第6話

 さて、魔王軍が貢の秘密に迫っていたそのころ、貢とその一行はというと。


「まさか東方、南方につづいて西方まで開放するとはさすが貢様です!あなたこそ真の英雄えいゆうと呼ぶにふさわしい!ああ……貢様、残す魔王軍は北方軍団と魔王直属軍団のみ……貢様、もしもすべてが終わったらお伝えしたいことがあります……ですからどうか……」

「オイオイ、貢はワタシの夫だゾ!戦いが終わったらまずは里に来てもらわないとナ!族長に挨拶をせねばならんシ、その後は婚礼の準備ダ!子供は何人欲しいカ?」

「…………(魔族の敗北が近づいているというのに、どうして私の胸はこんなに高鳴っているんだ……?謀略の道具として育てられた私が、普通の幸せなど……だが、許されるなら誰も知らない場所でこいつと二人、平和な暮らしを……いや、何を考えているんだ。私がなすべきことは一つ、それだけなのに……)」

「ピガガー 古代 ノ 殺戮機械 デアル 私 ガ 負ケル トハ……コノ、CPU ニ 発生シタ 正体不明 ノ エラー。コレガ 人間 ノ 心 ピガー……」

「■◎■☆☆△ ◎◎■☆△◎△☆■!! ■!☆☆ ◎!」


 話が早かった。

 というわけで、さらに人数を増やした貢とその一行は次なる目的地を目指していたのだった。

 

『なにこの……え?なにこの、何?というか最後のほうの邪神とかどこから拾ってきたの!?』

「女神はいつも細かいこと気にするなあ。これぐらい普通だろ?」

『どこの世界での普通だよォ!』

「ソシャゲのヒロインの設定としては珍しくないと思うけど」

『お前がやってるゲーム現実ベースだろうが!!』


 さて、いつもどおり貢はスマホ片手に女神を適当にあしらい、その周りには大量のヒロインがわらわらとついてきていた。

 だが、そんな光景を一人遠巻きに眺める者があった。

 レイ最初にヒロインだった人である。

 レイはまぶしいものを眺めるように目を眇めて、静かにため息をついた。


(いつの間にか、貢の周りには魅力的な女の人がいっぱい……それに比べて、私はなんの変哲もないただの村の羊飼い。ほかの人たちみたいに貴族の血も引いていないし騎士としての実力もない。獣人の身体能力も目からビームも怪電波だせないしスパイもできない。私は、誰にも勝てやしない……おとなしく身を引くべきだわ)


 話が早かった。


(……それはわかっているのに。なんでこの胸はこんなに痛むの……?)


 だが、簡単ではなかった。

 

「すみません、レイさん。少しお話をしたいのですが」


 そんなレイに声をかけるものがあった。

 北方軍団に滅ぼされかけた国の姫で、今は立場を捨てて世界を見るために貢と共に旅をしているエステル今回最初に喋った人だ。

 彼女に促されるまま英雄一行の大行列から離れ、二人は森の中へと入っていった。


「エステル様、いったい何の御用ですか?」

「あなたには話しておかなくてはいけないと思いまして。レイさん、私、貢様をお慕い申し上げております。このたびが終わったら、正式に結婚を申し込もうと考えております。かまいませんね?」


 レイはギュッと胸をつかみ、歯を食いしばった。


「そうですか……エステル様は魅力的な方ですから、きっと上手くいきますよ」

「本当に、よろしいのですね?」


 エステルが真剣なまなざしで問うので、レイは自嘲的に笑った。


「よろしい、だなんて。なんで私にそんなことを聞くんですか?私なんて、所詮ただの村娘です。口出しできるわけないじゃないですか……」

「……それ、本気で言っているのですか?」

「……?」


 何の冗談か、とレイは首をかしげた。だが、エステルの表情は真剣そのものだ。

 二人の間に、緊迫した空気が流れた。


―― 一方そのころ、貢は


「前回ちょっと課金しすぎた西方軍団を壊滅させたし、今回のイベントは課金を控えるかなー」

『へー』

「いやいや、マジだって。今回は軽めのイベントだし戦力も十分だし、もうガチャ回したりしないって」

『へぇー』

「うわむかつくこの女神。絶対課金しないから見てろよ」


 閑話休題。

 緊迫した表情で見詰め合うレイとエステル。

 状況が動いたのは、がさごそと音を立てて近くの茂みから人影ぽっと出ヒロインたちが現れたぽっと出たからだ。


「オイ!そいつが許してモ、ワタシはそうじゃないゾ!貢はワタシの夫ダ!」

「姫様に無礼な口を聞くのは許せんが、それはそれとして私も反対です!あのような粗野な男、姫様の近くに置くわけにはいきません。どしてもというのならこの私が四六時中監視風呂の中からベッドの中まで監視しておかねば……」

