ベジタリアン

不適合作家エコー

ベジタリアン

僕はその日を境にベジタリアンになった。


それまで、僕はそういったものに全くと言っていいほど縁がなく、その日を機にそれが見える様になった理由もまったくもって、カケラほどにも検討がつかない。


その日、1人で焼肉を食べていた僕の前にそれは突然現れた。


「あー、それそれ、俺のタン、あっ、タンって舌ね、ベ〜ロ」

のんびりとした口調でそれは話した。

「はっ!?う......化け物!?」

僕の目の前に現れたそれは直立歩行をした牛の様な姿をしていた。ゆるキャラ......と呼ぶにはあまりにも奇怪な容姿だ。


「化け物はひでーだろぅ?動物の幽霊ってのはこういう仕様なんだから......って、え?なにあんた、俺が見えるの?」

目があったら最後、というのはこの事だろうか。僕の前に現れた牛の幽霊は僕が見える事を知ると執拗に馴れ馴れしくなった。


「いやー酷い目にあったわ!やたら甲斐甲斐しい人間に飼われてると思ったら、まさか俺が食用とは!モー想にも思わなかったわ。牛だけにってか?あっ!分かる?牛だからモー想!いやさ、オヤジギャグってーの?幽霊になって言葉覚えたらハマっちゃってさ」


