離をとっていたオレのところまで、引うき寄せようとする力が働いてくる。この状況予想して見るとイヤな予感が……。

 予想は大的中した。トイレ、もしくはお風呂の水が流れて行くようにキュッポンと、二人は吸い込まれて行く。助けようにも、巻き添えをくいそうで足が動かない。

 割れた光球は二人を吸い込むと傷口を塞ぎ、1カラットぐらいの丸い宝石に姿を変えてしまった。

「ありがたい……昔あった研究動物はもうないからな。この時代で手に入れなきゃならなかったんだ。

 お!

 これはスゴイ!この男、カネと言う言葉で自分を覆い隠しているではないか……本当の自分を隠しているのか、それとも本当にカネが命なのか。調べたい、こいつの心を」

「なにィ……!」

 ガルフォ……自分で言うように過去も未来遮断も心さえもスケスケに見られてるのか。

 ……ウィルシュの心は、誰だってわかりそうね。

「それは違うよアデュくん。私は意識すれば他人の心の中も読み取ることが出来るんだ。精神力の違いだな。意思が強い者は奥まで見れないし、もっと強ければ表面的なことすらわからないけだいたいはスケスケ水晶だな」

 バカか……これ以上覗かせてたまるか!

 オレはすぐに心を固くしてみた……気分だけど……。

「そうそうそこの男……ルージュくんだっけ」

 ってなに言い始めるんだこいつは? せっかく心を固くしてやったのにどうしてルージュに飛ぶんだ。

 オレの苦労はみずあわ水泡じゃない。

「君は昔、リビド・ヒューム自己保存本能ってことで、民族から嫌われていたな。親も殺された。なかま猫人族に自分を産んだ罰だと言う言分でね……かわいそうだ、異物を産んだせいで殺されることになったんだから……。

 そうか……君はアデュくんのこと好きだね。自分と同じ力を持っているからかな。かわいそうにアデュくんはその力を持っていても別に君のように苦しんでいないんだよ。君とは別の生物だ」

 ……こいつ、イカレタか?

「……ウル、サイ……ウルサイ、ウルサイ!! 僕に干渉するな! するなら……えーっとシンシアはムリだな……エクセインだ。エクセインに干渉しろよ!」

 全然ルージュこたえてないな。逆に干渉する相手指名してるし……。

「逃げるのか。本当は『恐い、恐い、アデュにまで嫌われたら、僕は……』そう心が言っているぞ。正直だな心と言うのは、考えることを止めない限り、君の心は私のオモチャになっていく。不安だろう。自分の普段ナルシストになって隠している部分が他人に見られているんだ。恥ずかしいだろ、イヤだろ」

 ふ……そんなのでこたえる人間いないって……。

 そうだ、人間はいなかった。フィライン猫人族はもろ精神攻撃受けて苦しんでるし……片膝ついて、    両手で身体が震えるのを抑えている。そんなに恐いものなのかな……ひとりぼっちって?

 オレはそんなに恐くないけど……

 繊細なんだなルージュは。

 にしたって、そんな事情いきなり言われると混乱しちゃう。

「やめなよ……イヤがってるじゃない」

 苦しむルージュの姿を見て、喜ぶガルフォに嫌悪を感じ言葉を吐き出した。

 切り替えが速い。喜んでいたかと思ったら、冷たいなにも映していない顔でオレを睨む、と言うよりおぼろげに眺めた。

「お前は最後にとって置こう……神経ズ太そうだしな」

「なんですって! ちょっとそれどう……あなにするのよ」

 オレから視線を外して、未だに気がつかないエクセインの髪を掴んで持ち上げる。

「こいつの心を覗いてやるんだ。言ってなかったけ、私の趣味は人の心を除いて、精神的苦痛を与えて、狂わせる過程を見ることだって……」

「な……にをぅ?」

「最初に言ったろう……流血と虐殺をもたらす冷酷な伯爵、グラシャラボラスだと」

 ちょっと違くない……?

 流血と虐殺をもたらす冷酷な伯爵って言ったのは……はッ! 一々訂正して、どうするの!

