第4話
魔族たちが『英雄』の脅威を認識し、対策を講じていたその頃。貢たちはというと……
「ふふ、貢様ありがとうございます。あなたが魔王軍東方軍団を排除してくださったお陰で、陥落した王城を取り戻すことができました。これで国を立て直すことが出来ます。今はまだ少ないですが民達もいずれ戻ってくることでしょう……若き女王の立場は捨て、内政は叔父様に任せたいと思います。もともと私が若く侮られていたせいで摂政に外患を招く余地を与えてしまったのが発端、お父様から受け継いだ玉座を捨てるのは惜しいですが何より大事なのは民と国の平和。これで良かったのです。それで……お願いします、これから私を貢様と一緒に旅させていただけませんか?立場を捨てた今、改めて世界を見て回りたいのです、あなたと一緒に……」
話が早かった。
「ふん!退位したとは言え姫様が王族であることにかわりはない!姫様を救ってくださった騎士団長として感謝するが、お前と姫様が釣り合うかは別の話だ!確かに幼い頃から女を捨て剣だけに生きてきた私さえ感心するほどの実力を持っているのは認めるが、立場が違いすぎる!お前のような下賤の輩が姫様に手出しをしないよう監視するため、私もついていくからな!」
「魔王軍に故郷を滅ぼされ奴隷として扱われていた私を助け出してくださった恩を忘れることはできません。私もついていかせて頂きます。これは奴隷の呪ではなく私の意思で選んだことです。ですからどうか、お側においてください貢様」
「軟弱なそこらの人間と違ってオマエはワタシ達獣人を圧倒できるぐらい強いからナ!部族の皆の前でワタシを打ち倒したのダ。ワタシを置いていくなんて許さないゾ。なんたって、ワタシを倒したオマエはもうワタシの夫なんだからナ!」
「…………(宰相様の命で『英雄』のパーティに潜入したはいいものの、この胸の高鳴りは何だ……私はどうすれば……いいや、惑わされるな。魔族の勝利こそが私の望み……そのためだけに行動すべきなのだ……くっ)」
しかも多かった。
というわけで、魔王軍東方軍団を壊滅させた貢は、道中で出会い勝手についてくることになった仲間達と一緒に次なる魔王軍の拠点を目指していた。
『なにこのハーレム……ソシャゲのイベント報酬みたいな勢いで女の子増えてるんだけど……』
女神が念話で愚痴ると、貢はイベント周回しながらつぶやく。
「そんな言い方したら失礼だろ。ゲームと現実の区別ぐらいつけろよ」
『ゲーム優先して現実を蔑ろにしてる人に言われたくないんだけど!?そういうなら、あの女の子達の気持ちに答えるかどうかとか考えてんの?』
「気持ちに答える?」
貢が首をかしげたので、女神は呆れたように言った。
『本命は居るのか、って聞いてるの』
「ああ、そういうことか。居るぞ」
思わぬ回答が帰ってきて、女神は驚愕をあらわにした。
『え!?誰!?』
「ちょっと悩ましいところだけど……」
貢がスマホの画面を何度かタップした。
画面には、水着を来た銀髪の女の子がビーチパラソルの下ではにかんでいる画像が表示された。
「一番はやっぱアリスだな。アリス・皇院・ユーディナちゃん」
『ゲームキャラか……』
「ゲームだからって侮るんじゃないぞ。この水着カードなんか覚醒前の恥じらいと覚醒後のはしゃいでる姿のギャップがな……」
『現実の話してんだよこっちは!!』
女神がギャーギャーと念話で叫んだところで、貢はピタリと歩みを止めた。
「どうしたんですか、貢?」
後ろからぞろぞろついてきたヒロインの先頭に立っていた
「いや、ちょっと……何かの間違いだといいんだが……」
「だ、大丈夫ですか?顔色、真っ青ですよ」
レイの言葉も耳に届かない様子で、貢は周囲を見回したりスマホをいじったりしている。その顔面は蒼白だ。
やがて彼はガタガタと震えだし、ついには叫び声を上げた。
「無料Wi-Fiが……繋がらない…………!!!」
『むしろ今まで繋がってたの!?』
女神の言葉も耳に入っていないようで、狂乱しながらスマホをいじったり電波探して走り回ったりする貢
