参:理性

 ハラ……へったな……。

 オレはベッドから身体を起こし、頭を掻いた。



 ウドを倒し、エクセインの行方すらわからない今、ウィルシュの提案で一度ホテルに戻ることになった。

 道中オレはなにも話す気になれなかった。生々しい殺害現場を目撃した上に、殺しの手伝いをしていたとは……。

 他の三人は普段と変わらず元気があるように振舞っていたが、どこか空回りしているように感じる……彼らと出会ってまだ日が浅い、普段と言うのはおかしいかもしれない。

 ホテルについてからも、オレは三人と別れ部屋に閉じこもって、やり切れない悔しさを押し潰し、寝ることにしたのだ。

「メシ……食って寝ればよかったな」

 深夜、空腹のせいで眠りから覚めてしまった。

 それはそうだろう。ホテルについたのが昼食時、そこからなーんにも食べてないんだ。ハラへって当たり前かな……。

「アー、ハラへったな。ルームサービスも夜中は運んでくれないだろうね……ヘヘヘ、」

 部屋のドアの隙間からげんしゅう幻臭なのかいい臭いが漂って来ているのに気がついた。ルームサービスなんて頼んだ覚えないよ。なんの気配も感じないのになぜか臭いだけは、ハッキリと嗅ぐことが出来る。

 幻かと思ったとき、声はした。

「どう、夜食でも食べる? よかったら、開けてほしいわ」

 その声にオレは身震いを覚え、背中が冷たく病んだ。

 聞き覚えはバッチリあるし、忘れようもない女の声……しかし、なぜにわざわざ殺されに……? それとも殺しに……?

 まさか、声帯を変化させて、そいつの声に似せた誰か……んなわけないよね。

 ジッとしていてもらちがない。オレは一応用心する振りをして、ドアに近づいて見た。

 そこには今まで感じられなかった人の気配が瞬時に現れ、オレの部屋の前につっ立っている。このままにしておこうかとも思ったが、痺れを切らして攻撃でもして来たら、シャレになんない。

 鍵を開け、チェーンをはずすと数歩下がる。

「開いたよ……入りたかったらどうぞ」

 ドアノブがスカーンと景気よく回され、勢いよくドアが押し開かれた。

 身長の高い女が入って来て、数歩下がっただけのオレにぶつかりそうになる。顔が間近に迫り、視線が火花を散らしそらすことが出来ない。そして……オレより身長少し高いから、見下ろされている感じで、ものすごくイヤな気分だ。

「アラ、驚いてくれないのね」

 空色の服を着たエクセインは、感情のこもっていない表面だけのザンネンな顔をつくって見せた。

 何に驚けと言うのか? 入って来た人にか、入り方にか?

「食事でもしながら、お話でもしない……」

 断わってもするつもりでしょ。それに、食  

 オレが借りている部屋なのにエクセインに促されて、ベッドに座らされる。目の前にテーブルを持ってきて、食事をそこに置いた。

 スープにパン、なぜか水、軽食だったが食緑茶べないよりはいいと思い、さっそく手をつける。

「なんのよう?」

 水を一口飲んで喉を潤し、話を切り出した。

「渡したい物があるの」

 そう言うと背負っていた、黒いナップザックから何か取り出した。

 ナップザックとは軍人用の革、厚地の織物を使った方形のカバンである。動き易く身体に固定して使う……そう言えば、オレの使っているカバンの正式名称はこれだったような。

 取り出したのは麻袋と紙だった。

 麻袋からは、ウィルシュの喜びそうな音が聞こえる……何のつもりか?

「これは成功報酬よ。あなたのおかげで彼女を殺すことが出来たわ」

「なんで、なんでオレが……自分でや殺ればよかっただろう。どうして、何も関係ないオレを巻きこんだの!」

 その言葉を聞いた途端オレの心臓は跳ね上がり、怒りが吹き出し、声を上げていた。

 オレを見ている彼女の目が少し細くなった気がする。

「確かに関係ないわ……しかし、殺すためには確実に性格面など、普通の人と違うものを持っていなければならないの。赤い蛇人族にはどんな攻撃も受けつけない膜が身体を覆っている。聞いたでしょ、私の攻撃を受けても何ともなかったって」

 オレは黙って頷いた。マッサージされてるみたいって言ってたよな。

 だが、それがどうしたと言うの? ほとんど関係ないじゃないか、それに普通の人と違うって、単刀直入に言えば変人って……こと?

「笑う。それがキーワードなの。笑うと気分が休まるみたいなものよ、隙が出来る。さすがにジェシカを送って見たけどあの性格だし、笑わせることは不可能。で、あなたに白羽の矢がたったってわけ……あ、そうそう。これも渡しておくわ」

 そう言って彼女は紙を差し出した。

 オレはもぎ取り、薄く笑うエクセインを視界の隅に置き、紙を見てみる。

 ――!?

「は!?」

 あまりの唐突さに思わず声が漏れる。

 手渡された紙は、S.C.の実技試験の通知書だった。それにはハッキリと合格の文字が書かれている。自分の目を疑った。オレは試験を終わらせていないのだ。

 確かにマリリンは死んだが、その時は試験のことなど頭にあっても、興味が失われていて、何も署に言ってない。S.C.に就職することを諦めていた。

「ど、喜んでくれたかしら」

 ……そうか!

 この女、確かS.C.に知り合いがいるとか言ってたっけ、オレが合格するように賄賂でも……した。合格したってーことはS.C.が何か受け取った。

「でも、どうして、S.C.なんかに就きたかったの?」

 ウ……イヤな所つくな……。

 まさか、カッコいいからなんて言えやしないし、かと言って収入が高い、安定しているなんて言うのも……気が引けるような……。

「……言いたくないならいいわ。

 お金、ここに置いとくから受け取ってね。私は忙しいから、さよなら……」

「待ってよ……」

 そそくさと立ち上がり、ドアに向かうエクセインの腕を掴み、引き止める。

「オレが……逃がすとでも思ってたの?

