お墓で花火
夕辺歩
第1話
船内の大型モニターにノイズが走った。
高校野球の生中継が、大海原を走る高速船を俯瞰したものに変わった。
『長い航海、たいへんお疲れ様でした。本船は間もなく――』
もうじき港に到着する旨アナウンスが流れ始めると、周囲の乗客たちが思い思いに下船の支度を始めた。
「ああぁ、やっと着いたぁ。これだけ久し振りだとさすがにキツいわ。健介はどう?」
「吐きそう」
「また? 酔い止め飲んだのに。本当に乗り物ダメねぇ。二十三にもなって情けない」
「歳は関係ない。本当やめろよそういうこと言うの。どんだけデリカシー無いんだよ」
「はいはいごめんなさい」
息子の苛立ちを軽く受け流した佳織が座席に目を落とす。まあでもさ、と肘置きを撫でた。
「船なら、まだしも安全でしょ。海は広いんだからそうそう何かにぶつかったりなんか」
「だからやめろってば」
健介が強く睨むと、佳織は舌を出してひょいと肩を竦めた。
健介の乗り物嫌いは、五歳の頃に交通事故で父親を亡くしてからのものだ。他人の運転に命を預けることが恐い。
二年前、恋人と乗ったバスが事故を起こしてからはいっそう嫌悪の度が増した。窓際に座っていた彼女は命を落とし、健介は一年間の大学休学を要する怪我を負った。
その恋人の故郷で営まれる三回忌への参列――。今度のことは健介にとって大決断だった。何と言っても場所が遠方で、飛行機もバスも船も、利用しないわけにはいかなかったからだ。
吐き気やトラウマと戦うこと半日。移動中は地獄だった。隣の佳織が宥めたりすかしたり励ましたりしてくれなければ、ここまで辿り着くことは難しかったに違いない。
母佳織の陽気さは、ともすれば暗く重たいものになりがちな母子家庭の雰囲気を十数年に亘って明るく保ち続けてきてくれた。そのことを日頃からありがたく感じてはいる。
けれど、と健介は苦々しく思う。若やいだ服装が示す通り、今日の佳織は浮かれ過ぎだ。言動がいちいち軽薄で落ち着きがない。夫と死別した哀しみなど完全に忘れたのではないかと疑いたくなるほどに。
よほどこの旅行が嬉しいらしい。それも道理かもしれなかった。彼女にとっては久々の帰郷も兼ねるのだから。
船体が赤い灯台を過ぎた。窓の外に港が見えた。ターミナルと思しい建物の他は目立つ物のない、すっきりした印象の港だ。スロープで埠頭と繋がった浮桟橋がある。岸壁に何艘もの漁船が繋留されている。
海沿いの通りには店舗や民家。小高い丘の中腹には学校。黄褐色のタイルが目を引く大きな建物は町役場だろうか。背の高い建造物はない。他に見えるものといえば木々の緑か、驚くほど高くて広い空の青だけだった。
朝は神奈川の実家にいた自分が、午後には遠く長崎の、それも本土から船に乗って一時間半もかかる離島を訪ねている。健介にしてみればあまりに非日常的な今だった。しかも心身の疲れが現実感のなさを助長していた。
だからだろう、浮桟橋にその姿をみとめても、すぐには強い感情は湧いて来なかった。健介の胸がズキリと痛んだのは、潮風に乱れたセミロングの髪を左手の薬指で耳にかける、彼女の懐かしい仕草を目にした瞬間だった。
夢ではない。目眩がした。
死んだはずの恋人、
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