 自分にツッコミをいれる。

 その間にもガルフォは、エクセインの頬を数発殴り、起こそうとしていた。

「ッウ……」

「バカ、おとなしく寝てればいいのに!」

 更にもう一発、拳が飛び、彼女の目は完璧に開かれた。赤くなっていた自分の頬を手で覆い、ガルフォの顔を直視する。ケンカ売ってる子供の顔だよ……。

 ガルフォは頷くと、気絶しない程度に腹を足で抉った。身体の力が抜け、がくんとエクセインの身体は沈み、髪だけがそれを支えている。

 あのバカ男! 一度斬らないとすまない。

 接近戦で勝てるかどうかわからないけど、背負っている月夜見の感触は伝わって来ている。ギリギリの所で竜を使うか?

「そうせぐな……お前のように精神力の強い者を覗くのは一番の楽しみなんでな。メインディッシュはオードブルの途中に出さないものだ」

 おいおい……オレは肉か? せめてデザートにしてほしいな……

 感情のせいで心の締まりが悪くなったのか、ガルフォはオレの考えを読み取った。

「ふふ、エクセインくんもおもしろい経歴をお持ちだね……。

 それで、ソロモンの遺産を……」

「おい、一人で納得してないで、口に出しな」

 一人でかってに笑っているガルフォを見て、オレもちょっと気になってしまう。所詮はオレも人の子か……。

「……彼女は驚くことに、悲劇のヒロインと言う者だ。衰退していき、食べる物がなくなっていく村の出身、自分が働いて村の人を助けようとしている。そのためにはどんな犠牲もいとわないか……イロイロ酷いことをして来たようだな。自分のためにどれほどの人間が餓死していったのか、たった一部を助けるためにその何十倍を殺してしまう。

 これはおもしろいな……お前の願い叶えてやろう……」

 何を思ったかガルフォはエクセインを離し、地平線の彼方……あれは、北の方向かな。そこを眺めだした。

 何が起こっているのか知らないけど、エクセインは頭を抱えて、地面に擦りつけている。

 うわごとみたいに、誰かに謝ってるみたい。

 このチャンス……のがしてなるものか。

 オレは足音を立てないようにして、エクセインに近づいて行った。隣にはガルフォがいる……注意しないと。

 オレ……ホントにムシされているの?

 難なくエクセインに近づき、腹を抱えて引っ張り起こしながら、そんな気が不意に思えてしまった。この男はなにもない空か地上かを見ているだけで、ただカッコつけているとも見える。

 なんにしてもエクセインはまだ、精神攻撃を受けているみたい。

 目を開けたまま、ぶつぶつ呟いている。オレが引っ張っていることに気づいてないよ。


「よし……完成だ。ってあれ?」

 それからガルフォが声を上げたのは、数分後だった。振り向いて、誰もいないことに気づき、ちょっとうろたえる。

 オレはへばっていたシンシアと一緒にエクセインとルージュを引っ張って木陰で一息ついていたのだ。

 辺りを見渡し、たぶん標的であるエクセインの姿を探しているのかな……?

「おお、いた! お前たち、いい知らせだ」

 オレたちを見つけたガルフォは足を速めて、近づいて来た。

 パチッっと指を鳴らすとエクセインが悪夢から目覚めたように、辺りを見渡して自分のいる所を確認す……と言うことは精神攻撃を解除したんだね。

 今度は口で攻撃するのか?

「エクセインくん……君の目的が叶えられた。君の住んでいた村の近くの山を私の力で噴火させ、火砕流で押し流した。君のまだ瀕死にもかかわらず生きていた両親は死んだよ」

 ……何を……言っているの?

 何の話をしているの?

 オレは少し理解に苦しんだ。あまりにも唐突過ぎる。

 エクセインの故郷を破壊した……? 両親は死んだ?

 それを聞いたエクセインは、呆然とガルフォの口を見ている。放心状態と言うのか?

「彼らの悲鳴はあまりおもしろくなかったな……死にかけの村を壊しても、たのしい悲鳴が聞こえてこないから実にくだらない。

 安心しただろう……これで、働く目的がなくなり、君は自由だ」

「ちょっと待ってよ? どう言うことだ。エクセインの目的は、村を復興させることだったはずじゃ?」

 肉親が死ぬってのはまだよくわかんないけど……エクセインはマジで廃人みたいに目が白いぞ。そんな反応を見せているって言うのに、彼女の目的が破壊だなんて、にわかに信じられない。オレは答えを待った。

「心……」

「はあん?」

 意味不明な一言にオレは、間抜けな聞き返し方をしてしまう。

「心がそう言っていたのだ。本当は村がなくなってほしいと心の隙間で、喘いでいたのを私が掘り出して、叶えてあげたのだ。

 なんかモンクあるか」

「ア――」

「あるに決まってるじゃない! なんのために隙間にある物を選ぶわけ!? もっと他にあったでしょ、村を助けてほしいとか! 経営をもっとのばしたいとか!」

 アホーか! とオレが叫ぶ前に、エクセインが牙を剥き出しにして、食いかかっていった。

 後ろからオレはエクセインを掴み上げて、襲い掛かろうとしているのをなんとか止める。

 逆上し過ぎだって、一人でなにが出来るっての。

「離しなさい! アデュ、離せ!」

 んなこと言ったっても……今、離したら、バランス崩して地面にぶつかるって!