 せっかく来てくれたんだし、こっちから出向く必要がなくなったわけだし……。

 ……お前も死ね……」

 エクセインがマリリンに言った言葉をそっくりそのまま低い声で、本気だと言わんばかりの殺意をセットにプレゼントした。

「思ってないわ……そんなに甘くないことくらい、わかってるつもりよ」

 全然、余裕の口調でエクンが言い放った。

「あなた、孤児でしょ。一緒に暮しているお姉様がた、多額のお金でも請求したらどうなるかしら、確か、お姉さんも孤児だったわよね。苦しいでしょう家計が……」

「……! な、なんでそれ知ってんの?」

「フフーン。ビジネスは情報収拾が命……でしょ。あなたのお友達にも一人いるでしょ、物価とか詳しい子。

 そうそう、私を離してくれれば、あなたの家族には二度と手を出さないわよ」

 ウィルシュか……?

 しかし、脅迫ってのは、キツイよ。学校休みのとき帰ってみたけど『家族五人せーかつするだけでキビシーの、早く働いてお金ちょーだいよ!』って、耳もとでわめかれたっけ……ハハ、ハァ。

 仕方がなくオレは彼女の手を離した。

「大丈夫……また会うわ。あなたのお友達が会いたいって言うんじゃないのかな。

 ヒントをあげる。

 ええっと、オラクル……かな。それじゃ、またね」

 そう言うとエクセインは闇に飲まれて、消えていった。

 オラクル……?

 有名な童話じゃないか、それがいったいなんなのか……?

 オレもオラクルの話は姉貴から聞かされていた。と言うより、世間一般で知られている話だから誰でも知っているのだが。

 確か、一万年前のソロモンとか言う男……ソーサリス召喚士の生涯を追った物語だったはず。一四四の魔神を封じ込めたと言うような話だった……はず。姉貴が話してるとき、ほとんど爆睡して聞いてなかったし……。

 ま、いいや。明日にでも聞こーっと寝よ寝よ。


 目が覚めるとすぐに仕度して、オレはレストランに向かった。

 出迎えに朝の優雅なときをぶち壊す、うるるさい声さえなければ普段と変わらない一日が始まったのだと思えるが、その声はオレの気を引き締めさせた。

 どういう気持ちでアイツらは夜を過ごしたのか……まあ、仲間意識なんて物は塵以下だけど……現場にいあわせた者として興味がある。

 声はレストランに近づくに連れ、気を引き締めるどころか、鬱陶しく思える!

「おお! お前ら、遠慮ってものを知れ、バカ!! それは俺んだ。シンシア、女のくせに食い意地はり過ぎだ!!」

「なに言ってんの。おごりなんだから、食べなきゃそんよ! ほら、ルージュもどんどん食べな! 今日は忙しいんだから!」

「言われなくても食べる。イヌのカネ食い尽くしてくれる! 一文無しで路上を這ってろ。それがお前にお似合いだ」

「んだと! てめぇネコのくせに生意気なんだよ!」

「お客様! お願いですから静かにしてください! 他のお客様にご迷惑ですので!」

『ウルサイ!!』

 うわー、朝からなにやってんの?

 声を揃えてウエイトレスに叱責を飛ばす三人を見て、近づくことを精神的に拒否した。ゼッタイ、あの輪に入りたくない……。

 ここは他人の振りを決めこんで、窓ぎわの影の席を選んで、三人に背を向けた。見つからないように静かに注文をとって、夜のことを思い出した。

 オラクル……。

 ソロモンに関係あるのか……?

 ソーサリス召喚士って、なんだっけ? なんか呼び出すことだろ。じゃ、何を呼び出すんだっけな。

 ……? わかんないよ!

 もっと簡単なヒント教えてくれればいいのに、エクセインのバカ!

 バカ……バカ! そうか、バカで思い出したけど、この地域の名前ってバルカナだったはず、オラクルの一説にあったような……。


 ――空に続く道より……我が意思に赴く者。丹念汝ら真実を知……我に従い、同じ道を歩め……バルカナの地に存在するソロモンの丘を……力ある者、巡れ……後継者よ――


 ムシ食い状態な記憶もバルカナの地さえ思い出せば、なんとか先が進む。すぐにこの地域の地図を借りて、ソロモンの丘を探す。

 手掛かりが『丘』だけじゃ、苦労するのは目に見えている。岬とかなら、見つけ易いのに……ぶちぶち文句言っても仕方がないので、朝食を口にほおり込みながら地図の隅々まで目を通した。

 やっと見つけたときは、朝食を済ませ、食後のお茶をすすっているときだった。ちなみにあの三人は、まだ食べている。肉をめぐって大奮闘、野菜も食べないと栄養のバランス崩すぞ……。ナルシストのルージュも、人目を気にせず食べまくっている。半分以上はウィルシュへのイヤがらせだろう。

 見つけた場所はここから、歩いて昼前にはつきそうな位置にあった。もちろん、歩いていくわけではない。走るに決まっている。

 ……アイツらには関係ないし、置いていってもいいな。

 オレは騒いでいる三人にバレないようにスッとレストランを後にした。


 ホテルを出るとすぐ脇の茂みに隠して置いた月夜見を背負った。

 レストランに入る前に置いてたの。朝の人の出入りが多いところに刃むき出しの曲刀持って入っただけで、目立ちまくり、すぐに。

「アッデュゥゥゥ!!」

「んが!」

 一歩踏み出したとき障害が後から抱きついて来た。両手を首に回して、体重をかけてくる。

 キュルシイ……。

 声か出せない。喉が潰れる、息が出来ない、死ぬぅぅぅ!

 …………!!

 ビチ!!

「ぐ、ぐぐぐぐぐ! な、なにしやがんだ。この野郎!!」

 いきなり目の前が真っ白になって、誰かが手を振っている図が浮かんだ瞬間、全身の鋭気が螺旋を巻き、爆発的エネルギーを呼び寄せた。

「キャアッ!」

 それは誰かが漏らした苦痛の悲鳴で、すぐに静まっていった。

 手を握り、固く拳を突き出した姿勢でオレは止まっている。目の前の木には目を回して倒れこんだシンシアがいた。

「な、なにがあったの?」

「おいおい、そりゃないんじゃないか? シンシアがお前に抱きついて、アツアツなところを見せつけてたら、いきなりお前が顔面殴ったんじゃないか」

 ウィルシュがオレの頭に手を置き、肩をすくめて、やってられないという素振りをして見せた。

「……アデュって、キレたら、男言葉になるんだな……」

 ううーん、禁断症状。

 ルージュの言葉に少し反省する。

「アデュの愛の鞭はものすぎょく痛いのね……」

 誰が愛の鞭だ!

