第4話
村民達の血走った目が背後の貯水庫に向けられていた。ジノは自らの死を強く意識した。もうすぐ終わる。せめて、仲間達のことを想いながら逝きたいと願った。
しかし――ジノの祈りは裏切られた。村民達は、ジノになんの興味も示さずに両脇をすり抜けていった。彼らは、初めから水源にしか興味がなかった?
「……どうして」
掠れた声が出た。諦めていた命がまだ自分のものであることが信じられなかった。ジノは完全に戦意を失い、うなだれた。抵抗などせずに、最初から貯水庫を受け渡していたら、誰も死なずに済んだというのか――。
落胆したジノは、無防備にも村民達が巻き起こした砂埃に視界を奪われた。それは時間にしてわずかではあったが、隙としては大きなものだった。
はっ――として目を開けた途端に右腕に熱を感じた。遅かった。右手首から下がなくなっていた。手甲ごと手首が切り落とされていた。
ジノの目の前には、無表情で手斧を構える少年がいた。
「こんな子どもに俺は殺されるっていうのか、なんてことだよ……。貯水庫を手に入れたとしても満たされないぞ、決して。一度でも何か奪ってしまったら、これから先は奪い、奪われる生活しかないんだ。よく考えるんだ」
ジノには少年を諭すつもりなど微塵もなかった。
少年というより、このような凶行に走った村民たちに向けて言葉を紡いだ。ひどい渇きが彼らの心をも干からびさせたのだとしても、殺して奪うという行いを認めてよいわけがない。どのような理由があろうとも認められるものではないのだ。その思いを口にしたのだ。
死を覚悟したジノの中に、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。こんな馬鹿げた死に場所はごめんだ。力足りず力尽きるとしても、仲間達に顔向けできるものでなければ。
ジノは少年を見据えながら立ち上がり、構えを取った。
無表情から一転。少年はさも不快そうに暗い瞳でジノを睨んだ。
「五月蝿いよ、おじさん」
ぼそりと呟いて少年は地面を蹴った。少年の姿が左右に揺れる。つかみどころのない動きにジノは翻弄され、あっさりと懐を明け渡してしまう。
鎧に覆われていない腹部に掌底が打ち込まれる。痛みでジノの体が折れ、頭の位置が下がる。少年は体に染み込んだ連携からジノの顔面に膝を合わせた。ジノもまた膝の打面をずらしながら、少年の軸足に拳を打ち込んだ。
両者ともに手応えを感じつつ、距離を取る。
「意外と、しぶといじゃない」
「……おまえ、誰だ?」
ジノの中で、違和感が急速に形を成す。初めから違和感しかなかった。村民達が出来すぎていた。ラスターの悲劇からひと月、計ったように村民達は決起し、無秩序に暴れるのではなく、まとまりを持って挑んできた。そして、消耗戦のコントロールと戦争兵器の使用。
少年のような見た目ではあるが、ジノの推測が当たっていれば、こいつは本物の暗殺者だ。暗殺ギルドが一枚噛んでいるのだろうか。目的はラスター周辺の少水源を抑えることか――それとも。
少年の顔から表情が消えた。それはジノの推測が遠からず当たっていることを示していた。
亡国のセシル 南野 智 @satoshi18
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