「っとー、そこのイカした姉ちゃんが食ってんの俺のい、ぶ、く、ろぅ」


こういう輩は相手をすればするほどに付け上がる。牛の霊については分からないが、それが僕の20年強を生きた経験からくる答えだ。


だから、やたらと高いテンションで騒ぎ立てるこの牛を僕は極力無視する事にした。


もくもくと焼肉を口に運ぶ。

「お前さぁ、1人で焼肉とか寂しくね?ちょっと淋しいんじないの!?ねぇ」


無視する。


新しく牛タンを焼く。


ジューという音と共に旨味の伝わる香りが鼻腔をくすぐった。皿にレモンを絞り、僕の好みだが少量のワサビを添える。


ワサビには肉の脂を分解する作用がある。ワサビからはツンとくる辛味が消え、肉からは脂の重さが消えて旨味を引き立てるのだ。


「あっ、その右の奴俺の舌だわ」

(きたな……言うと思ったよ〕


淋しいと言われても構わない。この焼肉は僕の月一の楽しみだ。


モノマネの歌番組よろしく後ろから本人(本牛?)が登場したくらいで僕のこの聖地を汚されてなるものか。


僕は動じることなく、慣れた手つきで肉を網から掬い、ワサビとレモンを絡める。

(完璧な仕上がりだ。これは間違いなく美味いぞ〜〕


思わず軽くニヤけた顔でそれを口に放り込む。


「間接キスだな」

「ブー!!ごはぁ!ごほごほ!!」


想定以上の妨害に思わず屈してしまった。


内心苛立ちを感じたが、相手が霊では僕にはどうする事も出来ない。ならばこいつが飽きるまで口惜しいが牛の肉は諦めてやる。


「すいません。〆の卵雑炊、鶏がらスープ濃いめでお願いします」


僕の〆は卵雑炊の鶏がらスープ濃いめの一択だ。これは譲れない。濃いめのスープをあえてチョイスすることで肉の後味にも負けず、


しかし、後半には米と相まってさっぱりとした味わいで〆ることができるこいつを忘れては焼肉を1人で食べる意味がないとさえ言える。


「......ほぅ、今度は卵かい?」


感心するように牛が僕を見て何かを思案するが、関係あるまい。お前は牛だ。牛肉ならいざ知れず、鶏の卵、そこに文句なんて言われる筋合いはない。


そう思った矢先だった。

おもむろに牛が腰のあたりから何かを取り出す。


「は......?」


僕はその光景が今までで一番信じ難かった。牛の取り出したのはなんとトランシーバーだった。


「いやいや、二足歩行とか喋るとかもあり得ないけど、それはないだろ!!しかもどこから出した!?誰にかけてる!?」


「そういう仕様ですから......てか、ちょと電話中にうるさいよーモラルがないなぁこれだからニンゲンって生物はダメなんだ」


もう、文句を言う気力もなかった。モラルとか、生き物とか、そもそも死に物の牛に語られているこのシュールな場面では何を言っても意味を成すまい。


「あーコッちゃん?え!?マジ近いじゃん!!奇遇〜。いやさ面白いのがあるからおいでよ!うん、駅近の焼肉屋ー」


電話を終えた牛がこちらにドヤ顔を向ける。一体この牛は僕になんの恨みがあるというのか。いや深く考えるのはよそう。


そう思った時だった。定員がようやく僕のテーブルまで卵雑炊を運んでくる。

「お待たせしましました。卵雑炊の鶏がらスープ濃いめです」


「あっ、ありがと......う、うわああぁぁあ!!!」


思わず絶叫した。分かっている。この定員にも見えてない。見えてないと分かってもなお、叫び声の抑えることが出来ない光景がそこにあった。


「あっ、マジで見えるんだ。アンタすげぇな!リアクションもいいし、オイラ気に入っちゃったよ」


牛と同じく悠長に話すニワトリが、透けるという霊の特性を最大限に活かした登場……


つまり卵雑炊から顔だけを飛び出させた姿で登場したという想像の遥か上をいく光景だったが、そんなものが見えない定員は驚いた様子で僕に話しかける。


「お......お客様、どうかなさいましたか!?」


「い......いえ、いえ大丈夫です。失礼しました」


なんとかその場をしのぐも、もはや〆の卵雑炊さえどうでもいい気分だった。


もう、とにかくこれをたいらげて帰ってしまおう。このニワトリも何かしら俺の卵だとか言うんだろうが、そんなものさっきの二番煎じだ。僕は自分の順応力にはそこそこの自信がある。


「あー、この卵ね。うんうんよく覚えてるよ」


はじまった。しかし、僕は気にせずそれを口に運ぶ。気になどしてなるものか......しかもこの卵は無精卵、大した言葉もある訳がない。


「いやぁ、懐かしいなぁ俺さ自分が"お尻"を痛めて産んだ卵は全部覚えてるのよ」


「ぐっ......」


そうきたか。しかし、耐えた。


僕は自分の順応力には自信があるのだ。

確かに思いの外痛い攻撃だった。

雑学オタクの僕は知っている。


ニワトリの卵は肛門から排出されるところは動画も見たことがあるだけにそれはなかなかの威力ではあったが僕の順応力の壁は今やもっと厚い。


「特にさ......こいつを生んだ頃は......ふっ......」


まるで辛かった過去を想う様にしんみりと言う。


「排卵と下痢の二重苦でさ......」


「ブゥー!!!ゲハッケハッ!!ゲホォ」


僕の順応力をやすやすと突破する一撃だった。


「コッちゃん流石だねぇー」


「いやいや、素材が良かったのよ素材が!」


「イェーイ」

「イェーイ」


嬉々として手を取り合う二匹。

僕には敗北感しかない。


満たされない気持ちで会計を済ませ店を出る。


店の前では二匹が僕を見送っている。

ふと周りを見渡せば沢山の人、そして、その何倍もの死に物達。


「そんなの……あんまりだろう?」


生き物の中で言えば人類は莫大な数かもしれないが、死に物の数に敵うはずもない。


それを見て僕は完全に元動物を美味しく頂ける自信がなくなってしまった。


、、、


その頃、店内では先までのテーブルを片付けた定員が大きなため息を漏らしていた。


「どうしたんだい?」

それを見た店長が話しかける。


「いえ、さっきのお客様のあとすごくテーブル汚なくて......」


それを聞いた店長は腕を組み替え、しみじみと言った。


「ふむ……やだねぇ。食べ物は粗末にしちゃいけないよ」




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