「ふははははは!無様だな『
そこに現れたのは、ローブを纏った魔族――デーモンのアシーエルだった。
「くくく……どうだ『
話が早かった。
しかし、アシーエルが台詞を言い切るころにはその場に貢もヒロイン達も居なくなっていた。とっくに電波を探してこの場から去っていたのだ。
話は早かったが、それでも今の貢に対しては長すぎたようだ。
「……まあいい。これから貴様には、ゆっくりと死の恐怖を味わわせてやろう……くくく……はーはははははは!!」
一方、アシーエルから逃げ出した貢はようやく無料Wi-Fiのつながる場所を見つけて一息ついていた。
「良かった……本当に良かった……」
『うわ、本当に無料Wi-Fiだ。どうなってんのこれ?こわっ』
泣きそうになりながらソシャゲにアクセスし直す貢。
だが、貢とは対照的にヒロインたちの表情は晴れない。
貢は無敵と言っていい力を持っている。そんな彼がここまでうろたえた姿を見せるのは、この世界ではコンセントを探していた時以来のことなのだ。
不安がるヒロインたちを代表し、レイが貢に恐る恐るとたずねた。
「あの、貢。その『無料Wi-Fi』が見つからないのはそんなに大変なことなんですか?」
『そうよそうよ。ちょっとぐらいLTE回線でもいいじゃない』
貢は息を吐き、重々しく首を振った。
「ああ、死活問題だ……無料Wi-Fiに繋がずゲームをしたら、1GBの通信量なんてあっという間に使い切って速度制限がかかっちまう……そしたらもう、
「そんな……
『というか一番安いプランなんだねそのスマホ……』
「まさかこんな事態になるなんて思ってなかったからな……」
貢は苦々しい表情でイベント周回を続けながらつぶやいた。
異世界に来て魔族からプリペイドカードが得られるようになったことで、貢の課金状況は劇的に改善した。
その結果、ランキング上位をめざす上でのボトルネックが金銭や時間から回線速度に変化したのである。
かつての貢は常識的な範囲の重課金プレイヤーだったので課金額やプレイ時間がランキング順位に直結していた。
しかし、異世界に来たことで貢はその上のステージ――金や時間に上限がないプレイヤーとのランキング争いにたどり着いてしまったのだ。
この状況下において、データ通信量を使い切ったことによる回線速度の低下は致命的である。まさに、パケ死が死を招くのだ。
「こんなことだったら……20GBとかのプランにしておけばよかった……ちく……しょう……」
「そんな……それじゃあ、逃げ回るしかないっていうんですか……!?」
貢は顔を上げ、レイを見た。その目はまだ死んでいなかった。
「いや……まだ、希望はある。とりあえず次のメンテまで逃げ回って、メンテの時にあいつを倒す……そうすれば……次のイベントからは普通に走れるようになるんだ……!」
ヒロイン達の表情が明るくなった。だが、レイだけは貢の言葉の重大さを認識していた。
貢の言うメンテの時間は約5つ。その間で隠れているアシーエルを探し出し、倒さねばならないのだ。
確かにこちらにはヒロインによる人海戦術で捜索するという手があるが、それにしたってあまりに分が悪い。
だが……レイはその不安を飲み込んだ。貢はいつもスマホ片手に魔族を倒してきたのだ。きっと、今回もうまくいくに違いない。
そう信じて笑顔を浮かべることこそが自分の役目だと、レイは信じていた。
そして、貢の勝利を信じる者はもうひとり居た。
『んー、そういうことなら私の出番かな。安心しなさい、貢。いざとなったら助けてあげるから』
「ありがとう……気休めでも嬉しいよ」
『あなたちょっと私のこと舐めすぎじゃない……?』
というわけで。
次の火の日、夕の17直前。
貢は絶望的な表情走り回っていた。
メンテが終わるまであとすこし、アシーエルの手がかりをつかむことすら出来ていない。
このままでは、また無料Wi-Fiが繋がらない結界から逃げ続ける一週間が始まってしまう……貢も、ヒロインたちにも、深い疲労と絶望が浮かんでいた。
そして……無情にも時は夕の17を示す。同時、無料Wi-Fi妨害結界が貼られ、貢は叫びを上げる。