「くぅぅぅぅぅ! 女の子でなければ、ビンタしてでも離させるのに!」

「そうだ、言い忘れたが……アフターサービスで君の会社も潰しちゃった。

 君の名前も会社も世間から、抹消されましたぁ! よかったな!」

「な、なんですって! ゆゆゆゆゆゆ、ゆるる、許さないィ!!」

「くっ!」

 バカ力でオレを撥ね退けようとするエクセインの身体から、スッと手を離した。

 予想通り、彼女は自分から地面にぶつかって行き、静かになってくれる。どうやら、オレが手を下さなくても、機能停止できたようだね。

 ……

 エクセインが静かになったせいで、オレとガルフォが視線をぶつけ合うことになってしまった。

 視線を逸らそうとしても、くっついてしまったのか全然、首が動かせない。

 オレはありったけの力を振り絞って、感情、記憶を無にしようとした。

「次は、お前だ……」

 低い声が聞こえて来た……。

 頭、耳、どちらともいえない……。

 もぞっと背中が擽られる……。

 クシャミって、歯磨き……?

 ハトが八羽で波止場……!

 もう、ダメだ。無になるとどうも変なことばかり、浮かんで来てしまうよ!

 見るなら見てみろ……でも、奥は見ないで。

「ム……!」

 ガルフォが額に汗を掻きながら、くぐもっもらすた呻き声を上げる。

 何を見ているのだろうか……? どこを見られているのかわかればいいのに、サッパリだから、足が痒くなる。

「ムムムムム!」

 なにがあった。なにを見つけたの!?

「ム! なんだこれは? 全然見えてこない! 私を寄せ付けないほどの精神力を持っているのか、この変な格好をした者に?」

「どこが変だって……」

「お前を最後に持って来たのは間違いだった。気分が悪くなる……」

 そう言うとガルフォは空に浮かび上がって、オレに背を向けた。

 逃げようっての?

「どこに行くの! オレをムシして逃げるのか!?」

「私はもっとおもしろい食材を探しにいかねばならない。モルモット……モルモット。どこか近くにいる。たくさん、たくさん!!」

 ガルフォは狂ったように叫びを上げると、たぶん街の方に飛んで行ってしまった.

 お……オレはどうなるの?


「起きろぉぉ!!」

 そう言って、エクセインとルージュの頭を力一杯殴る。ガルフォがいなくなって、オレはすぐに行動にでた。

 ガルフォを呼び出したのは、エクセインだがオレも関っていないとは言い切れない。そして、呼び出したバカ者が街の無関係な人を殺す……殺さないかもしれないけど。とにかく迷惑かけるようだし、助けないでほっとくわけにはいかないだろう。

 メンドーだけど。

 オレが叩き起こしたにもかかわらず。二人は、なんと体たらくな目で地面を眺めているではないか。

 一種のキレる一歩前まで吹き上げる怒りに任せて、二人の胸ぐらを掴み、無理やり立たせようとした。

「立て! 立ってアイツを倒しに行くんだ!」

「ムリだよ……グラシャラボラスは魔神だぜ……勝てるわけない」

 オレの手を払い除け、ルージュが荒んだ声でそう呟いた。

「そうだね……私の力じゃ歯が立たない。やるだけムダ」

「ガルフォ様は、魔神のランクが上位にある方だ。止めようよ。戦ったてムダ死にするだけだ、逃げよう」

 な、ななな、なにを! 体たらく過ぎる。

  ルージュの言葉に続けて、エクセイン、シンシアもそれにつけ加えて言う。

 き、きききき、き、キレ、キレ、キレそう! ビチ!

