「終わりだ」

 低い女の声がする。

 二人を囲っていた結界が消え、音と光が周囲と混ざり合っていく。

 モニカとローラは傷ついた身体を擦りながら慌てて身体を起こした。

「残念だけど、試験は終わり」

 二人とも、その人物を一目見て同時に息を飲んでいた。

 魔女だ。赤い魔女。上から下まで見事なまでの赤いドレスに身を包んだ、黒い肌の魔女がそこに居る。

 憧れに憧れた塔の魔女ディアナ、その本人が、二人の試合を見にわざわざ塔の下まで降りてきたのだ。

 だけれど塔の魔女は、戦いに傷ついた二人に向かい、残酷な言葉を放つ。

「二人とも、失格。残念だけど、二人に後任は任せられない」

 モニカとローラは、互いに自分の倒れた位置を確認した。白線の少し手前。白線からの距離はほぼ同じ。ルールから言えば二人とも失格を免れたはずなのに。

「何故ですか!」

 ローラが先に叫んだ。

 続けてモニカも、

「理由をお教えいただけませんか」と懇願する。

 塔の魔女は気に入りの三角帽子を深々と被り直し、姿勢を正して二人の顔を交互に見た。 まだ志半ばの若い魔女たちは、堂々たる塔の魔女の気迫に怯えながらも、真剣な眼差しを向けている。

「そうだな」と塔の魔女は短く息を吐いて、

「二人にはまだまだ余裕というものがない。どんなに力が強くても、前しか向けないのでは困るのだ。広く、遠くまで見つめながら、的確に動けるようでなければ務まらない。二人とも、そういう意味で失格。また挑戦するがいい」

 赤いマントを翻し、長い髪をなびかせ塔に戻ろうとする魔女に、モニカは慌てて駆け寄った。

 擦り傷と汗まみれの顔を腕で拭い、息を整えつつ「待ってください」と叫ぶと、塔の魔女は仕方なさげに立ち止まり、クルッとモニカの方を向く。

「挑戦は……できません。これで最後だと言われています。塔の魔女になるためにこれまで頑張ってきて、やっと掴んだ最後のチャンスだったんです。教官に聞きました。年齢制限を設けたのは塔の魔女本人なのだと。その、意図を、教えてはくださいませんか」

 泣きたいのをグッと我慢し、モニカは必死に訴えた。

 塔の魔女はそんなモニカを見て、困ったようにはにかんだ。

「それはね」と魔女は言ってから、モニカとローラ、そして塔の魔女の卵たちや鑑定士、試験官や協会の係員をぐるっと見渡す。曇り空の下で塔の魔女の言葉を待つ彼らに、彼女は慈悲深い目を見せ、ゆっくりと口を開いた。

「若いうちなら、やり直しが利くからだよ」

 モニカはその意外な言葉に目を丸くする。

 ローラもまた、目を点にして塔の魔女を見つめている。

「塔の魔女としての素質がなかったからといって、何も残念がることはない。別の素質があるかもしれない。晩年になって気付くより、早めに気付いた方がやり直しが利くだろう。人生は一度きり。何も一つのことに囚われなくてもよいのではないか。訓練に勤しんだ日々も、若いうちなら取り返すのは容易い。外の世界へ出れば、新しい出会いがあるだろう。自分の知らない一面に気付くこともあるだろう。新しい夢を見つけることもできるはずだ。確かに、やり直しはいつでもできる。けれど、早いほうが絶対にいい」

 塔の魔女はそう言って、ニッコリと笑う。

 笑顔はモニカだけに向けられていた。

 そんなことを言われてもと、モニカは未だ納得できない様子で、それを塔の魔女もわかっていた。だからだろうか、魔女はゆっくりとモニカに歩み寄り、自分よりも背の高いモニカの頭をよしよしと優しく撫でた。乱れた髪の毛が揺らぎ、魔女の手が頬に当たると、モニカは溜めていた涙を一気に流し始めた。

 塔の魔女はまた仕方なさそうに笑い、モニカの大きな身体を受け止めるようにして抱きしめる。

「お前はまだ若い。私と違って後戻りもやり直しもできる」

 モニカの耳元で、塔の魔女は囁いた。

「私は普通の人生を送りたかった。可愛いお嫁さんになって、たくさんの子どもに囲まれて暮らすという夢は、とうとう叶わなかった。いいかい。人生には制限がある。今ならばやり直しが利く。大丈夫、お前は烙印を押されたわけじゃないんだ」

 塔の魔女の言葉は、深く深く、モニカの心に染みていった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

塔の魔女の最終候補生 天崎 剣 @amasaki_ken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