「私は……第二夫人とかでもかまいません……」

「ピガガガー 敵性存在 発見。 対処 ノ 入力 ヲ 願ウ ウィーン ガガガガガガ」

「☆★☆!! △! ×××!!!!」

「ふふ……そうですね。あなたたちもそう簡単に引くわけはありませんね。ええ、いいわ。こうなったら早い者勝ちとしましょう。誰が勝っても恨みっこなし、いいですね?」

「フフ、ワタシに敗北の文字はなイ!」

「だから私は第二夫人でも……」

「◎◎◎!!◎!」

「ピガガー 敵性存在 接近中。 即急 ナ 入力 求ム」

「ええい、うるさいなこのポンコツは!敵なんぞ、この場にいる全員がライバルみたいなもんだろう!黙っていろ!」

「ピガガー シューン……」


 わいわいがやがやと口々に自分の意見を言うヒロイン達。

 レイは、こっそりと彼女らから距離をとった。


(……これで、いいんだよね。これで……)


 うつむきながら離れていくレイ。その背後から伸びてきた腕が、突然彼女の体をつかんだ。


「きゃあ!?」

「レイ!?」

 

 ヒロイン達がレイのほうを振り向くと、薄汚い豚面の魔族がレイを連れ去ろうとしていた。



「ぐへへへへ!偵察に出てみればあの英雄の女どもではないか!こいつを人質にすればやつを攻略できるかもしれん!これは手柄だぞ!」

「ま、魔族!?まさかポンコツの敵性存在アラートは本当に敵性存在だったのか!?」

「肯定」

「だったらそう言エ!」

「言ッタ……」

「くそっ!その子を離せ!離さないと……」


 騎士団長が剣を抜こうとすると、魔族は分厚い爪でレイの首をつかんだ。


「おっと!下手な真似をするとこいつの命はないぞ!」

「くっ……私は無力だ……」

「ぐへへへへ!こいつはいただいて行くぞ!」


 レイを連れ去っていく魔族。そのころ貢はというと……


「アアアアアアア!出ない!出ない!ガチャから出ない!SSRすら出ない!」

『知ってた』

「だってお前!軽いイベントっていってたから軽い気持ちで挑んだらあれは卑怯だろ!」

『いや、それは知らんけど』

「おらぁ!プリペイドカァァァド!出るまでまわせば出るんだよ!」

「ぐあああ!馬鹿な、精鋭で知られた北方軍団が一瞬で!」

「まだだ!もっと出せ!」

退けぇ!退けぇ!」

けるもんなら俺だって引きたいわ!」


 色んな意味で大惨事だった。

 というわけで、貢がSSRのために北方軍団を壊滅させていたところ、レイをつれた斥候が帰ってきてしまったのである。

 斥候はもはやほぼ壊滅した軍団を見て言葉を失った。そして、欲望にゆがんだ目で殺戮を繰り広げる貢と目があった。


「10連……10連……」

「ひ、ひぃぃぃ!や、やめろ!近寄るな!こいつがどうなってもいいのか!?」


 怯えながら、レイを盾にする斥候。

 誰もが魔族がレイごと倒されるプリカになると思った。だが、貢の動きが止まった。


「え……へ、え……?」

「貢……?」

「く……魔族、その子を離せ。何が目的だ!」


 貢は怒りに満ちた目を魔族に向けた。だが、手を出そうとする様子はない。

 ためしに魔族が石を投げると、貢は黙ってそれを受けた。


「へ、へへへへ!まさか人質がここまで役立つとはな!いいぞ!お前はそこでそのまま突っ立ってろ!そしたらこの女の命だけは助けてやる!」

「……っ!」


 魔族が次々と遠くから石を投げる。貢は、それを受け続けた。


「貢!どうして……私なんかのことは気にしないで……!!」

「私なんか、じゃねえ……レイ!俺には……君が必要なんだ!!」

「……!?」

『……!?!?』


 レイと、ついでに女神もびっくりした。


「ど、どうして……だって、ほかにも魅力的な子はいっぱい……」

『というか現実の女の子に興味あったんだ!?』

「レイじゃなきゃ、駄目なんだ……だから……その子には手を出すな……!」


 貢は血を流しながら魔族の攻撃を、ただひたすら耐え続けた。

 魔族は満面の笑みで追撃を続けた。


「ぐへへへー!大金星ぃー!何があったか知らんがこのままお前を殺してやる!そうすれば……ふへへ、俺は軍団長の地位は堅いなあ!ぬっ!こら女!抵抗するな!ええい、おとなしくしていろ!ふっ、ずいぶん時間を食ってしまったがこれで止めなっ!貴様らぽっと出ヒロイン!?しまった!時間をかけすぎて追いつかれぎゃあああああ!!」


 話が早かった。

 全員で囲んで魔族を倒した後、姫はレイを見た。そして、貢の元にいくように促した。

 レイはうなずいた。ことここに及んでためらう理由はない。話は、早いほうがいいのだ。


「貢……どうして私を……?」

「君じゃなきゃ、駄目なんだ。君が一番物欲センサーに引っかからなくてで、俺を助けてガチャで狙ったくれるキャラを引けるんだ。君がいない回してくれない生活ガチャなんて、俺は耐えられない……これからも、一緒にいてくれますか?」

「はい……!!」


 二人は力強く抱き合った。周りの者たちはその光景をやさしく祝福した。


「やれやれ、結局こうなるんですね」

「ぐ……ま、まあ!私は姫様が下賎の輩とくっつくのを阻止したかっただけだからな!」

「夫婦喧嘩は犬も食わなイ、ッテナ」

「私は第二夫人でいいので問題ありません」

「……(これでよかったんだ。これで……)」

「ピガガガー」

「×◎×……◎!!」

『いい話かなぁー?』

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