「だいたい、なにしに来たんだよ!」

「決まってだろ、マリリンの仇を打つのだ!」

 オレの質問に拳を天に突き上げて、ウィルシュらしくもなく宣言する。

 しかし、仇を打つにしては、異様に大きいなリュックを背負っているんだけど……。

「そうよ当たり前じゃない!」

 復活したシンシアもそれに続く、オレは一応ルージュにも視線を投げかけた。

「僕は、あの女・・・…エクセインとか言ったな提供に本当の美しさを教えて上げるために、一緒に行くんだ。磨けばもっともっと光るぞ。マリリンとか言う奴の仇なんか興味ないね」

 正直だな……に比べて、ほかの連中は、裏ありそうだな。

「……(ククク、あの指輪、俺が高値で売ってやる。モンスターの中にあったって時点で、カネになる。ククク、それまでせいぜい利用させてもらうぜ)」

「……(アデュ行く所、私あり、愛し合う二人に障害はつきものだわ。それを乗り越えてこそ強い絆が生まれるのよ! フフフフフ、逃がさないわ)」

 後ろ向いて含み笑いしてるくらいだし……用心しとかなきゃ、敵は身近にいる可能性もあるからね。


 歩きながらだが、シンシアにソーサリス召喚士のことを聞くと以外に情報が入って来た。

 ソーサリス召喚士とは、潜在的に異常な魔力を持ち、精霊の取り込みなしに魔法を使うことが出来る人を言うらしい。他にも、異世界に住む力ある存在から、その力の一部を借りて使う、召喚技法と言うのがあるらしい。

 召喚技法は、オレやルージュの使う魔法の数倍の威力を持ち、そこらへんにある大きな街も一撃で粉砕することが可能らしい。ようは術者の魔力の容量が大きければ、大きいほど強くなり、弱いとそれなりだそうだ。

 オラクルに登場するソロモンと言う男は、生まれつきどうしようもない才能を持っていた。

 彼が一万年前に命を授かる先にも後にも、ソーサリス召喚士という者が歴史上存在したことは確認されている。

 ソーサリス召喚士は産まれて来るなり、世界的に保護され、英才教育を受けさせられた。全ての召喚士は、この世に英知をもたらし、改革と生きる術、考え方を書き換えていった。ソーサリス召喚士の登場は世界を変えて行くと言われるようになったが、実際は時を遡って一〇〇万年の中に、数百人しかいないと世間では言われている。

 力の存在を知らないまま生涯を終えた者、生まれてすぐ悪魔の子とされ殺された者、歴史に登場することを嫌い存在を明かさなかった者。それぞれ自分の考えを持ち、生きていったと言われる者をあわせれば、それなりのことはないとシンシアは確信して言った。

 何か知っているのかもしれないが、言わないのでオレは問い詰めることをやめた。

 ソロモンと言う男の話に戻すが、ハッキリ言って彼は普通じゃなかったと言う。

 性格の問題じゃないよ。

 生まれつき普通の召喚士のレベルを凌駕し、魔力の質も量もアリと宇宙の差があると言われる……つまり、無限大と言いたかったみたい。

 オラクルに出てくる一四四の魔神を退けた話もどうやら本当らしい。

 魔神一体の力がどれほどのものか今となっては知るよしもないが、魔神だけあって強いのだろう……弱かったら、笑えるけど……。

「ねえ。なんでそんなに詳しいの?」

 ソーサリス召喚士のことやオラクルのことをすらすらとしゃべるシンシアに聞いて見る。

「あのねぇ……オラクルの話は童話や歴史小説とか色々出てるでしょ。親とかが子供に聞かせる話としてもポピュラーだし、誰でも知ってる話よ……それに、ソーサリス召喚士のことも売っている本には書いてないけど、オラクルの原版読めば結構出てるのよ、そう言うこと」

 なるほど……勉強不足だった……ってゆうか親いないし、話聞いてないし……。

「じゃ、次聞かせてよ……そうだね、魔神のこととか」

「いいわ、アデュのためならなんだって教えちゃうは、イ・ロ・イ・ロと……ね」

 いいから話してよ。

 どうやら魔神と世界のものじゃないらしい。

 一万年前に起こった災害が関係している。災害と言う物は、人が文明を持つたびにそれを戒める形でもたらされていった。

 ある時は、一からやり直さなければならなくなったり、運がよければ被害が少なく、歴史上に影響がでないものもある。ピンからキリだ。いつ起きるかわからない、連続して起こるときもある。何世紀も起こらないときだってある。

 だが、史上最大と思われた災害もソロモンの存在で何事もなかったかの、消えていった。

  魔神が現れてから一年後、魔神と言う存在が姿を消し、人の心からも忘れ去られていたらしい。

 魔神はソロモンの生み出したものと言われているらしいも任意ではなく、かってに……。

 ソロモンの力が次元に歪みをもたらし、異世界にいたそれを呼び寄せた。罪滅ぼしも兼ねて、ソロモンは一つ一つそれらを封印し、一年の月が経ったと言われる。

 オラクルはなんとなくわかったけど……いまいち、ヒントがつかめない。

 エクセインは何がしたいんだろう?

「シンシア……ソロモンの丘について何か知らないか? 空の道とか、島とか?」

「ソロモンの丘? 空の道……島……。

 ……我が道を歩め、果てなき道は空の島に導き、そこに足を踏み入れし者に、我が力の全てを与え、後継者として認める……

 って言う一節があったはずよ。それが何?」

「え……今から行くとこだよ」

 シンシアが言うのと、オレが覚えていたのちょっと違うな。バルカナ、ソロモンの丘……ま、人の伝える物だし、入れ代わり立ち代わったんだろう。

「……そんな所、あるの?」

 シンシアは考え込むようにして、オレに聞いて来た。

「あるよ。この先、もうすぐ着くと思うけど……何かあり」

「ううん、心配しないで、あなたに心配かけさせないから……やっぱり心配してほしいかな」

 ……

 アホー。


 一行の前に目的の丘がさしかかったとき、急に辺りが暗くなった。

 空にデッカイ雲でも出来たのかと上を見ると、オレたちの丁度真上に茶色い塊が綿のように風に吹かれて揺らめいているでないか。

 ……あの美味そうな皮膚は……。

 オレはごつごつとした疣つきの皮膚を見て、なにか思い出しかけた……あの茶色い皮膚……どこかで見たことがある。

 どこだったかしら……。

「なんだあれ?」

 同じように上を見上げていたウィルシュは、不思議そうに首を傾げた。

「なんか……アンコウに見えるんだけど……そして、チョウチン……なまもの生物の臭いがたまらない……」

 ルージュが食欲をたっぷり含んだ答えをかえす。

 もしかして、ネコの本能かな。アンコウって魚類だし……。

 アンコウって!