「バカ者まぉ! なにが私の力じゃ歯が立たないだ! 第一エクセインはアイツと戦ったのかよ! 第二にグングニルで追い詰めようとすれば出来るはずだ! 第三! てめーら根性がなさ過ぎるんだよ。やる前から、止めてどーすんだ! やる気がねーなら帰れ!」

「アデュ……キレた?」

「キレただと? 当たり前だ! お前ら見てると情けなくなる。ソーサリス召喚士にリビド・ヒューム自己保存本能聞いて飽きれるぜ! 一回負けた……違う! じじじまだ勝負ついてねーのに放棄しやがる。お前らミジンコ以下だ! ぞうり虫にでもなっちまえ!」

「ぞ、ぞうり虫……(そう言えばアデュってキレると男言葉になるんだ)」

 オレの言葉を復唱するルージュを一瞥するときびすを返して、ガルフォの飛んで言った方向を睨んだ。

 まだ黒い黒衣が肉眼でも確認できる距離にいる。

 ……どうやって追いかけるか?

 走って追いつくわけないし……エクセインが召喚したアンコウでもあればまだ、可能性はないわけではない。

 しかし、このフヌケた間抜けないか……。

 早くしないと、皆殺し? か……クソ! ネガティブ・モードになったって仕方ないじゃないか。

 焦る気持ちを抑えつけながら、もがき続ける感情の高まりを感じていた。

 ――俺様を取り込め……。

「あ?」

 ――今の状態なら、俺様を取り込むことが可能だ。

 いきなり、わけわかんない低い声が響いて来た。急に聞こえたから、わからないのもむりはない。聞き覚えのある声は、オレと長く時を過ごした者だった。

 黒竜か?

 ――当たり前だ! 他に誰がいる。そんなことは、まあいい……用件を言う。今、精神的に不安定な状況、トランスに近づいている。ここまで言えばわかるだろう。

 取り込み……。

 これは他のリビドに見られることかは前例がないから、一切不明である。教科書にも資料にも載っていない、精霊の二つ目の使い方。

 最初の取り込みで得た精霊を普通に取り出すことは、誰でも知っていることである。しかし、その精霊を更に自分に取り込むことは知られていない。

 黒竜いわく、トランス・モードと言う。トランスとは、感情を抑えることが出来なくなって、暴走のようなものが起こり始める状態で、その時はリビドに関らず精霊を取り込むことが出来るらしい。一般に起こりえることではないし、学者も知っていないが……。

 それを利用して、精霊の力を更に自分と融合させると言う。

 前に一度だけ体験したことがあるが、細胞分裂してそうな痛さが襲ってきて、二度とやるものかと決意したのに……。

 ――そんなこと言ってる場合か? 前はトランスになる兆しもなかったときにしたからマズッたのだ……が、今回は大丈夫。安心して、取り込め!

 つーか……黒竜。ただ戦いたいから、そう言ってるんじゃないの? ほぼ一心同体の中で、隠し事しても筒抜けだぞ。

 ――それは盲点! で……答えを聞こう。

 答え……聞くまでもないだろう。お前はオレの一部だから……

 それでもオレはこう答えた。結果として、。

「ノーに決まってんだろ。痛いのはゴメンだ」

 ――ウソをつくな……冗談にしても考えが見えてるって自分で言ったろ。

「う、盲点! 行くぜ!」

 オレは声を上げて、黒竜を呼び出す。この一回で決めねば……。

 再度、黒竜はオレの腕から抜け出し、鋭い唸りで風を切り裂きながら空を仰ぐ。鞭のように身体がしなり、頭を急旋回させ、オレに鋭い牙を向けた。赤い殺意を帯び、裂閃を轟かせながら、オレの頭を噛み砕く……ように見えるだけ、寸前で顎の先がスウッと消え、身体の中に入っていく。

 正確には魂の器に取り込まれている。

 シッポまでそれは入ると、急に手の平を返して暴れ回って来た。

 器から抜け出し、オレの心と身体を喰おうとする。全身の皮膚がピチピチっと悲鳴を上げていた。力ずくで黒竜を抑え込もうと必死になっているのだろう。

 オレだってなにもしていないわけじゃない。

 精神を集中させて、黒竜を静めようとしているのだ。下手に気を抜けば、意思を食い尽くされて、オレが消滅してしまう。つまり、奴はオレを乗っ取るつもりなのだ。

「あああああ!」

 歯をくいしばった。重く伸し掛かって来る存在が重なって行き、内臓がムカムカと沸騰して来る。

 目が熱い! 火花を散らして燃えているようだ。瞼が熱で溶かされ、爛れてきそう。

 口の中の水分が蒸発して、カラカラになってくる。喉が痛い。肺が何者かに押されて、呼吸が出来なくなる。

 発火しそうだ! 汗が滝のように流れている。せめて『汚い! お風呂に入りたい!』 くらい言える余裕がほしい。

 不意に身体が軽くなった。

 ――成功だ……ありがたく思え、俺様が身体に攻撃して、お前を怒らせる。そして、より大きな器に進化させることが出来た。俺様も窮屈しない、お前も苦しまない。バンバンザイと言うべきか?

