第5話
――魔王城 英雄危機特別緊急対策本部
普段はアットホームな謀略で溢れる謁見の間から、明るい含み笑いが消えて久しい。
この日、ここに居る魔族はただの二名だけであった。
「まさか東方軍団に続き南方軍団まで壊滅するとは……よもや籠絡に向かったサキュバス一個中隊が全軍寝返るとは、私の目を持ってしても見抜けませなんだ……いかなる罰も受ける覚悟です、魔王様」
報告書を読み上げながら、宰相ルキエルは屈辱に顔を歪めた。
これで魔王軍五軍団のうち二軍が英雄一人に壊滅させられたことになる。順風満帆かと思われた魔王の覇道がこんな形で阻まれるなど、彼は夢にも思っていなかった。
震えながら罰を待つ宰相。だが、魔王からくだされた言葉は意外なものだった。
「……よい。許す」
「魔王様……!し、しかし……」
「過去を悔いるより重要なのは未来だ。奴の力の正体を暴かねば、同じことを繰り返すだけよ。汝が真に失態を悔いるならば、功績でもって取り戻すのだ」
「ま……魔王様……!ならば!私に策があります!」
宰相が懐から取り出したのは手のひらに収まるサイズの小さな板だ。表面はガラスのようなもので覆われており、光を放ちながら何らかの映像を映し出している。
「それは?」
魔王に問われ、宰相はニヤリと笑った。
「奴が持っているものと同じ……
その言葉に、魔王の表情が僅かに揺らいだ。
「ほう……それを、どうやって?」
「くくく……報告によると奴は以前『誰でも
「マジでか」
「実質無料でした」
「マジか……」
マジだそうだった。
「さらに、奴のパーティに潜入している情報局員が最後に残した情報から、奴が執着している『ソシャゲ』とやらも既に判明しております。これを解析すれば、奴の力の正体を暴くこともできましょう……早速部下にプレイさせて……』
魔王がすっと手を出し、宰相の言葉を遮った。
「その『ソシャゲ』とやらの解析。我が直々に行なおう」
「魔王様!?し、しかし、奴の異常行動をご存知でしょう!?『ソシャゲ』の解析には危険が伴います!」
「ふん、だからこそよ。これ以上無駄に部下の命を散らせるわけにはいかん。だが、我ならばその程度の精神汚染に屈することはない。絶対にな……」
「ま、魔王様……その心、しかと受け取りました。しかし、せめて私だけでもお側にいさせていただきたく存じます」
「……好きにするが良い」
宰相はもう一台スマホを取り出し、すっと魔王に渡した。
「して、どうすればいい?」
「その『大惨事!アイドル世界大戦』というアイコンを御タップください」
魔王が長い爪で画面をタップすると、ソシャゲのアプリが起動した。
画面にはナビゲーターキャラが表示され、タイトルコールをした。
『大惨事!アイドル世界大戦!アイドルをプロデュースして、君の事務所で世界征服しよう!』
「くくく……因果な話よ。我が覇道を邪魔する英雄を倒すためにプレイするソシャゲで世界征服をすることになるとはな……」
『君の名前を入力してね!』
「ほう……人間風情が我が名を問うか!誰もが知り、しかし恐怖のあまり口に出すことはない!この魔王アルマフィセイラスヨルイグナクトリの名を!」
もしもこの場に宰相以外の魔族が居たら卒倒していただろう。下級魔族ならばそれだけで絶命してもおかしくはない。
魔王の名というものはそれだけの力を持っているのだ。
(魔王様に名を問うとは……ソシャゲとはいえあまりに不遜……いや、愚かよ……その無知、悔いるがよい……!)
