第3話
――魔王城 英雄被害緊急対策本部
普段は魔族の高笑い溢れる明るい謁見の間は、この日、緊迫した空気に包まれていた。
集められたのは魔族でも有数の実力者達である。人間の一軍にも匹敵する凶獣や、一夜で一国を滅ぼすことすら可能と言われている大悪魔たちすら、この日ばかりは緊張を隠すことができていない。
「――皆さんおそろいですね。それでは、英雄被害緊急対策本部、第一回会議を開催させていただきましょう」
口を開いたのはローブを来た男――宰相のルキエルだ。
「今日集まって頂いたのは他でもありません。魔王様の大陸制覇の大偉業の前に突如として立ちはだかった謎の障害……通称『英雄』についての情報共有と対策を講じるためです」
「ちょっと聞いていい?」
挙手をしたのは蠱惑的な衣装に身を包んだ女悪魔。南方軍団長だ。
「こっちはまだ『英雄』ってやつについての情報を掴めてないんだけど、そいつはこんな面子を集めるほどヤバいの?」
「ええ……詳しい話は、東方軍団長にしていただきましょう」
宰相ルキエルに促されて、ローブを纏った
「先日、『英雄』により東方軍団本部要塞が奇襲を受けた……その結果、我々は戦力の7割を喪失し要塞を廃棄。撤退することとなった」
その言葉に、歴戦の魔族達の間からもどよめきが起こった。
「ば、馬鹿な……東方軍団が戦力の7割を損耗だと!?」
「ありえん!東方軍団は軍団長以下不死の魔物で構成された軍団だ!防衛戦であるならば理論上は要塞の蓄積魔力を消費しきるまで戦力が欠けることはないはず!非現実的すぎる!」
「な、何か……例えば対神聖呪結界の不備でもあったのでは!?」
口々に問われ、スケルトンは屈辱に身を震わせながら首を振った。
「要塞の設備は完璧だった……だが、奴は……我が軍団の兵士たちを再生する端から倒し続けたのだ……片手ではスマホとか言うマジックアイテムを弄くり、ドロップしたカードの番号を入力しては『ピックアップ仕事しろよ……』『出ねえ……出ねえ……』とつぶやきながらな……」
あるいは白骨に涙腺があれば、東方軍団長の目からは滝のような涙が流れていたであろう。そう思えるほど、悲痛な声であった。
「再生する端から倒す……!?馬鹿な……そんなことができるとは……」
「なんと恐ろしい……やはり人間の考えることは理解できない……滅ぼさねば……」
パン、と、小さな破裂音が辺りに響いた。
魔王が手を叩いたのだ。それだけで、動揺していた魔族達は落ち着きを取り戻した。
魔王はそれ以上何も言わなかった。代わりに、宰相ルキエルが言葉を継いだ。
「この未曾有の危機に対応するため、諸君らに集まって貰ったのだ。東方軍団長の無念を晴らし、魔王様の偉業を達成するため。どうか、力を貸して欲しい」
「はっ!……しかし、力と言われましても……まず『英雄』についての情報が少なすぎます」
「その点は心配いらない」
そう言って、宰相ルキエルは懐から一枚の
「情報局員アンダレクが集めたデータを解析してえられた、『英雄』の特性についてのデータだ。これを元に作戦を立てたいと思う」
おおっ、と魔族達の間から歓声が上がった。だが、それをさえぎるように一匹のデーモンが声を上げた。
「待ってください!それほど重要な情報を集めたというのなら、アンダレクには賞賛を受ける権利がある!なのに……なのになぜ、彼はこの場に居ないのですか!!」
宰相ルキエルは首を振り、懐から一枚のカードを差し出した。
赤色のそれは、裏面のスクラッチが荒々しく削り取られていた。
「これは……」
「……アンダレクだ。これを回収するのが、精一杯だった」
「そんな……」
「英雄に発見されてしまったアンダレクは抵抗むなしく倒された……英雄はカードのスクラッチを削ると、ため息をついて去っていったよ……まるで『こいつの命は無駄だった。何も有用なものは得られない、ゴミだった』とでもいいたげにな……アンダレクの仇を取るためにも、我々はこのデータを有効活用せねばならん!分かるな!」
答えは言葉ではなかった。決意に燃える魔族たちの真剣な目が、何よりの回答だった。
「よろしい。それでは説明しよう。突如現れたあの『英雄』……移動しながら無秩序に魔族を殺していると見られていたが、解析の結果やつの行動にはパターンがあることが判明した」
ルキエルがスクロールを広げると、宙に映像が浮かび上がった。
「観察の結果、奴は七日周期で行動を起こしていると考えられる。まず、第一段階。奴の象徴であるマジックアイテム『スマホ』を取り出さず、移動や魔族との戦闘を繰り返す時期。活動期だ。この期間はほぼ一定している、火の日・昼の12から夕の17までだ。この間、奴は積極的に魔族を狩ろうとしてくる。絶対に近づいてはならん」
スクロールが投影するのは『英雄』が魔族をボコボコにするシーンだ。
英雄は魔族を倒してはカードを収集している。その圧倒的な強さに、魔族達は息を飲んだ。