「あれって、チョウチンアンコウ消失事件のアンコウくんでは?」

「なんだ……それ?」

 オレの発言にウィルシュは状況が呑めないと視線を流す。

「オレを食ったチョウチンアンコウが吐き出して、消えたって事件だよ」

 話を掻い摘んで説明するが、よけいに混乱させた気がする。

 そうこうしている内に、アンコウは空中でなにかを吐き出すと、光になって消えて行っ 

 吐き出した物……それは、エクセインとジェシカだった。遠目で見て、唾液のような物はついていないようである。

 二人は着地するなり、不敵な視線を投げつけて来た。

「おはよう。皆さん、お揃いでどちらへ……」

 営業スマイルを浮かべ、穏やかな口調でエクセインは皮肉な言葉を言う。表面は悪意に満ちた思いがあることを隠しているが、瞳が代わりに語ってくれている。

「お揃いで、てめえの持っている指輪を貰いに来たんだよ」

 ウィルシュ……仇打ちじゃないの?

 やっぱり裏があったのね……。

「あなた、この指輪の使い道知ってるの?」

「ハアーン。売るに決まってんだろ」

「そうでしょうね……あなたたちのような何も知らない人は、この指輪の価値など……とうていわかるものではないわ」


 エクセインは指輪を取り出し、眺めながらウィルシュをあしらった。

 聞く耳持たぬ、って言ってるようなもの、話てる時間がもったいないよ。

 実力行使になると四対二でこっちが有利、弱い者イジメになる……けど、キライってわけでもないし……。

 しかし、女性と言うのがいけない。フェミニストじゃないけど、姉貴五人もいてるし、気が引きそうだよう。

「どうする……相手は二人、僕は汚れたくないから任せるけど……イヌとあの女、戦えるのか? 僕の感じゃ、そんなに強そうに見えないんだけれど」

「あ……!」

 そうだ、そうだった。ルージュに言われて気づいたけど、あの二人が戦ってるところって見たことないんだ。

 仇打ちだ。カネだ。って意気込んで来てたからわかんなかったけど……これって不利なんじゃ?

「本気で来て構いませんよ……こっちが二人だからって気を抜いていると、痛い目見ますから、忠告して置きます」

「調子に乗ってんじゃねえ。余裕見せてると、酷いぞ!」

 ひ、酷いって……あなた、言葉だけならどうでも言えるのよ!

 エクセインのもろ、挑発にウィルシュと今まで無言なシンシアがゆらっと前に出た。

 挑発に引っ掛からなかったルージュは、この非常時にオレの月夜見を盗んで、地面に突き刺し木陰でメイクしてるし……なに考えてるの?

「あーあ、朝食の後すぐ来たから……やっぱり落ちてる」

 唇を見て嘆くルージュを尻目にシンシアが口を開いた。

「あなた、私をただのレズ女だと思ったら大間違いよ」

 自分で言わないで……。

 シンシアは言うとなぜか屈伸を始める。戦いの準備かな? 手首、足首もついでに回して、矢を射るような目つきで睨んだ。

「そうそう、オレをカネの亡者だと思ってると、どっか売るぞ!」

 ……冗談に聞こえないから恐い。

 ウィルシュだったらやりかねないよ。

「ん……?」

 いきなりウィルシュはきびすを返して、オレに視線を向け近づいてくる。

 まさか、オレに任せるとか言って、カネの音でも聞く……のか……。

 オレの予想はアッサリ裏切られ、ルージュがメイクしている横に重い音を立ててリュックを下ろし、中に手を突っ込んでなにかさがしている。

「ヘヘヘ、久しぶりだぜ、こいつを使うのも……せーぜーガンバって、相手しろよ」

 そう言って目的の物を取り出した。薄汚れた布に包んだ二本の……なんだろう。外からじゃなにか判別できない。

 ワン太は器用にも両手で武器を持ち、いっぺんに被せてあった布と鞘を抜いて、姿を見せる。

 鋭利な光を閃かせるそれは、間違いなく武器、カタールと言うものだ。

 格闘家やモンクがよく使っている爪の着いたナックルに似ている。それは爪じゃなくて、代わりに幅の太い短剣がついていた。

 突くときは腕と一体になるし、遠心力の効果で切れ味も抜群。使い手は少ないが、強力な武器である。

「見た目じゃわからないけど、あの二人……案外強いかもよ……」

 唇に不気味な紫の着色を済ませるとオレの横に並んでルージュが言う。

 どうでも言いけど、唇もうちょっと明るい色にしたら……。ナチュラルが一番だと思うんだけど。

「二人?」

「気がつかないか? シンシアから強力な力、魔力が吹き出している」

 ……そう言えば、今まで気づかなかったけど、確かにシンシアの身体から、空気をピチピチ潰す強力な魔力が感じられる。オレやルージュよりか上っぽい。

「今まで気づかなかったろう」

 オレは無言で頷いた。

「僕もだ。僕らより強力な力のくせして、僕やアデュに気づかせないでいる。そうとうな実力者だ……ついでにエクセインもだけど

 アデュ、ここ来るとき召喚士のこと聞いてたよな。もしかして、それかもしれないぞ」

 まさか、ありえるとは思ってたけど……ってことは、オレたち四人かかっても倒せない確率が高い……わけはないか。

 アーもう! 難問だ!!

「それでは……始めましょうか……

 ジェシカ。手を出さなくて結構です。相手は主戦力の二人ではありませんから……」

「わかっている。あんたの実力、見物させてもらうぜ」

 ジェシカは小さく笑うと腰をストーンと落としてあぐらをかいた。

 いつの間にかオレとルージュが戦わないことになってるし……と言うことで、オレたちも木の影に腰掛けて、三人の戦いを見物することにした。

 次に戦うのはオレだし、今のうちにエクセインの力を見て、対策でも練らなきゃ……。

「宣戦布告……行くぜぇ!!」

 ウィルシュが吼えた!