 イッペン殺すぞ!

 ――よし! 怒りのパラメーターもバッチリ。わかりやすい奴でいいよ。トランスに近づくと口調が荒くなるからな。

 なんの因果でこんな仕打ちを……。

 オレは力の存在に驚いてしまった。確かに取り込みは能力を上げると言うが、ホントに自分に力が入ったと感じるのは、これが始めてのような、そうでないような……。

 黒竜のことが少し恐ろしくなる。今までは、活躍しなかったけど、いざ自分の奥にまで入れて見るとオレを飲み込むくらい簡単にやってのけそうだ。

 ――何を言っているのか? お前を飲み込むなど、もってのほか! お前の存在の方が俺様にはムカツクほど大きいさ……悔しいがな……。

 お褒めの言葉、どうもありがと。なにも上げないけどね。

 ――誉めてない……それより、追わなくていいのか。今なら俺様の力で空くら飛べるぞ。

「スッカリ忘れてたぜ! おくびょう者は見てろ! オレたちの戦いぶりを」

 フヌケ者三人を軽く眺めて、月夜見に手をかけた。

 この戦いは、月夜見に見物してもらわなければ……荷が勝ち過ぎる。

 竜を取り込んだおかげで、剣が耐え切れなくなっているだろう。ムダに壊すより、ここに置いていった方がいいと言う黒竜の提案だ。

 お前もオレたちを見ていろ……。

 たちとはもちろん、黒竜も入っている。が、事情を知らないルージュたちは、目を点にして、眺めていた。

 ま……いいけど。

 オレは三人と一刀を背にして、風に乗ってガルフォを追った。


 思ったより、ガルフォは遠くに行っていなかった。雲のようにのんびりと空を漂いながら、ガルフォいわく『モルモット』の臭いをかいでいる。

 それはオレにとってありがたいことた。

 最初はハイスピードで飛び出して行ったくせに、途中から風が運んで来る臭いを楽しみながら、目的地を目指している。

 ホントにバカな男だ。

 自分を殺しに来ている者がいると言うのに……一撃、挨拶でもプレゼントするか?

 オレは左の手を握り絞めた。赤い闘気が身体を覆っている中で、左の拳の隙間から、煌くように赤い閃が漏れている。

 取り込んだ精霊の取り込み……どこまでパワーアップしてるか?

 いきなり死んだらゴメンな、フルパワーで行かせてもらうぜ!

 オレは握り絞めた拳を開いた。中には親指の爪くらいの小さな光球が耀いている。思わず見惚れてしまいそうだ……。

 …………

 ――おい! 見ほれてどーすんだ! 早く攻撃しろ!

「う、うるさいな」

 言われなくても……!

 オレは気づかれないようにガルフォより高く昇って、狙いを定めた。光球を手の平に乗せたまま、正確に奴の背中の位置を見比べる。動いている速度も計算しなくてはならないからメンドーだ。

 全ての下準備を終え、最後に右手の人差し指で弾く。

 勢いよく飛び出した光球は、狙いをちゃんとはずれずに飛んでくれる。あとは気づかれなければ成功だ。

 そんなに甘くないけどな。オレも弾を追いかけて、下降する。当らなかったとき、接近戦に持ち込むためにだ。

 ヒョゥ。

 微かに聞こえる涼しげな音が戦いの前に心地いい。

 ガルフォは音にすら、耳を傾けないで臭いを嗅ぎ続けている。これで終わったら、ホントにあっけないけど……。

 光球はガルフォの背に強い衝撃を与えて、突き抜けて行った。身体が木の葉のように崩れ、ガルフォは重力に身を任せ地面に向かって行く。

 先に地面に触れたのは光球の方だった。爆発音が辺りに轟いたかと思ったときには、赤い稲妻を発し、大地を飲み込んで行く。

 木は熱で燃え盛り、爆風によって空に舞い上げられる。土がめくれ、下の固いものが塊になって、吹き飛ばされた。

 グングニルが大木を貫いたときと比べられないくらいの激しい光が生まれ、そこにあったもの全てを根こそぎ奪って行く。

 光に巻き込まれて、ガルフォの身体が粉に訪れるなって消えていった。

 自分で使った力がちょっと恐くなる。そして、魔神と呼ばれた男の最後でもあるのかも。

 オレがぼーっと焼け野原になった大地を見ていると黒竜が絶叫した。

 ――バカ野郎!