「だが、夕の16半ごろになると『英雄』の行動に落ち着きがなくなり、スマホを取り出してはいじることを繰り返すようになる。そして夕の17になった瞬間、スマホをいじることに集中し始める。これ以降を、奴の発言から『メンテ明け期』と称す」
映し出される映像は英雄がアプリストアにせわしなくアクセスしたり、アプリを起動してはメンテ中の表示が出て切るを繰り返しているところだ。
「メンテ明け期は外部への反応が極端に鈍くなり、奴の行動も生命維持に必要な最低限の行動以外はスマホをいじりながら何やら言葉をつぶやく、目頭を抑える、嗚咽する、叫ぶなどのみになる。これがおおよそ半日から一日続く。言動のサンプルはスクロールに保存してあるので、何か気づいたら教えて欲しい」
映像では英雄が「マジかよ……今回のイベントシナリオ無理……」「こんなん泣くやろ……」「おまっ……そんな簡単に俺がガチャに屈するとか……おまっ……ちくしょう……」とつぶやきながらスマホをいじっていた。
何かに気づいたのか、魔族の一人が挙手をした。
「宰相!この『メンテ明け期』の英雄の発言・行動は明らかにネガティブなものが含まれていると考えられます!もしやこの時、英雄は弱っているのでは?」
宰相は懐からスクラッチが削られたカードを取り出した。
「……情報局員アルブレアトも同じことを提案してきたよ。彼もまた……奴の手によって無駄に命を散らされたがな……」
「あ、アルブレアトー!ちくしょう……こんな変わり果てた姿に……!!」
「『メンテ明け期』の奴は外部への反応が鈍いだけだ。こちらから干渉した瞬間「今シナリオ読んでんだろォ!」等の言葉を叫びながら激しい抵抗に会う。絶対に手を出すべきではない」
ゴクリ、と魔族たちが緊張した様子で唾を飲み込んだ。
ルキエルは説明を続けた。
「休眠期終了後の行動パターン二種類ある。一つ、次の火の日までスマホを適当にいじりながら活動する。このパターンは『安定期』と呼んでいる」
「安定期、ということはもう一つのパターンは……」
「……もう一つ。奴は血走った目で魔族を倒し、カードを集めてはスマホをいじり『ピックアップ!!』『SSR!すら来ない!』『ダブりィィィ!』などと叫び続ける。この期間を奴の言動から『爆死期』と呼称しよう」
スクロールには血走った目でガチャを回し続ける英雄の姿が映された。
「『爆死』……なんて恐ろしい……」
「正気じゃ、ない……」
さすがの魔族たちとは言え、この英雄の姿には言葉を失ったようだ。
「この期間は奴の視界に入った時点で命がない。絶対に手を出すべきではない」
さっきから手を出すべきではないばっかだな、と魔族たちは思った。
「安定期と爆死期、どちらになるかはメンテ明け期の状態を観察することで判別することができる。メンテ明け期に「無理……」「尊い……」などの発言が多ければ多いほど、爆死期に入る可能性が高い」
「まるでメンテ明け期の反動で暴走しているようですね……爆死期はいつ終わるのですか?」
「不定期だが、カードをスクラッチした後スマホを握ったまま「キタァ!」などと叫びを上げた場合、終了する場合が多い」
おお、と魔族達の間から声が上がった。だが、ルキエルは咳払いでそれを遮った。
「ただしその直後に『ピックアップすり抜けェ!』『お前じゃねえよ!!』などと叫んだ場合は爆死期が続くようだ。しかも、その後の行動はより激しくなる」
「そんな……それじゃあ、終わるか終わらないかはほとんど運みたいなものじゃないですか」
「まさにその通りとしかいいようがないな……ともあれ、爆死期か安定期の終了後。火の日の昼12からまた活動期にはいる。これで1サイクル。この繰り返しで、奴の行動は構成されている……諸君らには、ここから奴の行動を考えて貰いたい」
ルキエルの言葉に、魔族たちは口をつぐんだ。無理もない。手を出していい時期が存在しないのだ。あまりにも無理な相談だった。
「私におまかせください!必ずや奴に死をもたらしましょう!」
そんな中、一人のデーモンが声を上げた。
だが、ルキエルは首を横に振った。
「アシーエル……気持ちは嬉しいが、あまり先走るな。アンダレクとアルブレアトの件は残念だったと思う。だが、お前まで命を落とすようなことがあっては……」
「いえ……けっして無茶ではありません!自分は兄らの死から、奴に復讐をするため古文書を読み解いていたのです。そしてついに!
どうしたものか、と宰相が悩んでいると、円卓の奥。ベールをかけられた玉座から重々しい声が響いた。魔王だ。
「よい、許す」
「魔王様!?」
ルキエルは驚き、アシーエルの顔には笑みが広がった。ルキエルはアシーエルに真剣な眼差しを送った。
「……魔王様よりお許しが出たとなれば、私が異を唱える理由もなし。行って来い、アシーエル」
「はっ……必ずやあの
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