第3話

 狂気に支配された村民の圧力は相当なものであった。一人ひとりの力は強くなくとも、一対多数の状況を作られてしまえば、いかに訓練を積んだ衛兵であっても戦況は一変してしまう。


 その鍛え上げられた肉体を活かし、一対一で相手を制することに長けた衛兵達も、この戦争のない時代においては集団戦闘の経験に乏しく、遠距離から打ち込まれる投石と怯んだとみるや一気呵成に攻め込んでくる打撃の連携に、なす術なく後退を強いられていた。当初、二十人以上いた中で生き残ったのは、ジノ、ノーマン、ゲリルの三人だけであった。


 彼ら三人が磨き抜いてきた守備連携は圧倒的な数の前でも効果を発揮していた。二枚の大盾を駆使し、投石をある程度無効化できたことが大きかった。なんとか膠着状態を作り出した彼らは消耗戦を仕掛けることに成功した。


 指揮を務めるジノの読みでは、消耗戦になれば指揮官のいない村民達は次第に攻め手を欠く。迷いさえ生じさせることができれば、気力が萎え、体力もに底をつくはず――そこまで持ち堪えることができたなら、説得することも可能なはずだ。


 両脇の大盾が守備なら、ジノの役割は攻撃である。接近してきた敵を瞬時に無効化するのが自分の使命だ。終わりが見えない行為の積み重ねではあるが、相手より確実に上回っている耐久力に身を委ねるほかなかった。





 どれほどのつぶてを浴びただろうか。手甲で殴りつけた村民の数も知れなかった。ジノはもちろん、大盾を支え続けるノーマンとゲリルも疲労していた。彼らの士気が徐々に下がりはじめてから、もう少しの辛抱だと己に言い聞かせていたが、ある時から、不自然にも一定のペースで攻撃を仕掛けてくるようになった。


消耗戦というのは、ギリギリの中でお互いが全力でぶつかり合う、という前提がなければ意味を成さない戦術である。もしも村民達が余力を持ちながら戦っているとすれば、全力を出し続けていたジノ達が先に力尽きてしまう。


 その時、突然攻撃が止んだ。一瞬の空白。


「終わった……のか?」


 右翼を担うノーマンが、ジノの反応を伺う。血と砂と誇りにまみれ黒ずんだジノの顔が白く、、いや青ざめているように見える。攻撃は止んだのだ。どうしてそんな顔で向こうを見つめているのだ。


「ジノ? 何を見――――」


 その時、ノーマンの頭部が半分、兜ごと吹き飛んだ。もの凄い速度で飛んできた石杭が大盾ごと頭を撃ち抜いたのだ。ノーマンは、どさりと地面に倒れ伏した。使い手を失った大盾もまた地鳴りのような音を立てて倒れた。


「ノーマン!!」


ジノとゲリルが叫んだ。ノーマンからの返事はなかった。二人はノーマンがあの攻撃で息絶えたことを悟った。


「あんなもの、どこから持ってきたってんだよ!」


 ゲリルが悲鳴のような声を上げた。村民が持つに相応しくない戦場兵器が向こうの人山の中にあるのだ。幾重にも組み合わせられた鉄の盾の強度をもってすれば、有効な武器を持たない村民には打つ手がないはずだったのだが、あんな兵器を持ってこられてしまえば話は別だ。格好の的と言っても過言ではない。


 なんということか。大盾を壊す武器の有無、村民の戦闘力、そして、指揮官の存在――それぞれの前提が間違っていたというのか。。


 呆然とするジノにゲリルが喝を入れる。


「ジノ!! 忘れるんだ! 次はどうしたらいい? 俺たちに、今できることをしよう!!」


「…………後退しよう。重心を低くして頭を下げてくれ。お前まで失ったら終わってしまう。盾の中に身を隠すんだ!!」


 この陣形の最小単位は三。二人では強度を維持できないがやるしかない。


「よし!わかった」


 ゲリルは言われた通り、重心を下げつつ、後退しようとしたが肝心の足が動かないことに困惑した。ノーマンの頭部が弾け飛んだ光景に恐怖を覚え、足がすくんでしまっていたのだ。恐怖にすくんでしまった自分をジノに悟られたくない、という一心からゲリルは下半身を無理やり押し込もうと右手を盾から離してしまう。大盾は二枚の盾を重ね合わせて形を成しており、いくら衛兵の中でも一際大きな部類であったゲリルであっても、片手で受け止めるのは困難だった。


右の盾を取り落としたゲリルを石杭と投石が襲った。口を射抜かれ、頭と胸を潰されたゲリルは声にならない嗚咽とともに倒れた。


 ノーマンとゲリルの死は陣形の完全崩壊を意味していた。形を成さなくなった防壁を見た村民達は、ジノごと押し潰さんと貯水庫目掛けてなだれ込んだ。


 ジノは自らの死を覚悟し、その場に両膝をついた。もうすぐ訪れるだろう死の瞬間をぼんやりと想像した。


 ある者は棍棒で撲殺され、ある者は農地をならす石の輪で圧殺された。そして二人は石弓と投石により無残にも頭部を砕かれて絶命した。誰一人、真っ当な死に方ではなかった。


 自分はどんな死に方だろうか。正気を失った村民たちの思考を推し量ることなどできるはずもなく、その時をたったひとり待たなければならないという恐ろしさにジノの身体は震えた。

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