そんな彼の前にアシーエルは再び姿を表した。おそらく、彼の無様な姿を見るために。
「くくく!ざまあないな『
今回の台詞は短かった。
だが、その間にも貢は叫びながら電波を探して走りだそうとしていた。その彼を留める声があった。
『待って、貢!逃げる前に、SNSの今から言うページを見て!』
「あのSNS最近通信量多いからつなぎたくないんだけど」
『いいから見ろや!』
女神に言われて貢は渋々指定されたSNSのページを見た。そして、叫びを止めた。
「おやおや、どうしたのかな
高笑するアシーエル。
次の瞬間、貢はアシーエルに接近し拳を繰り出していた。
「ぐ、がは……!?馬鹿な、血迷ったか!この結界の中ではお前は無料Wi-Fiを使うことはできない!待つのはパケ死のみだぞ!?」
「……ああ、そうだな。ソシャゲにアクセスしてればその通りだったよ」
貢は両手で頬を拭った。手のひらには、僅かな涙がついていた。
「両……手……!?馬鹿な、なぜ両手を使っている!なぜスマホを握っていない!?活動期は終わったはず……メンテ明け期になぜ入らない!?」
「そうか……お前は、知らないんだな……」
「何……?」
「メンテはな……伸びるんだよ!!」
女神ソフィアに見せられたのはSNSのソシャゲ公式アカウントだった。
そこに表示されている最新の投稿は
『17時までを予定していたメンテナンスは延長させていただきます。終了は未定です』
と書かれていた。
貢は拳を握り、アシーエルに追撃をかけんとゆっくりと近づいていった。貢を前にして、アシーエルはあえぐようにつぶやいた。
「メンテが……伸びるだと!?馬鹿な……だとしたら、我々の集めたデータはなんだったのだ……!!そんな……そんな……メンテが伸びるだなんて……許されない……」
拳が振り下ろされる直前、貢の動きがピタリと止まった。それまで憎悪に燃えていた貢の目に、わずかばかりの人間的な感情が戻ってきていた。
「許されない、か……俺も、そう思うよ」
「え……?」
「もしも……
「…………私の、負けだ。殺せ」
アシーエルは無料Wi-Fi妨害結界を解除し、フードをおろした。その下には覚悟を決めた女デーモンの顔が有った。
貢はスマホを見た。Wi-Fiの電波は、既に届いていた。
「……なあ、俺たちは今からでも、手を取り合うことはできないかな?」
「なんだと?」
「お前さ、Wi-Fiを解除するだけじゃなくて逆につないだり……妨害結界を解除したりできないか?」
「……できるなら、何だと言うんだ」
「だったら……俺に力を貸してくれ。俺が安心して旅をするために、お前の力が必要なんだ」
「私は魔族だぞ!人間と手を取り合うなど!」
「そんなことは関係ねえ!お前の
貢とアシーエルはしばし見つめあった。やがて、アシーエルは根負けしたとでも言うふうにため息をついた。
「……どうせ敗北の身だ。好きにするがいい。だが、覚えておけ。お前が隙を見せるなら、私はお前を殺すぞ」
「ああ、よろしくな」
貢が手を差し出し、アシーエルはその手を握った。頬を染める朱色は、殴られた怪我によるものだけではないだろう。
「ふふ、貢様は人がいいんだから」
「ふん!だが……それが奴の良いところでもある」
「やっぱり貢は強いナ!」
「……(これは魔王様に報告せねば……しかし私は……どうすれば……)」
『最後の子キャラかぶってない?大丈夫?』
ヒロインたちは呆れたように二人を見守っていた。
アシーエルがヒロインの列に合流したところで、貢はふと思い出したようにつぶやいた。
「そういや女神、今回は助かったよ。ありがとう。なんでメンテ延長なんて知ってたんだ」
『ああ、メンテが延長すれば貢が戦える時間も伸びると思ったからね。向こうの世界の神様に頼んでちょちょっと再現性のないバグをゲームに……』
「お前のせいかー!血も涙もない悪魔め!すぐに解除しろ!」
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