 身体が勝手に捻れる。瞬時に黒竜が動かしていることに気がついた。

 なぜそうするのか問う間もなく、特上の衝撃が脳を左右に揺さ振る。意識が吹っ飛び、視界が黒と白の入れ代わりで染まっていった。顔に熱気を感じて、どうにか目が覚める。

 気づいたときには、死んだはずの魔神グラシャラボラスの姿が迫っていた。

 勝手に光球が放たれ、連続してガルフォに飛んで行く。

 ――いつまで、ボーっとしているんだ。

 叱咤が頭に響き、我に返った。

 意識が飛んでいる内は、黒竜が操っていたらしい。そのおかげで、墜落せずにすんだのだが……。

「バカ目! そんな弱い弾が私に効くか! お前が来ることくらい、早くに気づいていた。だからダミーをつくって、お前をハメたんだ!」

 クッ……!

 光球がぶつかり、生まれた煙が視界を覆い隠した。中からガルフォの声が聞こえるが、どこにいるのか見当もつかない。

 一旦、身を遠ざけようとしたとき、狙っていたようにガルフォの姿が煙の壁をぶち破って見えた。

 両の手を繋ぎ合わせ、オレの頭を力任せに叩いて来る。無論、黙って身を引いていたわけではない。力だけに頼って、技術と言うものが微塵も感じられない攻撃をよけることなど雑作もないと思う……。

 ひょいっと身体を半歩下がるとガルフォの攻撃は当らずに隙を作るものになった。

 ……空中で半歩もなにもない気がするが……。

 ガルフォの身体は運動エネルギーにこらえきれずに回転しだした。そこへ膝を出して、相手の自爆をはかる。頭が来る軌道にあわせて待つ……。

「ニギ!」

 悲惨だ! オレのちょっとしたミスを逆手にとってガルフォは、カウンターをくらわす。

 オレの膝が頭に当った瞬間、そこを支点にして下半身を持ち上げ、脳天目掛けて、カカトを下ろして来た。

 無意識の内に黒竜が頭を引っ込めてくれたおかげで、致命傷になるのは防いだが、ものすんごく痛いし……。

 ――バカ目、自業自得だ。

「うるっせぇ!」

 目の前に八つ当たり用の背中が見えたので、突きをめり込ませてやった。

 うめきながらガルフォは、身体を捻って肘鉄を顔に浴びせようとする。もちろん当てられてたまるもんか。

 ガルフォの肘を少し押すだけで、身体を回転させながら離れていく。

 人、一人寝そべられるくらいの距離を置いて、オレとガルフォは対峙するはめになってしまった。

 この雰囲気が好きじゃない。動くでもない、ただ睨み合って隙を窺っているだけだから……。

 暗雲と共に火花を散らしあう二人……シーンとしては面白いのかもしれないが……やってる方はメンドーなだけだぜ……。

「おい……その力はなんだ? さっきは感じられなかったが、秘密兵器と言うやつか」

「言うと思っているのか?」

 ――言え!

 オレの言葉を聞いていたのか、いないのか。黒竜が命令して来る。

 なんで敵にそんなこと教えてやらきゃなんないんだ? 今は戦闘中だぞ。聞く方も聞く方だけど……。

 ――言うべきだ。その方が面白くなりそうだからな……。

「こ、これは黒竜様、が私のような凡人に、お、お力を貸して下さったのだである。んが!勝手にしゃべんじゃねぇ!」

 オレの唇と舌、声帯など声を出す機関を操って、説明させる。しかも、黒竜様と来たものだ。いいかげんにしろ!

「黒竜……? いまいち飲み込めないが、お前の力の増幅、調べたい……調べたいぞ! お前も研究用の実験動物に加えてやる!」

「加えるな……カカトオロシて食わせるぞ」

 ――面白くない。

 ……最近やけにおしゃべりだな。何かあったか?

