『わびすけのつぶやき 』より

<番外編>わびすけの夏休み

 久しぶりだな。チワワのわびすけだ。

 ご主人の怠慢で、俺のつぶやきは随分とご無沙汰になってしまった。


 ひねもすのたりと暮らしながら暑さをなんとかしのぎ、ようやく過ごしやすい陽気になってきたと思ったら、いきなり夏休みについてつぶやけと言われたわけなのだが。

 毎日がハードボイルドな俺には、夏休みなどという悠長な概念は元々備わっていない。


 ひねもすのたりと暮らしているとは言ってもそれは言葉の綾である。

 決して暑さで動く気も失せ、ひんやりとした場所を探してはぐてっとのびていたわけではない。

 エアコン稼働のために窓を閉め切った中でも僅かな風の通り道を見つけ、直射日光の入り込まない場所を見つけ、そこに俺が体を横たえることで、ご主人にじゃがいもなど根菜類の最適な保管場所を提案してやっていたのだ。

 俺の提案はことごとく無視される結果となったが、おかげで快適な昼寝場所のローテーションが組めたのでそれはそれで良しとしよう。


 さて、「夏休み」はなかったが、確かに俺にも「夏」はあった。

 今年12歳、人間で言えば “アラセブ” になった俺だ。

 この夏は、まさに暑さと老いとの闘いであった。


 暑さとの闘いは、これまでもう何度も経験している。

 長毛種という因果な宿命を背負ったが故に、人一倍暑さによるダメージを負いやすくはあるのだが、それは毎年 “サマーカット” という方法でなんとかしのいでいる。


“サマーカット” というのは、長毛種の犬が通常よりも大胆に毛足を短くし、暑さを軽減するカットスタイルである。

 ここ数年、俺は梅雨どきになるとこのサマーカットを施され、酷暑に備えているのだが、これによって毎年決まって恥辱を味わうことになるのが悩みの種だ。


 それはいつも、トリミングサロンに預けられ、シャンプーやカットを済ませた後にご主人が迎えに来るところから始まる。


「(笑)だれっ!?(笑)」


 トリマーのあんちゃんに抱かれて登場した俺を見たご主人が、毎年決まって放つ第一声だ。


 常日頃纏っているゴージャスな飾り毛がばっさりと切られ、緩やかなウエーブを描く栗毛色の体毛は7ミリ程度の長さにそろえられ、それゆえコロンとした体型に見えてしまう。

 胸元に茂る自慢の巻き毛も跡形もなくなり、優美なロングコートの名残は尻尾にかろうじて残るのみ。


 さらに今年はトリマーの兄ちゃんが、恥辱を上塗りするような余計な計らいをしやがった。


 トリミングした犬にサービスでつける三角のスカーフに、緑の唐草模様の柄を選んだのである。


 風呂敷よろしくそれを首元に巻かれた俺を見た途端、ご主人は大喜び。


「わびちゃん、柴の子犬みたい~♡」


 図らずも俺は別の犬種にコスプレさせられたのであった。


 世界最小ながらも勇猛果敢で熱いハートを持ったチワワという犬種に俺は誇りをもっているのに、なんたる屈辱!


 記念にとご主人が撮影した写真の中の俺は茶色くてコロコロしていて、緑の唐草模様がよく似合う和風な子犬に変身していた。


 毎年カットして一週間ほどはその嘲笑にひたすら耐えねばならないのだが、ご主人が俺の風貌に見慣れる頃には嘲笑も止み、平穏な日々が戻ってくる。

 密となった毛と毛の間にも風が通るようになり、それなりに快適であることは間違いないので、毎年恒例の恥辱もやむなしと半ば諦めている。

 このような境地に至ったのも、俺が老いたからに他ならないのかもしれない。


 そう。俺がこの夏に闘っていたもう一つの問題が「老い」である。


 奴は足音もなく、静かに、ゆっくりと俺のすぐ傍まで近づき、息を殺してひっそりと寄り添っていた。

 そして、俺が夏の暑さに疲弊し、体力の落ちた隙を狙い、突如俺に牙をむいて襲い掛かってきたのである。


 実を言うと、俺は元々奇形だったらしい。

 割と最近になってわかったことなのだが、腰椎と呼ばれる背骨の節が生まれつき一つ分欠損しているのである。

 医者によると、それによって腰椎の間から伸びる末梢神経の数も常より少なく、若いうちは問題がなくても老いに伴って神経経路が衰えてくると麻痺などの目に見える形で影響が出てくるそうなのだ。

 暑さによる食欲不振から体力の低下した俺は、己の右後ろ足にこの麻痺の発症を許してしまったのだ。

 とにかく力が入らない。歩きにくいので、今では右後ろ足を上げたまま三本の足で歩いている。

 調子が良ければ散歩で右足を使うこともあるが、原因からしても治癒は難しいと言われているため、この右足とも仲良く付き合っていく他はない。


 老いが来たのは足だけではない。先日の健診では、白内障が始まっているという診断を受けた。


 そして、この夏に最もショックを受けたのが、ずば抜けた鋭敏さを誇っていた俺の聴覚がめっきり衰えたことだった。


 外敵侵入の可能性を告げるインターフォンの音が聞こえず、ご主人に警告を伝えるという誇り高い仕事にまで支障が出る始末。

 かつてはキッチンの引き出しから野菜の皮むきのために取り出されるピーラーの刃が揺れるわずかな音も聞き漏らさなかった俺が、たった数ヶ月でこの体たらくだ。

 もはや、日々野生の勘を研ぎ澄ませつつハードボイルドに生きるという俺の矜持は斜陽となり、滾るような輝きを失いつつある。


 しかし、老いとは、己の変化を静かに、ただただありのままに受け入れるということなのかもしれない。


 家族を守る急先鋒として、日々外敵への警戒を怠らず、神経を尖らせていた日々。

 今では聴覚が衰えた分、僅かな物音に心を震わせることもなくなり、一日というものが驚くほど穏やかに過ぎていくのである。


 失ったからこそ、得たものがある。


 ギラギラとした盛りを過ぎ、老いを受け入れた者だけが至ることのできる境地に甘んじてこの身を置く。


 そんな生き方もまたハードボイルドの一つの在り方なのかもしれないと思う今日この頃である。



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 カクヨム登録一周年企画

『🌻みんなの夏2017🌻』

 は、わびすけのつぶやきをもちまして完結です(*^_^*)


 この一年は皆さまのおかげで本当に楽しく活動させていただくことができました。

 改めてお礼を申し上げますと共に、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます(❁´ω`❁)✨



 陽野ひまわり🌻

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🌻みんなの夏2017🌻 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

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