魔王は厳かに名前を入力した。
『名前は全角8文字以内で入力してね!』
入力できなかった。
「……ふん、命拾いしたな」
魔王は少し悩み、自分の名前をもじって『アッちゃん』と名前を入力した。
『よろしくね、アッちゃん!』
「くくく……さような名で我を呼ぶのは貴様が初めてよ……」
でしょうな。と宰相は思った。
『まずはあなたが担当するアイドルを選んでね!』
ナビゲーターの姿が消え、代わりに三人のアイドルが画面に表示された。
『あなたと一緒にトップアイドルへの道を歩むのは誰かな!?』
「ほほう……我の選択がこやつらの運命を左右するとは一興よ……くくく……脆弱な人間ども、トップアイドルへの道を歩みたいのならば我に媚びて見せるが良い……」
魔王は愉悦に歪んだ表情で一人一人アイドルを品定めした。
そして、一人のアイドルのところでフリックする手が止まった。
『選ぶのはアンタじゃないわ。私よ。未来のトップアイドルをマネージメントさせてあげるっていってるの』
「ほほう、この魔王アッちゃんを前に気丈な言葉を吐いたものよ。面白い、我とともに覇道を歩むのは貴様よ!」
(魔王様の自称がアッちゃんになってる……)
高飛車な金髪ツンデレアイドル『アリス・皇院・ユーディナ』を魔王は選択した。
『ふん、当然よ。私についてきなさい、マネージャー』
「くくく……永き生を過ごしてきたが、我をマネージャーと呼ぶのは貴様が初めてよ」
「でしょうな!」
宰相は思わず口に出した。
『次はガチャを引いてね!最初は特別に無料で10連が引けるよ!』
「宰相よ。ガチャとは何だ?」
「はっ!どうやらゲーム内アイテムや金銭を消費してランダムにアイドルを手に入れられるシステムであるようですな」
宰相は自分用のスマホで攻略wikiを見ながら答えた。
「なるほどな。どれ……」
魔王がガチャを回すと、派手な演出とともに10人のアイドルの姿が画面に表示された。
「ほほう……これがガチャで手に入ったアイドルか。この結果は良いのか?」
「攻略wikiによるとハズレのようですな。どうやらSSRと呼ばれるアイドル以外はゴミであるようです」
「ふはは!よもや同族をゴミ呼ばわりするとは!人間の悪性も大したものよ!しかしハズレというのは気に食わん。もう一度10連ガチャとやらを回してやろう」
魔王はガチャ画面をタップし、急に厳しい目で画面を睨んだ。
「馬鹿な……これが10連1回にかかる費用だと……!?魔王直属部隊の精鋭一人に匹敵する額だぞ……何かの間違いではないのか!?」
魔王の言葉に、宰相は慌ててググり信じられないと言った風に首を振った。
「残念ながら魔王様……間違いありません……」
「しかもこれだけの額を払いながら望んだものが手に入らぬこともあるのだろう……誰が回すのだこんなもの……」
「結構な数の人間が回しまくっているようですな……」
「人間の欲望と悪性は底が知れぬ……」
「魔王様、どうやら抜け道もあるようですな。一度データを消しもう一度最初からやり直す、通称『リセマラ』というのをいいアイドルを引くまでやるのが一般的であるようです。魔王様もそれを……」
宰相がそこまで言ったところで、魔王から発せられる怒気に口をつぐんだ。
「痴れ者め!我は一度担当アイドルに覇道を歩むと誓った!その言葉を覆せと申すか!」
「!!」
「この魔王の言葉を下等な人間どもの言葉と一緒にするでない!我はこのまま覇道を歩む。ガチャでハズレを引いた程度がいかなるものか!」
宰相はこれが王の資質……と思った。でもゲームなのにこの真面目さ、危うい、とも思った。
「しかし魔王様、目的はあくまで英雄の力の秘密を探ること。それをお忘れなきよう……」
「分かっておる。すすめるぞ」
『分かったならいいわ。行くわよ、マネージャー』
というわけで魔王と宰相とアリスのアイドル覇道が始まった。
「ほほう……お仕事というのにはスタミナを使うのか……だが……くくく……この無限に溢れてくるスタミナ!我の歩みを止めることは能わぬ!」
「最初はレベルアップでスタミナの回復が早いようですな、魔王様。すぐ詰まるそうですよ」
「マジか」
「しかし仕事をしているだけでアイドルが増え続けるとは……」
『所属アイドルがいっぱいだよ!合成か売却で枠をあけてね!』
「む?どういうことだ、宰相」
「なんでも所持できるアイドル数に制限があるようですな。枠をあけるには、売り払って金に買えるか合成につかって主力アイドルを強化するかをする必要があるようです」
「くくく……同族すらも贄にするとはやはり人間は邪悪……どれ!有象無象のアイドル共!我がアイドルの糧となり永遠を生きるが良い!」
『また一歩、トップアイドルへ近づいたわ』
「ほほう、これだけのアイドルを食らって顔色一つ変えぬとは、やはり貴様は我がアイドルにふさわしい!」
「む?仕事画面が変わったぞ」
「どうやらボス戦のようですな」
「アイドルは戦うものなのか……?人間の考えることはわからん……」
『ふふふ……来ると思っていたよ。トップアイドルの頂へ至る道は一つ、君には此処で消えてもらう。僕は聖霊院彼方。怯えるなら逃げるがいい……もっとも、僕の邪眼から逃れられるならね』
「くくく……我がアイドルの前に立ちはだかるか!貴様は簡単には殺さぬ。この魔王アッちゃんの前で吠えた事、未来永劫後悔させてやろう!」
(こっちのアイドルの方が魔王様と相性が良かったのでは……?)