 エクセインは目を閉じた。ウィルシュが走ることで生んだ風に、耳を傾けているのだろうか。

 打ち合わせ通りか、ウィルシュは進路を一歩横にずらすと残像が薄く残り、そこを青い閃光がほとばしった。

 ウィルシュの影に入ったシンシアが呪文なしで術を放つ。

 魔法ではない、身体の中に流れる気の力を圧縮して、エクセインを狙ったのだ。

 目を閉じていなくても、よけることは難しいだろう。まばたく速さで風を切り、心臓を貫こうとする。

 始まっていきなり殺すつもり……。

 残虐ね。

 オレの判断は甘い。エクセインがこんなので死ぬはずがない。

 何か……何かあるのだろう『余裕、ぶっこいて死んじゃった』それだけはゴメンだ。

 手に取るようにわかるのか青い光に向かって手の平を見せると、ぶつかって来た光をこともあろうに素手で掴み、引き寄せて消滅させた。

 ホントに消滅させたのだ。エクセインが触れた所から、色を失い消えていき、やがて全てが侵食される。

 光を掴むことは、風の音を聞けはいいけど……どうやって消滅させたのか、ぜーんぜん検討がつかない。

 怯むことなくウィルシュが突き進む。

 両手から繰り出されるカタールは突き、斬るを無限に繰り返し、更には身体を回転させてまでしてもエクを捕らえることがなかった。

 目を閉じている相手に掠ることも出来ない、ひつう次第にウィルシュの心は無情な叫びを上げていった。

 次の瞬間、ウィルシュの動きが鈍る。

 なんのことはない。エクセインが目を開けただけだった。それが不思議にも身体の機能を低下させる。

 簡単に言えば、いきなり目が開いて、ビビッたと言う。

 流れる動作でウィルシュの腹に手を添えると、素早く押し出した。

 たぶんウィルシュは何が起こったのかわからないだろう。押す動作自体目に見えないくらいの速さだ。オレもうっかり見過ごしてしまうくらいだ。

 気づいたときには、お星様。彼は風にあおられたように空を飛んで木の幹に着地……と言うより、ぶつかって伸びてしまう。

 ウィルシュに集中している場合ではない。エクセインは押し出すとウィルシュのことなどムシして、シンシアに注意を寄せていた。

「……力……我が身に集え……意思よ」

 蚊の悲鳴のような途切れる声で言うと、エクセインは地面に手をつける。

「パワーズ」

 今度は、ハッキリとした言葉で言い地面を押す。

 言葉を失った! エクセインは地面を押すと言う行為の反動で身体を瞬時に飛ばし、シンシアの目の前に飛んでいた。

 問題はそこから……。

 続けて、

「一一七、風! 我に纏え 力の補佐!

 シルフ!」

 エクセインの強襲で意表をつかれたシンシアを拳が襲う!

 風の抵抗をものともせずエクセインの拳は、シンシアの身体をむしばんでいった。最初の飛んで来た運動エネルギーも重なって、めちゃめちゃ痛いはず!

 シンシア……大丈夫……なはずない!

 ボコボコに殴られて、雑巾以下の扱いでウィルシュの上に蹴り飛ばされる。

「二人とも! 全然いいとこない」

「美しくないな」

 強そうな振りしてホントは弱いのか? 意気がってたわりにエクセインに一発も当てられないなんて……。

「お前ら! ヤジ飛ばしてないで、無事かの一言も言えんのか!?」

「え……ウィルシュ、胃炎なの?」

「アクセント違う! バカ女装小僧!」

 ……?

 女……装……?

「ああ。オレのこと言ってたんだね。そうか、こう言う服着るのは、女装って言うのか……」

「……アデュ、もしかして君……自分が女装してるって知らなかったのか?」

 額を押さえながら、ルージュが言う。

「オウ! オレ、産まれてからは知らないけど、いつもこんな感じだったぞ。姉貴のお下がり着てたの」

「姉……」

「家、ビンボーでオレのときには五人も姉貴いたから着る物、困らなかったぞ」

「生まれつきだったのか……君のなり形は……(やっぱり、リビド・ヒューム自己保存本能ってわかんない)」

 ショックを受けたのか、ガックリと肩を落とし、ルージュは木に身体を寄り掛らせた。

 オレの服装の真相を知って感激しているんだね。わかる、わかるよその気持ち、君も他症候群人から変に見られているんだろうね。

 露出度高いし……。

「お前ら! 遊んでないで、エクセインやっつけて、指輪を奪えよ!」

 ……

 まだ、いたの……

 木の下で二段重ねになっている下の方の叱責で、気を取り直したオレは身体をエクセインに向けた。

「真打ち登場ね。一人で来る、それとも二人? 私はどちらでもいいわ。何人来ても一緒だもの」

「言ってくれるね……オレは弱いよ……」

「ウソね。本当はあの二人より強いわ」

 オレの発言をすぐに訂正して、笑みを浮かべる。

「そう……ウソかもしれないし、ホントかもしれない。先に言って置けば、盛大に負けても、恥ずかしくないじゃない。あの二人のようにデカイ口、叩けるだけ叩いて、負けたんじゃカッコ悪過ぎ」

「そうね……あの二人、カッコ悪いわ」

 ウ……アッサリと言うか?

 エクセインの反応、次にくるのたぶんわかるんだよね。

「プ。カッコ悪いんだよイヌ。やっぱり君は僕のように美しく振舞うことなどできないのだ。どんどん言っていいぞ。みなの衆。カッコ悪い、カッコ悪いとな」

 ルージュ……みなって、誰に言ってんの?

「んだと?――」

 はい! 口論は消去。

 

 一々聞いてられないよ。バカの住む次元はここじゃない!

 突き刺さったままの月夜見を取ると一人、エクセインと対峙した。

 張り詰めた空気と言うか……この緊張した物はあまり好きじゃないな。どうも心臓に負担がくる……オレ、身体弱いかも……。

「それでは、始めましょうか。本気で来て下さい。私も本気を出しますから」

 ……本気出すって、あなたこれ以上強くなってどうするのよ。勝ち目なくなるじゃないか。

 なんて、今更言っても遅いか……彼女から闘気が舞い上がってるよ。やる気満々だ。

 今度は何を見せてくれるのか? 片腕を空に掲げ、口を開いた。

「一三五、雷! 我に貸せ 雷鳴に耳傾けよ!

