第5話
ターミナルで、島の観光協会が貸し出している自転車を二台レンタルした。
灯台は外海と港内とを隔てる防波堤の突端にあって、すぐそこに立っているようで案外遠い。
湾を回り込む形でけっこうな距離を移動することになると聞いての、健介にしてみれば苦渋の選択だった。
舞奈が心配そうに眉を寄せた。
「近くまでバスに乗って行ってもよかとよ?」
「自転車の方がずっといい」
自分で運転する分には乗り物もまだ我慢できる。
「けど痛そう。怪我。本当に運動しても大丈夫と?」
クロップドパンツから覗く足も、ストライプのシャツから伸びる腕も、健介の身体は縫った痕だらけだ。
舞奈は事故について詳しく聞きたい様子だった。
そんな彼女を無視して、健介は自転車を勢い良く漕ぎ出した。
風が肌に心地良かった。
晴れた夏空の下、港近くの公園では何やらテントの設営が進んでいた。
汗みずくの島民たちを遠目に、舞奈が後ろから、明日は夏祭りだと声を弾ませた。
「午後からね。楽しかよ。のど自慢大会とか、和太鼓のパフォーマンスとか」
「そういえばターミナルの掲示板にポスターが貼ってあったな」
「出店もずらっと並ぶし、夜には花火も上がるばい」
「打ち上げ花火か。どれくらい上がるんだろう」
「数? 三百発くらいかな。……あ、ちょっとそこ! 笑わんでよ!」
「いや、笑ってない笑ってない。相模原の八千発と比べたりなんかしてない」
膨れっ面の舞奈が立ち漕ぎで健介を追い抜いていく。
その横顔、肩のライン、サドルから浮いた小さな尻――。
舞奈のすべてが澪そっくりに見えることに、もう健介は驚かなかった。
きっと願望の現れだ。こうして澪と二人、彼女が生まれた島を自転車で巡ることが本当にあったかもしれない。そんなもしもの未来の幻を見ているのだ。
それとも――、と唇を噛んだ。
死んだ彼女に生き写しの少女を目の当たりにし続ける、この胸の苦しさ。
一人だけ生き残った健介に対する、これは澪からの罰だろうか。自分のことを護れなかった非力な健介を恨んで、三年経っても未練たらたらな女々しさに呆れて、澪の霊が与える罰ではないだろうか。
舞奈の背中を追って海沿いの道を行く。やがて、事故以来初めてと言っていい運動量の多さに、足の傷が疼き出した。
道程の半分くらいで休憩を入れた。狭苦しい食料品店に連れ込まれて、舞奈に良く冷えたラムネとスイカ味のアイスをせがまれた。
友達らしい、遠くに見えた同年代の少女たちに舞奈が手を振る場面もあった。
誰それ彼氏? 親戚! そんないい加減なやり取りが甲走った声で交わされた。
お盆の時期はいつもより格段に人が増えるというが、擦れ違う人や車の数は知れたものだった。
島ごと限界集落やけんね、と舞奈は苦笑いを浮かべた。山の方へ行くと、思うさま繁茂した草木がガードレールを越え、舗装道路を侵そうとする様子があちこちで見られるらしい。年々、島民の数は減ってきているという。
「そのうち誰もいなくなるんじゃないのか」
「そのうちね。ポツンと島だけ残るとやろ、きっと」
悲観も楽観もしているようには見えない。風の中、舞奈の表情は穏やかだった。
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