異世界英雄伝話~英雄なら異世界でもソシャゲができる!~

ロリバス

第1話

 目を覚ました金山貢かなやまみつぐの視界に入ったのは、後光を背負った美しい女性の姿だった。


「目覚めましたか、みつぐ。自分の今置かれている状況を理解していますか?」


 女性は柔らかな微笑みを浮かべ、貢に問いかけた。


「状況を理解って……ええっと……確か俺はスマホでソシャゲーをしながら道を歩いていたらトラックが突進してきたのでとっさに彼女を庇ったところまでは覚えているけど……」

「結構覚えてますね」

「まさかここは死後の世界で、アンタは本来死ぬ運命になかった俺の今後の処遇について説明しに来てくれた女神様だって言うのか!?」

「しかも話が早い」


 ともあれ、と咳払いを一つして女性は言葉を続けた。


「そうです。あなたは先程あなたが仰ったとおりの経緯で命を失いました。私はあなたが仰ったとおりの者です」

「やっぱりかー」

「驚きませんよねー。ですよねー。ともあれ、受け入れてくれるのなら結構です。これから今後のあなたの処遇について……」

「待ってくれ!」

 

 ここではじめて、貢は女神の言葉を遮った。


「俺がどうなったのかはわかった。その前に……一つだけ聞かせて欲しい。彼女は無事なのか!?」

 

 貢の言葉を聞き、女神は笑みを強めて頷いた。


「大丈夫。あなたの献身的な行いは、きちんと意味がありましたよ」

「良かった……彼女俺のソシヤゲアカウントに入つているさつきピツクアツプガチヤで引いた限定アイドルは無事なのか……」

「ええ、あなたが助けた彼女トラツクに轢かれる寸前庇つた女の子は無事です」

「良かった……彼女今月のバイト代を全部突つ込んでやつと引いた限定SSRデータが入つたスマホが無事で……本当に良かった……」


 ほっと、大きく胸をなでおろす貢。その姿に女神は己の正しさを確信した。。


(自分の命が失われつつあるというのに、それよりも助けた相手の安否を気づかうなんて……やはり、彼を見込んだ私の目に狂いはなかったようですね。ですが念のため……)


 女神はきゅっと表情を引き締めた。それまでの穏やかな雰囲気が、一気に緊張したものへと変わった。


「答えてください。金山貢。自分の身を危険に晒してまで、なぜあなたは彼女目の前の女の子を助けようとしたのですか?」

「……たしかに愚かな行いかもしれない。でも……彼女一週間限定で実装された水着SSRデータが入つたアカウントが失われたら、二度と戻ってこない引き継ぎコードを発行してないから復旧できない。そう思ったら、体が勝手に動いていたんだ」


 己の行いを愚かだと自覚しているのだろう。それでも、貢の目に迷いはなかった。

 その真っ直ぐな目は、女神を満足させるには十分だった。


(やはり!危険よりも誰かの命が失われることを重視する献身的な精神!英雄にふさわしい!)


 女神は貢の目を見て、頷いた。


(次から機種変したらすぐ引き継ぎ設定しよう)


 貢もまた頷いた。

 女神は、己の正しさを確信した。


「――名乗るのが遅れてしまいましたね。私は女神ソフィア。金山貢、あなたの高潔な心を見込んで、頼みたいことがあるのです」

 

 高潔と言われる心当たりが全くない貢は首をかしげた。


「ふふ、謙虚は美徳ですが過ぎれば少し嫌味ですよ。貢、あなたにはある世界を救ってほしいのです。そうすれば、あなたを生き返らせてあげましょう」


 その言葉に、貢は目を見開いた。


「生き返って……世界を救うだって……?」

「驚くのも無理はありません……あるいは、蘇ることで穏やかな死の眠りを望むほどの苦難に会うこともあるでしょう。よく考えて……」


 女神の言葉を遮り、貢は答えた。


生き返れるんだろうまたソシヤゲができるんだろう?だったら、やってやるさ!」


 女神の言葉で、貢は重大な事実に気づいていたのだ。

 スマホが壊れていなくても、自分が死んでいればソシャゲをプレイすることが出来ないということを。

 ならば、断るという選択肢などなかった。

 女神は満足そうに貢を見つめた。


「いいのですね?」

「ああ!」


 貢の決意は変わらなかった。今回のソシャゲのイベントでは上位報酬を取れそうなのだ。死んでいられるわけがない。

 女神は貢の目に灯る強い決意を見て、大きく頷いた。


「あなたの決意はわかりました。貢……あなたの道行きには苦難が満ちているでしょう……ささやかですが、あなたには英雄としての力を授けます。どうか、世界を救ってください」


