47th try:Overture

 それから二日。

 準備が整った俺とハイネは、再びカビナ平原に立っていた。


 そこは、あの召喚魔方陣があった場所だった。

 地面は草に覆われて見えないが、目の前にある赤い標識マーカーが、そこが俺の旅のスタート地点であることを示していた。


 後ろを仰ぎ見る。

 金色の草地を、幅二メートルの距離を保った標識マーカーが、どこまでも伸びていくのが見える。

 俺を縛り続けた、長い長い一本の道。

 吹き渡る風は、昼間でも刺すような冷気を帯びている。


「……やってみろ」


 傍らに立つハイネが言う。

 白い仮面の下に隠された表情は、相変わらずよく読めない。


「ああ」


 俺はうなずき、全身に力を込める。


 体から吹き上がる魔力。

 女神から自分のものにしたその力は、もはや金色ではない。

 淡く光る、ライムグリーンだ。


 その力を通じて、俺は自らの内部へと繋がる経路を無理やりこじ開ける。

 本来なら原理的に不可能なはずの行為を、女神が持つ根源の魔力が可能にする。


 ――接続アクセス

 

 つぶやくと同時に、世界の色が反転した。

 目に映るあらゆる事象が、膨大な幾何学模様と数値の渦に溶けて流れ出す。


 風の流れが。

 草のざわめきが。

 隣に立つハイネの呼吸が。 


 あらゆる世界の構成要素が、情報として


 普段は無意識下で処理されている情報の可視化――それが今の状態だ。

 無音の世界から流れ込んでくる情報量の嵐に、俺の魂が悲鳴を上げる。

 自我が大量のノイズに呑み込まれ、世界と俺の境界があいまいに――


《気を……しっかり……持て!》


 直接魂に叩き込まれたハイネの念話が、途切れそうになった俺の気を保たせた。


 あぶねえあぶねえ。

 ここで失敗とか、冗談じゃねえ。


 ひとつずつ、可視化の処理を切っていく。風の音を。草の色を。空気の冷たさを。一つずつ感覚をカットし、処理域下に沈め、視界を覆う情報の霧を切り拓いてゆく。地面が消え、空が消え、傍らのハイネが消え――。


 やがて無明の空間に残ったのは、あのマーカーの輪郭。

 その両横には、これまでずっと不可視だった壁が、天を貫いてそびえていた。


 これが。

 俺を縛っていた『呪い』。

 認識の中にだけに存在する、不可視で絶対の規則ルール

 

 俺は不可視の手を伸ばしてその壁に触れると、その場所は波うち、波紋となって広がってゆく。


 どこか、名残惜しいような気もした。

 それは例えば――引っ越しを迎えた朝にも似た。

 寂しさと不安。そして憧れがまじりあった、独特の感情。


 ――あばよ。


 そう呟き、そして俺は、壁に向かって魔力を放つ。

 ライムグリーンの奔流が溢れ出し、認識世界を書き換えてゆく。

 

解呪リリースアルマ!」


 壁は震え、波うち、そしてまるで霧のように――消えた。


 目を開ける。

 吹き渡る草原に、遮るものは、もう何もない。


「……踏み出してみろ」


 促されるままに、俺は歩く。

 一歩、また一歩。

 踏みしめる地面の感覚さえ、なにかが大きく変わったように感じる。


 そして。

 いとも簡単に、俺は――道の境界を踏み越えた。


 声にならない。

 たぶん寒さのせいではない震えが、体をかけめぐる。


「くひひひひひ」


 背後でハイネが笑った。


「おめでとう。貴様は無事、道を外れた。ようこそ――異世界へ」


「う、お、」


 喉が絞り出すのは。


「おおおおおああああああああああああああああ! やったあああああ!」


 歓喜の叫び声。


「なはははは! どうだ! 俺は自由だ! ざまあみろ! うははははははは!」


 体が止められなかった。

 初めて雪を見た犬みたいに、俺はあっちこっちを駆け回り、そして草原に思い切りダイブし、空を見上げて思いっきり笑った。


「……まるで子供だな」


 ハイネが愉快そうに言って、上から俺を覗き込んでくる。


「あっはっは! そーさガキだよ! ガキで悪いか! なんてったってこの世界に生まれてまだ数か月だからな! 道の外の世界なんて知らねえまんまだし、常識だってさっぱりだ!」


