第4話
翌日の午後、澪の両親は畑へ、佳織は友人宅へと出かけて行った。
一人残った健介が、座敷に仰向けになってスマホを見ていたときだった。
気付くと庭に舞奈が立っていた。
強い日差しの下、表情は影になって分からなかった。
健介は黙って見ていた。
きっと来るだろう、とどこかで思っていた。
白昼夢の中にいる気がした。
舞奈はサンダルを脱いで縁から上がってきた。
午前中、澪の三回忌を営む寺で見たスカートの学生服姿とは趣が違っていた。
昨日と似たコーディネート、白っぽいトップスとショートパンツだが、今日は首元から水着の紐らしきものが覗いていた。
逆光の中、舞奈は相変わらず澪そっくりに見えた。澪の両親や佳織がなぜ舞奈の容姿に何の言及もしないのか、健介にはさっぱり理解できない。
四つん這いの舞奈は、猫科の獣よろしく、ゆっくりとにじり寄って来た。
仰向けのまま、健介は逆さまの舞奈を見上げた。
日に焼けた肌の温もりを感じる近さになっても、互いに目を逸らさなかった。
澪と過ごした短い月日が健介の脳裏を過ぎった。
出会った頃の初々しさ。怒ると口を突いて出る方言。ふくよかとは言えない胸がそれでも柔らかかったこと。素直で明るい彼女の存在に自分がどれほど安らぎを感じていたか――。
舞奈が微笑んだ。
「暇しとるやろうと思って。海とか、行かん?」
「勉強しろよ受験生」
初めてする二人きりのやり取り。
健介があえて選んだ粗野な口調にも、舞奈は怯まなかった。
「昨日はごめんね? 悪気は無かったとよ」
「は?」
「お墓でさ。めっちゃ怖かったもん。顔」
頬に流れた髪を耳にかける、その左手が微かに震えたのを健介は見逃さなかった。
舞奈は平静を装っている。それが痛いくらい伝わって来る。間近に見る彼女の目は呆れるほど正直だ。
健介の無聊を慰めたいという舞奈の思いは、きっと本心でもあり口実でもあるだろう。彼女は島の外から来た異性に対する強い興味に突き動かされている。相手が一人でいると知りながら訪ねた自分の大胆さに興奮している。そんな自分の心を健介にすっかり見透かされていることにはもっと興奮している。
ただ同時に舞奈は、どれだけ誘ってみたところで健介は応じないだろうと考えてもいる。健介がまだ澪を想っていることは、昨日の墓での様子から舞奈にもよく分かったからだ。
つまりこれは、自分の立場を弁えた者同士が興じる、極めて安全な、見方によってはひどく不健全な遊戯だった。
健介は起き上がった。
「……港の、あの赤い灯台に行ってみたい」
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