 インドラ!」

 エクセインが吼える。それと同時に空に轟音が響き渡った。閃光が閃き、幾つもの茨が真っ黒な雲の腹に複雑な模様を写し出す。

 獰猛な猛獣の唸りに似た声が天地を裂くと、待ち望んでいたように稲光の尾を数本垂らしてくる。

 普通のカミナリじゃない! 轟音はよくよく聞くと人の叫び声に聞こえ、光を操っているように思う。だって、閃きの前に音がするなんておかしいじゃないか。

 刹那、裂光が地面……エクセインを直撃した。

 直撃と言うのかな? 彼女が呼び寄せたと言うほうが適切だろう。手の平に光の結晶を作り出し、弄ぶように上下左右に回転させる。

 ……ってちょっと待ってよ!

 カミナリって、バチバチッて熱いと言うか痺れると言うか、とにかく痛いはず! それを素手で持つなんて、異常者かい?

 オレは何を言っているのか……彼女が呼んだのに触れないわけないじゃないか。最近ボケたか? 若いのに……

 稲光が止まった。滝のように落ちて来た流れが止まり、静まり返る。

 雲は消えない。エクセインの魔力の影響か、昼間だと言うのに真っ暗な夜みたいだ。

 そこに光があるとすれば、エクセインの持っている結晶だけ。

 薄い透き通ったクリスタルの壁に包まれて、青や黄色に動き回っている。それを支えているエクセインの手を食い破りそうな勢いで、透明な壁にぶつかり咆哮を上げ、まるで生きているようだ。

「これは痛いわよ……」

 面白そうな表情で言うエクセインに、オレは笑えない。

 痛いなんて言われるとどうしても逃げたくなるのが人の性……と言うわけで、

「よけるから、だいじょーぶ」

「ふふ……行くよぉ!」

 身体を深く沈め、全身のバネで飛び上がり、クリスタルをオレに向けた。

 耳に響く音がするとクリスタルが流れ星のように弾ける。光の蛇が実体の姿を取り戻し、空気を焦がして暴れ狂う。声帯なんかないくせに、低い唸りでオレを威嚇しているのか。鱗らしき所から放電して、エネルギーがなくなっていると言うのに力は衰えていない。

 雨のように多く振ってくるわけではないが、うねって来るためかわすのが難しいはず。

「なら……これでどう!?」

 持っていた月夜見を地面に突き立てるとその場を離れた。避雷針と言う奴を即席で作る。

 所詮は雷、頭をちょこっと使えば、何とかなるもんだよ。

 エクセインの口が言葉を作った。声に出していないが、ハッキリとこう言うのが見える。

 かわいそう……。

 一瞬、エクセインに気を取られている時だ。右腕を青い線が貫いたのは……。その後は動こうとするところを滅多刺しで、雷がオレを襲って来た。

 チラッと見えたのだが、地面に突き立てた月夜見には、ひとっつも雷が当っていない。

 雷から漏れでた電気すら集まっていないのだ。全てがオレを狙ってくる。

 これはホントに生きているんだと思ったときは、後の祭……。

 全身に激痛が走り、背中を強い衝撃が押した。木にぶつかったのかと直感でわかる。

 意識が朦朧とする中で、地面を蹴る足音が耳に伝わった。

 感電しているのか、自分がどんな体勢にいるのかよくわからないが、たぶん前のめりになって、左右どちらかの耳が地面についているのだろう。

 そうでなければ、足音が聞こえないもの。

「アデュ、大丈夫か?」

 ……

「しっかり……しろぉぉ!!」

 急に頬が痛くなって、目が覚めた。

 目の前にいるのは、ルージュ……オレのほっぺたを叩いている……。

「なにする……!」

 苦情とお返しに起き上がりざまにルージュの側頭部を蹴りつける。

「いったぁ。何すんだよ! せっかく駆け寄って、起こしてあげたのに」

「起し方が痛いよ。もうちょっと丁寧に出来ないの?」

「……起こしてやったのに、その言いぐさはないんじゃないの……」

 ムシ……一々かまってられない。

 それにもう一人にお返しをプレゼントしなくては、気が済まない!

 オレは埃と雷で焦げた煤を払いながら、エクセインを見た。

 クリスタルは弾け飛んだからかなくなっている。しかし、作るうから関係ないね……。

「アデュ……右腕に? なんか……ある」

 ん?

 ルージュの声でオレは自分の腕を見る。血は別に出ていない、ただ服が最初の一撃で食い千切られたのだろう。肩と腕の部分を繋いでいた糸が取れて、ノースリーブ見たいになってしまっている。

「アッ……片腕だけないってのもおかしいね」

 どうせ買い換えなきゃならないんだから、左腕の袖も取って捨て、胸につけていたリボンも不似合いだし、お気に入りでもあるからはずしてルージュに渡した。

「なくさないでね……大事なものだし」

「こんなときに服装のこと気にしている場合状況か……?」

 あなたに言われたくないな。いつでもどこでも、メイクしているあなたにはね……。

「おい、僕が言いたいのはそれじゃないんだ。腕に描いてある模様みたいな物のことだ」

「え!?」

 オレはもう一度腕を見た。ルージュが言うように二の腕まで描かれている、絵とは違う物が見えてしまっている。

 右腕に絡み付くようにオレに取り付く……と言う言い方したら怒るから、オレが取り込んだと言っておこう。

 全身、真っ黒な炎の化身で、まんまヘビなのに、自分のことを竜と言って聞かない、頑固なオレの精霊くんだよ。『オレはヘビの形をした黒竜だって言ってんだろ』といつもオレに喧嘩を売ってくる困った人……間違い、精。

 気性が荒くって、出し惜しみ政策中のオレから、力ずくで表に出てこようと無謀にいつ挑戦もトライして来る。

 あまり、見せたくなかったんだよ。これに。

 けど……見せたものは仕方がない。

「エクセイン……お返しして上げるから、防げるものなら防いでみな」

 これで防がれたらシャレにならないな……。

「いいわ。かかって来なさい」

 う……エクセイン。やる気だしてるぅ……これは、マズし。

 なんとかなるさ。

 行ってみよっ!

