コテツの鼻の先【1000文字短編】

侘助ヒマリ

🐕ふんす、ふんす、ふんす、ふんす……



 本日の収穫物、葉っぱ一枚。




 我が家の愛犬、雑種のコテツの歩き方はちょっと変だ。


 いつも鼻を地面にくっつけながら、ふんすふんすと嗅ぎ歩く。

 だから、散歩に行くたびにたいてい何かが鼻の先にくっついているんだ。


 葉っぱだったり、小石だったり。


 大雨の日に可哀想だからと家の中に入れてやると、廊下の隅にたまった埃を必ずといっていいほど鼻の先にくっつけている。


 おそらく、分泌物はなみずの量も多いのだろう。

 撫でている時にくしゃみなんかをされた時には、鼻水しぶきをまき散らすからたまったもんじゃない。

 そんなに濡れているから、地面に落ちている色んなものがやたらと鼻にくっついてくるんだと思う。


 その日も、コテツは散歩の途中で何かを収穫した。


 鼻の先にくっついた、キラリと光るを手に取った。


 金色の、小さなピアス。

 白く光るダイアモンドがはめ込まれていた。


 手のひらに軽く握ったまま、辺りを見回してみる。

 片割れは落ちていないようだ。誰かが耳につけていたものがここで落ちてしまったのだろう。


 僕の手の中に収まる収穫物をどう処理したものか、考えながら歩き始めたその時、数十メートル前方で下を向いたままキョロキョロと視線を泳がせる若い女性の姿が見えた。


「落とし物ですか?」


 声をかけると、その女性が顔を上げた。


「さっき、この辺りでピアスを落としてしまったみたいで」


「それ、このピアスですか?」


 握っていた拳を彼女のまえでゆっくり開くと、彼女の顔に安堵と喜びが広がった。


「そう!それです!ありがとうございます!

 小さいからもう見つからないかと思ってた――」


「この子がさっき鼻の先にくっつけていたんですよ」


 相変わらずふんすふんすと鼻を鳴らしながら地面を嗅いでいるコテツを指さすと、彼女は満面の笑みで「お利口さんなのね!ありがとう!」と頭を撫でた。





 コテツのことをお利口さんと呼んだのは、後にも先にも彼女だけだ。





「コテツ、おはよう」


 今日も彼女は写真の中のコテツに話しかける。


 本棚の一角を空けたスペースに、小さな皿に入れた水とフードを供える。


「今日の収穫物は、スミレの花よ」


 先ほど散歩で僕と一緒に摘んできた、一輪の小さな花を添える。


「君と二人で散歩を続けて三年になるけれど、未だにあの時のピアス以上の収穫物は見つからないね」


 鼻先を黒く濡らしたコテツを思い出しつつ僕が笑う。


「そうね。私たちを出会わせてくれたし、コテツはやっぱりお利口さんね!」


振り向いた妻が微笑んだ。



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コテツの鼻の先【1000文字短編】 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

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