「何をいばっているのやら」


 苦笑したハイネの声色が、ふと真面目になった。


「だが、まだ終わりではないぞ。道は砕いたが、“死の呪い”はそのままだ。王と戦って傷ついたせいで、魔力を集めきれなかったのだ……。誰かに触れれば即死。そのルールは変わらないままだ。それに」


「女神はまた、この世界のどこかで悪だくみをしている……だろ?」


 俺は言葉を引き取って、俺は身を起こす。


「わかってるさ。あんたに協力する。あのクソ女神をぶっ潰す。んでもって……快適な異世界ライフを手に入れてやる! チート無双! イチャイチャハーレム! 俺はまだ何一つ諦めてはいないッ!」


「動機が不純だが、まァいい」


 差し出される手。


「なら――これからもよろしく頼むぞ」


 即死の呪いを受けた俺が、世界で唯一、触れることのできる手。

 同じ呪いを共有する者どうしだけの、かぼそい繋がり。


 出会いは最悪だったけど。

 この手が触れてくれたおかげで、俺は――


「どうした? なにを黙り込んでいる」


「あぁ、いや、えっと、なんでもない」


 白くて細いその手を、俺は握り返した。


「よろしくな、ハイネ」


「足手まといにはなるなよ」


「いきなり辛辣ゥ!」


 そして俺たちは歩き出した。


 道の向こうに広がる、はるかな未知の世界へと――

























【スクロール×スクロール! ~異世界で俺だけが2Dスクロールアクション仕様な件について】


 

 



















 ――

 ――――

 ――――――――


「――ところでシュウ。城に帰ったらひとつ頼みがあるのだが」


「ん? なんだ?」


「うむ。貴様も知ってのとおり、我が城で人間化しているのはメスのモンスターだけだろう? そのことだ」


「そういやなんか言ってたな。あれにも理由があるんだっけ?」


「ああ。実は彼女たちは私が魔力を分け与えて人間に変えているのだが――その、なんだ、メス相手にしか試みが成功していなくてな。だからつまり……そういうことだ。わかるだろう?」


「……? いやぜんぜん分かんねえけど」


「だから! その、要するに、私は……男の体と言うものを知らんのだ……だからお前がちょちょっとその、体の構造をだな、見せてくれれば、オスのモンスターも人間化が可能に……」


「ちょちょちょ、ちょっと待て。それって何? 俺に全裸になれってこと!?」


「仕方ないだろう! オスのモンスターの人間化は悲願だったのだ。それさえ叶えば、ついに望んでいたイケメンハーレム……じゃなかった、戦力の増強が」


「なんか聞こえたぞ今」


「えええいやかましい! どれだけの思いをして私がここまでのチカラを得たと思っている! 役得のひとつもなければ不公平であろうが!」


「おめえの動機も大概不純じゃねえか!」


「貴様にだけは言われたくないわ! <宵闇に沈むベネトナシュ>」


「うお、ちょっと待てコラ魔法はずるいぞ、いや待て、ちょ、おい! 服を脱がすなって! ここまだ外だから! 犯罪者になっちゃうから!」


「構わぬ。夢は覚めた。幻想は消えた――この平原に、もう人はおらん」


「いまこの瞬間が俺にとって悪夢なんですけどォ!? ……ってか、なんだこの魔法、無駄に脱がす手つきが慣れてやがる……!」


「長年にわたる修練の成果だ……」


「重ねるんじゃねえそんな修練! って、えっ、いつの間に!? 嘘でしょ!?」


「くひひひひひ。観念しろシュウ。ああ、ようやく触れられる男の体。どれだけ待ち望んだことか……!」


「いやまってなにソレ!? どっからそんなもん出てきたの!? ねえ体見るだけだよね!? 観察するだけなんだよね!?」


「くひひひひひひ、大丈夫だ安心しろ。優しくしてやる」


「その仮面つけたままで言っても信じられねえっつうの! ちょッ、まッ、怖い、怖い怖いって!」


「――さァ、力を抜くがいい」


「いや、無理無理無理無理無理! 絶対入らないってそんな凶悪なもん! なあハイネ、とりあえずいったん落ちつかね? まずはほら、城に戻ってから――





 ――あっ。





 いや――――ッ!」





 父さん。母さん。


 やっぱりこの世界は、最悪です。





【Fin】

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スクロール×スクロール! ~異世界で俺だけが2Dスクロールアクション仕様な件について 維嶋津 @Shin_Ishima

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