 ……沈黙……。

 それを破ったのはガルフォだった。半分イカレタ声で。『モルモット!』と早口言葉のように何度も言うと光球を作り出して、すぐに破裂させる。ウィルシュとジェシカを吸い込んだものか?

 しかし、ゼゼン風が感じれないのはなぜ?

 前は、吸い込もうとする風で、少しだけだが引き込まれたのに……。

 ――俺様のエネルギーが大き過ぎて光球に入り切らないんだ。

 あっそ。それはいいとして、ガルフォの顔に疑問の文字が浮かぶ。たぶん、これで捕まえられなかったものはいなかったのだろう。弱いものばかり捕まえているからこういうことになる。

「バカ目……」

「なぜ、お前は吸収されない……?」

 説明するかよ。オレは赤い光球を親指ではじいて、ガルフォの光球を破壊した。

「お互い、光球の使いあいは止めようぜ……どっちも効かないんだし……けりをつけようじゃないか。素手でな……」

 無言の頷きが最後の戦いの幕を切った。


 さっき交えたときから予想するとこっちに分が一二せていない力がないとは言えない。

 ――用心することだ。

 了解……

 動いたのは同時だった。動作は違っていたが。

 ガルフォは腹に掛けて右足を振るう。それにあわせて身体を回転させて、もう片方の足も蹴りつけて来た。

 オレはと言うと、なんとなく後ろに下がって見たのだが、それが功をそうして難なくよけることが出来る。それだけで済ますはずがない。

 右足を素通りさせて、突いて来た左足を掴んだ。勢いを残したまま背負い投げで、地面に向けて投げる。

 地上戦に変えるのだ。空中で戦っていると足に力が入っていないと言うか……どうもシャキっとしない。

 それを追って、オレも急降下する。気分はハゲてないけどハゲタカ!

 両足をガルフォに向けて、戦う肉食、強暴な鳥を演出。

 簡単に地面にぶつかってくれるはずはない。どこかで急停止すると思う。そこを足で踏んづけて、地上戦を強制するって作戦だ。

 名づけて、ハゲタカは永久へ作戦……意味なし……。


 狙い通り、空中で止まったガルフォにオレの足が牙を向いたが、逆に反撃をくらってしまう。

 オレが踏むと考慮して、足をナイスキャッチに掴み、お返しにとばかりにわざわざ身体を回転し、加速させて地面に投げつける。

 目の前に焦げ茶色の大地が広がった。このまま行くとトマトみたいに真っ赤……か。

 諦めたわけじゃない、確認と言うやつだろう。

 光球のエネルギーを噴射し静かに大地につくと追って離れた所にガルフォも降り立った。

 瞬間、彼は降りたときの反動をバネにして、地を踏み襲いかかって来た。

 後に退くか?

 くだらない考えを捨て、オレは裂帛と共にガルフォにぶつかっていく。

「おぉぉぉぉぉ!」

 全気力を振り絞って、両手に黒竜の全エネルギーを与える。前のめりに倒れながら、ガルフォの顔が視界の隅に映った。地面に両手をつき、バネのように飛び上がりガルフォの顔を蹴り砕くこうとする。バネにはバネお返しである。

 それを片手でやすやすと流し、宙に浮いたままのオレの腹に足を払って来た。背筋を使って上体をのけぞらせ、足をやり過ごしながら後頭部を狙って膝を曲げる。

 ヒット!

 ガルフォの首筋にめり込むのを感じ、更に続けて肩に立ち踵を踏み下ろす。それは辛くも軸足を引っ張られて、失敗に終わる。れはそうだ、相手にも魔神のイジがあるのだろう。

 足を卑怯にも掴みながら腹に向かって、アッパーカット!

「ぐっ」

 のん気に相手の技を見定めてる場合じゃない。続けて、数発めり込んで来るのがわかった。

 強烈な拳に身体が浮かび、次の拳が振るわれるのが見える。スローモーションか……?

 身体がゆっくりと重力で落ちて行く、拳が腹当たる強い衝撃、それが合図になった。

「んぐっ、くらえっ、黒竜撃! 」

 腹を中心に身体が折れ曲がり、深紅に燃える両手を固く結ばせ、威力を増して打ちつける。それはガルフォの脳天を直撃し、眩いばかりの赤い光を発した。瞳孔が悲鳴を上げて切り裂けたように、視界を真っ白に変え、少しの間なにも見えなくする。

 背になにかの重さをかんじ、それが地面に放り投げられたと気づくのにそう時間はかからなかった。重さは自分の体重だろう。

「んぐぅう……くそー!! こんなやつにここまでされるとはな!」

 どこまでされたのだ?

