第5話 微課金勢の限界~無理の無い課金では無理なこと~

「シャル、居るか?」


 少しだけ改造したマイルームに戻ってきた将吾。

 柔らかいベッドやシャルが事務仕事に使う木製の机。

 夏という季節に合わせて麦茶まで置いてある。

 まだ一月も経っていないが、将吾にとっては我が家のような感覚だった。


「……なんでしょう使用者ユーザー


 シャルはベッドの中から顔だけを出す。

 何時になく顔色が悪い。


「そこに居たのか」

「仕事は終わっております」

「少し、今後のことについて話したいんだけど良いかな?」

「秘書の交代でしょうか……」

「違う。今後の軍の編成のことで相談が有って来たんだ」

「今後の主力ですか……」


 シャルは布団をすっぽりかぶってしまう。


「私などでは相手にならない高性能な星6つの戦乙女アームズメイデンにお任せするのが良いのではないでしょうか。きっとその方は私よりも仕事ができますし、なにより使用者ユーザーのお役に立ちます。使用者ユーザーの利益を最大化するという私の製造目的から鑑みるに、それが最も合理的な……」

「シャル、君はどうしたいんだ」

「私は、今言った通り……」

「それなら、他のSR以下の戦乙女アームズメイデンと同様に何時も通り働ける筈だ。彼等は最初から自分より上位の存在として君が居たにも関わらず、特に不平を言うこともなく働いている」

「あっ……えっと、確かに、そうですが……」


 将吾は既に分かっていた。

 モルガンが語っていた通り、SSR以上の戦乙女アームズメイデンには高度な自我が形成される。

 ――他の戦乙女アームズメイデンに異常が無いということは、モルガンの言う“高度な自我”が今シャルの行動に影響を与えている筈だ。

 故に、将吾が投げかけるべき問は自然と一つになる。


「兵器としてのシャルが、それを運用する人間の利益を最大化を目指すというのは分かった。じゃあ、君という個人は何がしたいの?」

「私という……個人?」

「俺はゲームをクリアしたい。シナリオを最速で読みたい。ランキングイベントでも上位に入りたい。そしてこの世界の秘密にできれば迫りたい。フレンドのMという男は、俺が今こうしてこの世界に居ることがベータテストだと言っていた。つまり本番が有るということだ。この世界にもっと多くの人が来るのだとしたら、プレイヤー同士で争うことになったら、一体何が起きるのか、興味がある。なにせ俺は戦争とか兵器とか大好きな駄目オタクだからさ。で、翻って君はどうなんだ? こんな使用者ユーザーを引き当てた君は何を求めている?」

「私は……」


 シャルは掛け布団からのそりと顔を出す。


使用者ユーザーは血の匂いを嗅いだだけで体内で嘔吐したり、SSRの暴力を喰らえレア度は絶対だとか喚いたり、時折モルガン様と結託して邪悪な顔で夏だ海だと叫びながら水着を錬成して資材を無駄にしていました」

「怒られたね、大分怒られた。いや……めっちゃ怒られた」

「でも怒った後、なぜだか私は笑ってました。きっと、そうやって貴方と過ごす時間が楽しかったのでしょう」


 シャルはニコリと笑っている。

 ――そうだな。俺にとっても楽しかった。

 その楽しそうな様子に、将吾もつられて口角が上がっていた。


「そうです。兵器としては活躍できて、一人の人間のように軍を支えるお仕事もできて、貴方の傍というのが居心地が良かったのです。もう只の兵器だった頃とは違う。こうして直接人間と語らい、話し合うことができる今が楽しかったのです。だけど……」

「分かった。ならば問題無い」

「問題無い?」

「別にURの戦乙女アームズメイデンが来たところで、お前の仕事は変わらない。俺の補佐をして、第一部隊の指揮を続けてもらう」

「え? でも星6つの戦乙女アームズメイデンを秘書にした方が業務だって進むし、軍の運営も……」

「これから高性能なキャラが来たところで、君が俺の部隊の中心であることに変わりは無いと言ったんだ」

「それは……それはおかしいですよ。あえて性能の低い私を使う理由になりません。兵器として、それを認める訳にはいきません」

「M4戦車は世界でも有数の名車だ。華々しい戦闘力も、複雑な技術も、何も無かったが、何処へでも向かい何処でも作られ、何時迄も使われた。M4戦車から戦乙女アームズメイデンになった君だってそうだ。そんな精神状態ボロボロになっても、秘書としての業務だけは絶対に滞らせなかった。俺は将としてまずその業績と能力を評価する」

「……ありがとうございます」

「続いて、現在我が隊は君を中心としてシナジーを発生させる構成になっている。そしてその構成を作り上げるまでに備蓄した育成アイテムを使い切ってしまった。仮に乙女結晶ガチャでUR戦乙女アームズメイデンを引いても、イベントの間に充分に育成することは金銭面・時間面から非常に難しい」

「ですがそれなら……ガチャさえ引けば……」

「仮に、と言ったように現在俺は金が無い。金と言ってもこの世界の通貨じゃない。乙女結晶を買う俺達の世界の金リアルマネーだ。現在の忘却の都ログレスに残された乙女結晶だけでは、URを引き当てることは難しいと言わざるをえない」


 将吾とて裕福とはいえ高校生だ。

 同世代に比べれば圧倒的な財力でゲームを進めているが、無尽蔵の金を持つ社会人や無尽蔵の時間を注ぐ廃人には敵わない。


「俺にとっての最も効率的なプレイとは、君を最大限活躍させることなんだよ、シャル。SSRも君のダブリしか引けなかったしね」

「…………」

「これは俺の推測だが、一枚だけ引いたURよりも、複数枚引いて限界突破や特殊能力スキル強化や奥義アーツ強化を済ませたSSRの方が遥かに強い」

「何故そんなことが?」

「UR一強性能で出すのならば実装が早すぎる。こんな最初期からいきなり最強性能のURなんて出せば、ゲーム開始と共にガチャを引いたプレイヤーが、ゲームを見限ってしまうリスクが高い。運営は自分たちの儲けをフイにするような真似をする程馬鹿じゃない筈だ……多分」

「私のような戦乙女アームズメイデン運営かみの考えは推し量れません。マスターの意見を信じます」

「――よしっ」


 将吾はぬるくなった麦茶を一気に飲み干し、立ち上がる。


「じゃあ行くぞシャル。今日はまだスタミナが余っている。育成用アイテムを今のうちに曜日クエストで準備して、しかるのちにイベント開始と同時に開始されるピックアップガチャで出る特攻兵装や戦乙女アイアンメイデンにつぎ込む。手に入った新戦力の育成と並行してイベントの偵察を行い、基本戦術は決定する。サポートはシャルにまかせて大丈夫だな?」

「……はい、使用者ユーザー! 貴方に勝利を!」


 シャルは将吾につづいて立ち上がる。

 もはや彼女に恐怖や迷いは無かった。

 こうして二人は最初のイベントへと向かった。


 なお、後日行われたピックアップガチャは盛大に爆死したが、些細なことである。

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