 女神の言葉が終わると同時に、貢の体が光に包まれ、消えていった……



――――



 イニット村は農業と牧羊が主な産業である小さな村だ。

 住人たちは、変化に乏しい穏やかな日々を送っていた。

 だが、それも昨日までの話だ。


「きゃー!魔物よ!なんでこんな今まで魔物が一回も出たことのない平穏な村にー!」

「ぐへへー!知れたこと!これから魔王様による本格的な侵攻が始まるのよ!まずは見せしめにこの村の奴らを皆殺しだー!」

「きゃー!征服後の統治など全く考えていない残虐な発想!まさに人間とは分かり合えない魔物よー!」


 燃える村。逃げ惑う人々。それを追いかける魔物。

 言うなればまさに


「地獄絵図よー!この世の悪夢よー!」


 話が早かった。


 村の羊飼い、レイは村一番の解説役である村長の奥さんが叫ぶのを聞きながら、自室で震えていた。

 逃げようにも、足がすくんで動かない。彼女にできることは、ただ震えながら待つことだけだった。


「きゃー!無事な村人はあとどれだけ居るのか分からないわー!そう言えば羊飼いのレイの姿はまだ見てないわー!」

「ぐへへー!ほほう、まだどこかに村人が居るのか!血祭りにあげてくれるわ!」

「きゃー!レイの家はそこよー!」


 村長の奥さんの解説が漏れ聞こえ、レイはマジかよ。と思った。


「ぐへへー。どーこーだー!」

「きゃー!あのクローゼットが怪しいわー!」


 グルじゃねえか、とレイは思った。

 みしり、みしりと足音を立てながら魔物がレイの隠れているクローゼットに近づいてくきた。レイにできることは、ただ祈るだけだった。

 扉が開かれ、真っ暗だったクローゼットの中に光が射す。しかし、その先にあるのはただ絶望――魔物と解説役だけだった。


 