 目が見えないぶん耳が状況を知らせてくれる。状況はどちらにも傾いていなかったのか。

 オレは戦えるが目は見えない。この場合、ピンチと言うべきかな?


「うがああああ!」

 なにが起こった?

 ガルフォの苦痛の悲鳴が轟いている。

「キサマ……なぜここにいるのか? 気力は失わせたはず……」

 うあああ。見たい、目が見えないと言うのは苦痛でしかないぞ。

 ――俺様に任せろ、視力ぐらい回復させてやる。

 なら最初からやってよ……。

「ぎゃああああああぁぁぁ……!」

 視界が晴れる寸前、ガルフォの断末魔とも思える絶叫が余韻を残しつつ細くなっていった。

 

「オレは怒っているのだ!」

 そう言って、グラスを傾けて一気に白い液体を飲み干す。

 あの日から二日がたち、オレは薄暗いバーのカウンターに座り、隣の客殿に愚痴をこぼしていた。

 バーテンダーはいない。閉店時刻を大幅にまわった店内で、オレと一人の客だけが、居座っていた。

「それくらいにしたら」

「ウルサイ! こうなったら身長伸ばしてやるもん」

 オレは牛乳ビンを傾けて、グラスに注ぎ込んだ。

 隣の客は女性――エクセインである。

 ガルフォの絶叫が耳に届いた瞬間、頭に痛い衝撃がしたかと思うと、何時間も気絶しちゃうし、起きたら起きたで辺りは真っ暗、ガルフォの姿はないし月夜見を取りに戻ったときもだーれも会わない。

「しかも、月夜見がどっか行ってしまったのよ! うう……不倫はいかんよ」

 誰かに拾われたのかな、エクセインたちがいるから大丈夫だろうと思ってほっぽいたのが間違いだ。

 一旦ホテルに帰って次の日、服を新着してからまる一日探したけど、三人も一刀もどこにもない。

 そして、今日たまたま入ったバーでエクセインの姿が会った。

「なんで逃げたのか?」

「さあ……皆、用事あったんじゃない……」

 エクセインの言葉に感情はこもっていなかった。

 戦いに関係した人、全員がガルフォを倒した瞬間一目散にどこかに消えてしまったと聞く。

 オレが致命傷を与えてくれたから倒せたと言っているが、どうも納得がいかない。なら目が見えるようになってから攻撃してよ!

 ガルフォの最後はルージュとエクセインのによるものだ。グングニルが身体を地面に縫いつけ、そこにエクセインの召喚技法を叩き込んだのだが……オレも見たかったな。

「これからどうするの……?」

「あん?」

「スパイナル・コード国際警察機関の審査受けるんでしょ。いいな、することがある人は……」

 それは皮肉か……?

 彼女の経営していたドミニク商会は根こそぎ消滅して、名前すら忘れられているらしい。ガルフォの言ったことが現実に起こっていると言うことは、エクセインの故郷と言うのもなくなったと考えられる。

「受けない……」

「受けない? どうして!?」

「だって、オレはマリリンを殺したわけじゃない……あなたがワイロ送って、合格になったんだ。卑怯なことまでして、やりたかった職じゃないし」

 やりたい理由がカッコよさそうだから、なんて不純な動機だったなんてとても言えない。

 ……

「私……死のうかな……」

「死ねば……」

「アデュって以外と冷たいのね」

 死にたいんでしょ……無理に止める権利はないね。それにそんなこと言う人はだいたいは死なない……と思うけど。

「生きたきゃ生きれば……」

「あなただったらどう考える。生きる目的がなくなったら……」

 エクセインはカウンターに額を擦りつけて、オレに問いかけて来た。

 オレは飲んだ分とエクセインの代金を余分に置くと、彼女を背にして立ち上がる。

「目的か……? オレは目的ないのかもしれない。でも、死にたくないって思ってるから生きてる。死んでから、地獄がおもしろいのかって言うのはわかんないもの、だからいずれおもしろくなる人生を生きるんだ」

 フ……きまった。

 最後くらいカッコつけないとね……。

 ――アデュはムシしていいぞ。カッコいいのは俺様だからな、惚れてもいいぞ。

「バカ」

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