特攻隊長 市村左近

謡義太郎

第1話 交差点の作法

 真夜中の国道に爆音が轟く。

 一台ではない。数台、一桁なのか二桁なのか、木霊してよくわからない。

 内燃機関が発する爆発音が、鉄の管を抜けて放たれる。

 直管。

 遮るものもなく、むしろ増幅されたように突き抜けるエグゾーストノート。

 音の塊。雄たけび。


 一際甲高い二ストロークサウンドに乗せて、飛び出すシルエット


 族車にしてはシンプル。

 ノーカウル。セパハン。タンデムシート。白いタンク。マフラーは右に二本、左に一本。直管、竹槍。(※1)

 並列三気筒、五百cc。KAWASAKI五百SSマッハH1。

 二百キロを切る車重、六十馬力という圧倒的(当時)なパワー、少ない前輪荷重。横に並んだ三気筒。

 乗り手を選ぶ骨董品オールディーズは、まさに暴れ馬と呼ぶに相応しい。

 ピストンが上下する度、左右に揺さぶられ続け、アクセルを開ければ棹立ちになろうとする。

 捩じ伏せる。

 太ももで締め付け、腕力で抑え込むのだ。


 乗り手は緋色のツナギに紫の長鉢巻。

 ノーヘル(※2)、ゴーグル。

 背中には青い鴉が刺繍されている。

 左腕には腕章。『特攻』。

 右腕には鮮やかな墨色の刺繍で、こう記されている。


『七代目 特攻隊長 市村左近』



 左近はアクセルを緩める。本体との距離は充分開いた。

 国道は片側三車線。次の信号でバイパスと交わる。信号は赤。

 左近は右よりの車線で停車する。


 やがて信号が青に。


 ニュートラルのまま、ひとつ。


――ふぉおおおおおおぉぉぉおん!

 オイルが燃え、直管の竹槍マフラーから白煙が噴き出る。(※3)


 そしてゆっくりと交差点に進入すると、その中心で停車。


――ふぉおおおおおおぉぉぉおん!

 交差点に木霊するは、暴れ馬の嘶きと白煙の残滓。

 鉄の愛馬から降りた左近が、バイパス側に停車している車に頭を下げる。

 右、左。

 そして右。


「しゃっすっ! 七代目大鴉っす! 七代目特攻隊長、市村左近っ! まもなく本体が通ります! まもなく大鴉本体が通ります! ご迷惑お掛けします!」


 左に向き直る。

 もう一度礼。


「しゃっすっ! 七代目大鴉っす! 七代目特攻隊長、市村左近っ! まもなく本体が通ります! まもなく大鴉本体が通ります! ご迷惑お掛けします!」


 四方に満遍なく頭を下げ、


――ふぉおおおおおおぉぉぉおん!


 信号が変わり、バイパス側が青になった頃、遠く響いていた爆音が近づいて来る。


――ふぉおおおおおおぉぉぉおん!


 交差点に進入する車はいない。

 仕方ないとばかりにサイドブレーキを掛け、ハンドルにもたれるドライバー。

 スマホを取り出し、写メを撮るドライバー。

 舌打ちしつつ、貧乏ゆすりをするドライバー。

 両側に十台ほどの車両が並んでいるが、文句を言う者はいない。


 第一集団が交差点に進入。

 六騎。時速四十キロほど。

 一瞬、その音が最高潮に達した時、停車している車内では何も聴こえなくなる。


 通過。


 続いて親衛隊。三騎。楔型のフォーメーション。


 その後ろにFX《フェックス》。

 KAWASAKI Z四百FX。

 タンクはファイヤークラッカーレッド。

 ノーカウル。チョッパーハンドル。マフラーは左右に二本ずつ。直管、ストレート。

 タンデム三段シート。

 ハンドルを握るのは、九代目(※4)親衛隊長・八十神次郎。

 そして、三段シートにゆったりと寄りかかり、腕を組んでいる男こそ、七代目大鴉総長・加茂秀次。


 総長騎の後ろにはZゼッツー

 KAWASAKI Z七百五十FOUR。

 タンクは黒。ノーカウル。セパハン。マフラーは左右二本ずつ。直管、竹槍。

 タンデム三段シート。

 旗持ち。

 翻るは緋色の旗。青い大鴉が羽根を広げている。


 その後ろに直掩二騎が続く。


 本体十三騎が交差点を通過。爆音が遠ざかる。


「ご迷惑をお掛けしました! ご迷惑をお掛けしました! あっした! あっした!」

 左近は交差点で頭を下げる。

 愛馬、マッハに跨る。


――ふぉおおおおおおぉぉぉおん!


 交差点に白煙を残し、走り去る。



 左近はアクセルを開ける。

 本体に追いつき、FX《フェックス》と轡を並べる。

 爆音の中、会話はない。

 秀次と頷きあう。


 左近は更にアクセルを開ける。


 本体を抜き去り、次の交差点へ。


――ふぉおおおおおおぉぉぉおん!

 白煙が舞う。



================


※1……直管マフラー。触媒やサイレンサーを抜いて、エンジンからの排気ガスと音をそのまま排出するマフラー。有毒ガスと騒音をまき散らす。勿論違法。良い子は絶対真似してはいけない。


※2……ノーヘル。ノー・ヘルメット。強盗をすると顔がばれる。自動二輪で走行する際にはヘルメットを着用することが義務化されている。違法。被らないと違法。


※3……元々北米向けに開発されており、「ハイグァスキセイッテヌワンドゥエスクァ?」などと言いながら高出力を優先した結果、燃料もオイルも燃やしまくるアホなバイクが出来上がった。普通に走行する分には分かり辛いが、空吹かしするととんでもないことになる。


※4……総長が交代する前に、親衛隊長が二回ほど代わっているってこと。いつのことだとか、理由だとかは知らない。

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