「だ、誰か……」


 涙を浮かべるレイを見て、狼頭の魔物は舌なめずりをした。


「助けを呼びたいかァ?いいぞ、叫んでみても。もっとも、この状況で誰かがお前を助けるとは思えないがなあ!」


 ガチガチと牙を鳴らしながら、狼頭の魔物はレイをあざ笑った。


「きゃー!無理よー!もはや逃げ場はないわー!」


 絶望に囚われそうになりながら、それでもレイは叫ばざるを得なかった。


「誰かー!!」


 瞬間、空が割れた。

 狼頭の魔物の頭上の空間に裂け目が現れ、そこから一人の男が現れた。レイはあっけにとられてそれを見ていた。


「ああ?なんだァ?」

「きゃー!突然空が裂けて見たこともない姿の男の人が落ちてきたわー!」


 魔物が上を向くのと、解説役が解説するのと、男が落ちてくるのはほぼ同時だった。


「ああああ!!!」

「グアア!!」

「きゃー!」


 ケツで魔物を押し潰した男――金山貢は、跳ねるように起き上がり、ポケットからスマホを取り出した。

 高いところから落ちたにもかかわらず、スマホの画面にはヒビ一つはいっていない。

 続いて、貢は辺りを見回した。部屋、燃える村、ローブをまとった羊飼いの少女、解説役。


「あ、あなたは……?」


 羊飼いの少女――レイが声をかけると、貢は床に膝をついて崩れ落ちた。


「異世界って……文明レベル中世かよ……!!」

「え、あの、え?」

「ソシャゲー出来ねえじゃねえかよ!!」

「ええっと……」


 困惑するレイをよそに、貢は膝をついて泣き叫んだ。


「きゃー!危ない!男の人が押し潰した魔物が立ち上がってしまうわー!」


 そしてその時間は、貢のケツに押しつぶされた魔物が立ち上がるには十分すぎた。


「ええい!貴様、何者だ!」

「……ソシャゲが出来ねえなら……俺は何のために生き返ったんだ……」

「何者だ!」

「俺の存在価値は……何なんだ……」

「ええ……こっちが聞きたいんだが……」


 魔物が問い詰めるも、絶望に浸る貢がまともに反応する様子はない。


「良くわからんが……抵抗する気がないなら好都合だ。まずはこいつから始末してやろう」


 魔物は牙を向き、貢を葬らんとその爪を振り上げた。

 だが、貢はいまだ立ち上がらない。


『貢……貢!立ってください、貢!立って、彼女を救うんです!』


 貢の脳裏に先程出会った女神の声が響いた。


「女神さん……?ダメだ……俺はもう、立てねえ……この世界には……大切なものがないんだ……」

『貢……いいえ、あなたなら出来ます!あなたの正義の心と!英雄えいゆうの力があれば!」


 その言葉に、貢がピクリと反応した。


「英雄の力……それって」

「ええ、あなたには英雄えいゆうの……」


 貢はとっさにスマホの電源を入れた。


「ははっ!今更そんなもので何ができる!」


 貢ごとスマホを破壊せんと魔物の爪が振り下ろされた。

 ガキン!と硬質な音が辺りに響き渡る。貢はスマホから視線を逸らさぬまま、左腕で爪を受け止めていた。


「な……人間が俺の攻撃を受け止めるだと!?なんだ、その力は」

「は……ははは!わかったよ、女神これが!」


 貢は魔物を振り払い、立ち上がった。その目には、電波を受信しているスマートフォンの画面が映っていた。


英雄エーユーの力なんだな!?」

英雄えいゆう!?」

英雄えいゆうだとォ!?」

『……あれ?貢だけ発音おかしくありません?』


 弾き飛ばされた魔物はすぐに体勢を立て直し、貢へと飛びかかる。

 貢はスマホの画面に指を触れ、すっと、指を動かした。

 ガキン!と再び硬質な音が響き爪が受け止められる。貢は片手で魔物の攻撃を受け止め、更にもう片方の手でソシャゲーを起動してイベント周回を始めていた。

「お、俺の爪を受け止めるだと……」

「へ……これイベント周回ぐらい、目をつぶったままでもできるさ……体に染み付いてるんだ!」

「小癪なあ!」


 ガキン!ガキン!

 魔物の攻撃速度が上がる!だがそれ以上に貢の周回速度の上昇の方が早い。

 その動作は魔物の攻撃一回辺りイベントマップ周回2週にも達していた。


「馬鹿な……この力……間違いなく英雄えいゆうの力そのもの!?なぜこんなところに英雄えいゆうのちからを持つものが!?」

「覚えておきな……例えどんな僻地だろうと、英雄エーユーはつながっているんだ!」

『ねえ、やっぱり貢だけ発音おかしくありません?っていうかなんでそのスマホつながってるんです!?怖っ!』


 二合、三合、魔物は攻撃を繰り返すが、貢のイベント周回を止めるに至らない。

 魔物の額を、冷たい汗が伝った。


「ええい……英雄えいゆうの力を持つものが相手では俺の手に余る……ここは引かせてもらうぞ!」


 悔しげに叫びながら去っていく魔物に、貢は目もくれない。彼の目に映るのはただ一つ、イベント報酬だけだ。

 魔物が去っていったあと、あっけにとられていたレイはようやく立ち上がり、貢に大きく頭を下げた。


「あ、あの……助けていただいて、ありがとうございました。あの、何かお礼を」

「いや、いいよ。別にそういうつもりだったわけじゃないし……誰にでも、できることさ」


 貢は頭を下げるレイに億劫そうに答えた。その言葉からは、自身の力に奢る様子も、助けた恩を着せようとする様子もない。全く自然体の言葉だった。

 その謙虚な振る舞いにレイはあっけにとられた。身を挺して自分を助けてくれた相手が、まさか何も要求しないだなんて。

 

「凄い……これが、英雄えいゆう……私には、とてもそんなこと出来ない……」


 羨望の目を向けるレイに、貢はなんでもないように答えた。


「いいや、誰でも英雄エーユーになれるさ」

「……え?」

「だって……今はMNPがあるんだ。英雄エーユーなる機種変するだけなら、何も電話番号とかは変わらない……簡単違約金とか分もキヤツシユバツクされるなんだ。だから、君だってできるさ」

「……はい!!」


 貢の言葉に、レイは大きく頷いた。


『んん?あれ、予想通りのようななんか予定と違うような。あれー?』


 二人の様子を見ながら、女神は首をかしげていた。


――この物語はソシャゲー廃人が英雄の力で異世界を救う英雄譚であり

――実在の団体・企業・サービスとは一切関係ありません

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