擬態生物
吉岡 柑奈
擬態生物記録
その生物を発見したのは仕事終わりの帰り道。点滅を繰り返す蛍光灯の影にほっそりとそれは張り付いていた。
五連勤にほとほと疲れ果てた私は同僚と居酒屋で一杯あおってから帰路についた。
例の生物を発見した蛍光灯を通り過ぎようとした瞬間、左半身にさわさわと動く心臓の気配を感じたのだ。
最初は酒のせいで幻覚を見ているのかと、目を二、三度目擦ってみたがまったく消えてくれなかった。
私は酔った勢いで生物の近くへ寄り、全体をじっくり観察することにした。
少し白くて棒の様に細い。顔らしいものがあるが本当にそれが顔かは分からない。
手足も先端が丸くなっていて、とても物を掴むことができるとは思えなかった。
誰しも子供のころに想像した物陰に隠れているお化けだとか幽霊の類に似ているがまるで恐怖は感じない。
ただそこに居て、生きている。
飲まず食わず動かず、ただ何かの影にひっそりと擬態して生きている。そんな印象を受けた。
私が近づいてもなんの反応も見せなかったので、この予想は多分当たっているだろう。
私は彼を仮に擬態生物と名付けた。
この一件から私は日常のなかで彼等を目撃することが多くなった。
幽霊は波長が合うと見れる。どこかで聞いた事が今、自分の身に起こっているのだろう。
その事を踏まえると、私以外の人は彼等を確認出来ないらしい。同僚に蛍光灯の擬態生物を見せたら物凄く怪訝な顔をされた。
擬態生物は姿形は似たり寄ったりだったが、
蛍光灯の擬態生物の他、ショッピングモールのマネキンや、掃除用モップの毛束、カーテンの裏、観葉植物の草の間など、擬態する場所と物は様々だ。
一番面白かったのはカフェの天井のファンに擬態していたやつだった。本来じっとして動かないはずの彼等が、めちゃくちゃ回っていたのがツボに入って危うく商談が流れる所だった。
もう、あのカフェは仕事で使うことはないだろう。
擬態生物の観察を続けていると私の中に小さな疑問が浮かんだ。
擬態生物はなんの目的をもってこの世に生まれたのか。
人間だってそんな大それた目的を達成するために誕生したわけではないんだろうけど、子孫を残すという目的はある。しかし、擬態生物は見るからに生殖を目的として作られた体ではない。ならばどんな役割を担っているのか。考えれば考えるほど気になって仕方が無い。
しばらく寝れない夜が続いた。
寝不足の金曜日。
私は五連勤の疲れを癒すためにまた同僚と飲みに行き、いつも以上に飲み過ぎた体でふらふらと蛍光灯への道を歩いていた。
今日は珍しく私の数歩前を同じく仕事帰りのサラリーマンが歩いている。
そのまま数メートルの距離を置いて一足先に蛍光灯の前をサラリーマンが横切った。
瞬間。
ぱっと瞬きをした間に、サラリーマンは白い影に体を飲み込まれ跡形もなく居なくなっていた。
一気に酔いが醒めた。あれだけ人には無関心、無感情だった人間を襲うなんて。急いで蛍光灯に駆け寄ると、サラリーマンがいた足元に刃渡り10cmほどのナイフが鋭く光を反射して転がっていたのだ。もしやと思い前方に目をやると遠くの蛍光灯に女性の影らしいものが照らされていた。
消えたサラリーマンは最近報道されていた、連続婦女暴行事件の犯人の可能性が高い。
犯行時刻は夕方から深夜にかけて、刃物で女性を脅し犯行に至る。ニュースで公開された情報と一致していた。
蛍光灯の影にはサラリーマンを消した擬態生物が岩のように沈黙している。
私の個人的な見解では擬態生物は犯罪者をこの世から消している。
殺す、より消しているの方が正しい。
というのは次の日の朝、婦女暴行事件の記事をネットで調べてると、昨日まであった記事がまるっきり消えていたのである。
擬態生物を確認できる私の記憶だけを取り残し、この事件を知っている人の記憶を全て消したのだろう。
擬態生物は犯罪者の心を感知し、そして再犯を犯す前に消す。
人々の記憶から、被害者の記憶から。
きっと産んだ母親さえ覚えていられないだろう。
私はこの擬態生物の記録を後世に残すことにする。いつか人々の波長が擬態生物と協和してもいいよう、説明書変わりに。
この記録をみた人は彼等を神様だと思うかもしれないが、決してそうではないと私は言いたい。
見方を変えれば私達の生活を管理している看守かも知れないし、犯罪者を喰って力を蓄え、
まぁ、そんなこと考えているとは到底考えられないけど。
ただこれだけは言いたい。
彼等は擬態生物は我々人類と同じ目的を持って行動する生き物に過ぎない。
ただ住む次元が違うだけのただの生き物なのだ。
あなたもいつかクローゼットの端っこや、お風呂の排水口で彼等を見つけてもそっとしておいてあげて欲しい。
運が良ければあなたを守ってくれるかもしれないよ。
犯罪を犯さない限り、だけどね。
擬態生物 吉岡 柑奈 @0202K
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