『この程度、大した障害じゃないわ。行くわよ、マネージャー』
「ところで、ボス戦とは何を操作すればいいのだ?」
「単純なアイドルのステータス比べなので、タップしたらあとは画面を眺めるだけですね」
「さようか」
『馬鹿な……僕の邪眼が……!』
『YOU WIN!』
『これぐらい当然よ』
「勝ったようですな」
「本当に何もすることがなかったな……」
『君と僕……どこでこんなに差がついたのか……僕にも、信頼できる
「どうやら倒したボスは仲間になるようですな」
「ほほう、我は寛容よ。来るものは拒まぬ。して、強さはどうなのだ?」
「wikiによると合成素材にするのが推奨だそうで」
「マジか……軍門に下ったものにすら容赦がないとは……人間はやはり邪悪……」
「ぐあああ!」
『ふええ、勝っちゃいました……!』
『YOU LOSE!』
『くっ……私の力が、足りないの……?』
「馬鹿な……我がアイドルがこんなところで……!!」
「どうやらここが初心者の壁のようですな」
「く……!突破しようにもアリスはすでにレベルマックス……!どうすれば……!」
「……ガチャを回して、強いアイドルを引かざるをえないようです……」
「あの高額ガチャを……!?」
「リセマラとやらも……あるいは必然の産物なのかもしれませぬな……」
「く……」
「ともあれ魔王様、なにやらいつの間にか一回は10連が回せる石がたまっております。回してみましょう」
「望みは薄いが……な、この光は……!?」
『ふん、いつも辛気臭い顔してるわね。笑いなさい、マネージャー。私の大舞台よ。心配しなくても、最高のステージを見せてあげる』
「SSR……アリス……!」
「まさかここで……!?」
『行くわよ、マネージャー』
『ふええ、勝っちゃいました……!』
『YOU LOSE』
『まだよ……まだ諦めないわ!』
「くっ……!SSRでも育成せねば勝てぬか……!」
「しかし育成リソースが……!」
「いや……育成に使うアイドルは居る」
「……!!魔王様、まさか……」
『ふっ……僕の出番かい?』
「一度我が軍門に下ったものに手を下したくはない……だが、覇道のためなら我は鬼になろう!その生命、使わせてもらう!」
『そこで見てなさい……あなた達の分も私は進むわ』
「そうだアリス!それこそが王の資質よ!」
『ふええ……負けちゃいました……』
『YOU WIJN』
「ははは!勝った!勝ったぞ!アリス!」
「やりましたな!魔王様!」
「ふははは!やはり勝利はいいものよ!」
『これぐらい、当然よ』
「くくく……とはいえそなたはこの程度では満足せぬか、アリス……」
『私がアイドルで、あなたがマネージャーなんだから』
「!!」
「あ、あの高飛車なアリスが……マネージャーを認めるような言葉を……!」
「ふん……そうか……そうか……!!」
壁と言われるボスを突破したところで、魔王と宰相は一息ついた。二人の顔には、満足げな表情が浮かんでいた。
「…なるほど……これが奴のやっているソシャゲーか……」
「熱かった、ですな……」
ところで、と宰相は首をかしげた。
「これのどこに奴の力の源があるのでしょう」
「……さっぱりわからん」
二人はしばらく悩み、そしてどちらともなく言葉を紡いだ。
「わからんからもうちょいやってみるか」
「必要なことですからな。お供します」
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