「ぬぅぅぅ!」

 オレの声に反応して、右腕に描かれた竜が赤い稲妻を纏う。

 甲にある頭から立体的に浮き上がり、二の腕にあるシッポに続いて行った。

 右半身が熱を帯び、身体を熱くする。汗は流れない、熱は自分でもあるわけだから……。

「行っけ!!」

 気を抜けば制御不能で暴れだそうとする竜をエクセイン目掛け撃ち出した。

 赤い光を身体に帯びた竜は、目標物を確認しながら地面を滑り、土を喰らいながら突き進む。

 どうやら、久しぶりに出られたことで、派手な演出をしているようだ。

 そんなこといいのに……使う者のことなどなにも考えていない。一発撃ち出すたびにごっそりと魔力を奪う。

 まあ、オレも魔法とか訓練しているわけじゃないから、仕方がないと言えばそうである。

 竜はオレの手から離れ、エクセインを間近で捕らえていた。

 何もしないまま終わるエクセインではないだろう。一体何を仕出かすか?

「盾よ! 我を守れ!

 シールド!」

 エクセインが吼えた!

 正面に片手をかざし、指で複雑な紋を空に書く。

 空間が揺らめき、縦長の六角形が現れた。中心から白い光が外に向かって波のように進み、徐々に大きくなっていく。

 今までのエクセインの攻撃から推測すると、盾と言うそれも強力なんだろうな……。

 ……そんなことはわかっていると言いたげに竜が吼えた。

 猪突猛進バカ!

 『今ここで逃げたら、自分が弱いって言ってるようなもんだ。だから、俺様は逃げない!』黒竜の目がそう語っている。

 もちろん、オレも逃げるつもりはまったくない。

 黒竜は勝つ! 無論根拠はないけどね……。

 大気を揺らし、二つの力は真っ向からぶつかり合った。

 竜の黒と盾の白が火花を散らし、辺りを照らす。一部空に伸びた余波が未だそこに止まっていた黒い雲を切り裂き、青い空が顔を出覗かせたした。

 風が広がる。

 互いのポテンシャルの全てを出して、それらは自分のなすべきことをした。

 攻撃と防御。

 わずかかどうかわからないが勝っていたのは攻撃、つまり竜であった。

 黒竜は顎を固く閉ざしてねじり、無理ヤリ、こだました盾の中心をこじ開けて行く。

 最初はミクロだった穴もすぐに身体が通れるくらいにまで広がり、向こうにいるエクセインに喰らいつこうと大きく顎を開いた。

「ごくろうさま……バイバイ」

 哀れみいた声が頭に響いた。

 エクセインは次の術を解き放つ瞬間を待っていたのだ。

 青白いエネルギーの奔流が内側から盾を破壊し、黒竜を包む。竜の悲鳴はエクセインの放ったエネルギーの怒号にかき消され、それに治まらずにオレに向かって地面を削いで。

 確かに盾を壊すのに疲れたからと言って、あっさり黒竜を沈めた光なんだ。生身のオレがそれに触れたらどうなるか……想像したくないな。

 ……マズった! 考えてる暇あったら逃げ阻まれたるべきだったよ。

 オレの腹を抉り取ろうと伸びて来たそれは、横手から飛んで来た赤い槍によって完全に防がれた。

 血に塗られたように耀く槍……名前なんだっけ、ルージュの精霊だったはずでは?

「アデュの黒竜は倒せても、僕のグングニルは破壊することが出来なかったねぇ……ま、気に病むことはないな。僕の精霊はそこらへんにいるの者と格が違うから……」

 なんかムカ……。

 いつの間にかオレの腕に戻って来た黒竜も声に出せないが、低い唸りを上げて威嚇している。

 それじゃあオレの精霊がへなちょこのカスだと言っているようなものじゃないか。

 いくら、アホで猪突猛進だからって、そこまで言われるとオレだって怒るよ。

「グングニルですか……何番目かにそれの持ち主がいましたね」

「ああ? なに言ってやがる。これの持ち主は僕だぞ」

「いいえ……」

 エクセインは、ルージュの言葉を真っ向から否定する。美味そう

「その槍はナンバーが与えられなかった魔神の一つ……武器の形をして、サポートするためにある物です」

 ……ナンバー?

 ……魔神?

 ……サポート?

「一体何を言ってるの?」

「昨日のヒント……オラクルに出て来る魔神のことですよ……

 一般に教え広められている。魔神のぞう象は一四四体であり、全てのナンバーは一四四番。それ以外に力は劣るが、魔神を補助するために異界から来た者。ナンバーの与えられていない力がそれです。

 私の使った召喚技法、シールドも取り込みによって得たものです」

『取り込み!』

 オレとルージュの声が重なった。

「じゃああなたもリビド・ヒューム自己保存本能なのか?」

 彼女はオレの質問に首を横に振り、こう答えた。

「私は、ソーサリス召喚士……。

 勘違いするとダメだし、召喚技法と言うものを教えてあげましょう……。


 ソーサリス召喚士の転機はオラクルより……一万年前のこと。ソロモンが魔神と呼ばれるものを。それまで召喚と言うものは、ほとんどが雨乞いなど今思えばくだらないことを指して、自分がソーサリス召喚士だと言えばなれる職業だったわ。

 でも、一万年前ソロモンが現れたことで、召喚と言うものが根本的に変えられていった。簡単なことよ……魔神がいたから、それが可能だったの。

 その時代にもリビド・ヒューム自己保存本能と言う者がいたわ。ソロモンは精霊の取り込みをヒントに召喚技法を編み出した。自らが封印したとされる七二の魔神と残りの魔神を取り込むことで、強力な力を手にすることが――」

「ちょっと待ってよ!」

 オレは声を上げて、エクセインの話しを折った。

「その『封印した七二の魔神と残り』って……残りの七二体は封印しなかったのか!?」

「ええ、しなかったわ。オラクルの原版にも真実は書かれてないけど、一から七二までが悪意に満ちた魔神で、残りの七三から一四四までが人に害を与えないとソロモンに契りを結んだ魔神とソーサリス召喚士の内じゃ当たり前の話ね」

 知らなかったぁぁ……ってことは、オレの黒竜もそれかも……。

 うさんくさい視線を右腕に送るが、なんの返事も返して来ない。

「アデュの黒竜も結構強力なものだけど、魔神じゃないわよ」

 オレの考えを呼んだのかエクセインが指摘して来る。

 そりゃそうだ……もし魔神なら、アッサリと倒されて、おめおめ逃げてくるはずないもんね。

「おい……召喚技法からなんだって、話の続き?」

 話の腰を折られたからか、のん気にあくびしながらルージュは、エクセインに言った。

「ええっと、潜在的に強力な魔力が備わっているものが使える、人にかぎらず、力のあるものなら動物さえも。で、召喚技法は魔神を取り込んで安定した力を自在に操る方法を言うの。

 実際は取り込みなしに魔神の力を使うことが出来るんだけど、発動に失敗したり、気性の荒いものだったら食い殺されるって言うケースが多いのよ。だから、普段は自分の持っていない魔神は呼び出さないことにしているの。

 わかってると思うけど、詠唱の最初の数字が魔神の番号を示しているのよ」

 ふむぅ……ソーサリス召喚士とは奥が深いものだな……

「おい! お二人さん! なに敵と馴れ合ってやがんだ?」

「アデュ……リビドは魔神を呼び出すことが出来ないのか?」

「さぁ? ムリじゃない。魔力の桁が違うんじゃないかな。オレたちは精霊がいて、ようやく魔法が使えるのに対して、あっちは自分の力で使うからね」

「ムシするんじゃ……」

「ア、地面にカネが!」

 いような殺気を感じすかさず先手をとって、コインを落とす。

「ワウー!」

 コインが地面に落ちる前にウィルシュがキャッチし、目にも止まらぬ速さで財布に入れて胸にしまった。

 アホめが……。

 これでバカ一人静まった。少しの間なら、気を引くことが出来るはず。

「とゆうわけで、二回戦始めよう」

「次は……タッグ戦だな」

 そう言ってルージュがオレに並んだ。

 一人でもイケそうだけど、さすがにキツイものがあるしな。ちょっとくらい利用させて無煙もらっても罰は当らないよね。

 幸いジェシカは魔力と言う物を持っていないし、エクセインに集中すれば……。

「意気込んでるところ悪いけど、次はあたしが相手だよ」

 そう言ってエクセインを退け、ジェシカが前に出て来た。

 ……あなたになにが出来るの?

 リビドでもソーサリス召喚士でもないのに……。

「いいの……相手は二人よ」

「気にすんなよ。戦いの経験値はあたしのほうが上サ。それにあんたはこんな所で油売っててもいいの?」

 なんか二人で勝手に決めちゃってるし……エクセイン、ホントに戦いに加わらないつもりだよ。

 いくら経験豊富だからって、二人を相手にするのはいくらなんでもジェシカにはムリそうだな……ここは奥の手を使うか。

 エクセインは、ジェシカをそこに置き、丘の頂上に駆け上がって行った。

 なにをするつもりかわかんないけど……逃がすなんてことはしないよ。

 去って行くエクセインの背に向かって言いながら、ジェシカを横目で見た。

「どうする……? アデュ、逃がすつもりはないだろうけど、僕は弱いものイジメは好きじゃないな」

「わかってる。ここは必殺……と言うか、こそくな作戦で切りぬける」

 卑怯だけど、無益な殺生はしたくない主義者だからな。

 前のめりに腰を屈め、オレは足に力をこめた。

 スプリント・モード……いわゆる全力で走ることである。

 オレが向かってくると悟ってか、ジェシカも巨大な戦斧を前に構え、攻撃に備えた。彼女だったら、攻撃に備えるだけと思えない。逆に待つんじゃなくて向かってくるだろう。

 視線をルージュに流した。彼もオレのすることを悟ってか、地面に両手をつけ、二つの呪文を唱え始めている。

 これは土と力増幅のもの……。攻撃でなく、二つともサポート系だ。

 簡単なサポート魔法は、最初のものを溜めて、もう一つ唱えて同時に放つことが可能だと聞く。並の術士なら誰でも出来ることだ。

「行くよ……」

 静かにオレが告げるとルージュは頷き、タイミングを合わせる。

 先手を取ったのはジェシカだった。

 だがそれはオレの狙いでもある。彼女は一気に加速してオレたち二人に向かって来た。

「フ……」

 小さく笑うとオレは飛び出した。

 ルージュも後を追って術を解き放つ。地面がしなり撓り大きくバウンドするそこに力増幅で筋力アップした両手足で地面を蹴り、斜め四五℃に飛び上がる。

 彼女が半分を過ぎたとき、オレとルージュはわきを通り過ぎ、丘を目指して駆け上がっていた。

 慌てて追おうとするが、加速のついた状態で、急旋回はムリだった。下半身は止まったが、上半身は斧の重さも加わり、よろける形でウィルシュに直撃。そのまま木にぶつかって、気を失った。

 ……まさか、木にぶつかるところまでは予想不可能だったけど、なんかラッキーってことにして、オレは頂上に目を向ける。

 エクセインが立ち止まって何かしているのが見えた。たぶん呪文かなにか唱えているんだと思う。

 なだらかな傾斜には丈の低い草が茂り、足が滑りそうになる。

 いきなりそれは来た!


 オレはなにかに足を取られ、倒れをそうになる。それをナイスにルージュが首を持って引っ張って止めてくれた。

 足を引っ掛けた戯けたものは人ではなかった。固い皮膚を装備した地面が裂けて、オレの足を躓かせたのである。

「なにこれ……? さっきまでなかったよね」

「ああ、今生まれたようだったぞ」

 走りながら首を傾げた。

「わぁっ!」

「うっくっ!」

 足が浮き、身体が跳ね飛ばされた感覚が襲い。地面が幾つも悲鳴を上げながら亀裂を作っていった。

 立っていることすら出来ない地震が二人の行く手を遮る。

 しゃべると舌噛みそうだ!

 エクセインが起こしているのかと頂上に視線を向けると、今までなかったはずなのに真っ白な石柱が六本立っていた。

 石柱に囲まれているホントの頂上と言うべき所が、ゆっくりと浮いて来ているように見える。青白い光が空に伸びていった。

 土色の正方形の角柱が幾つも天に吐き出され、砕け散っていく。どれも同じ大きさに揃えられている。

 地面の奥が軋みを上げて揺れていた。

 振動が爆音のように轟き、丘の頂上が光に包まれる。視界が真っ白になるほどの強い光だ。

 霧が張れて行くようにゆっくりと光がおさまっていき、頂上になにかが見えて来る。

 それは吐き出された角柱と同じ物が詰まれた神殿……祠? のようなものだった。

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