銃刀女子ふたり旅

ナカネグロ

鋼鉄のセンパイ

 青い空、強い陽射し。辺りにはセミの鳴き声と低いうめき声。

 ハンナ・キーファーは古ぼけたビルの5階、外階段の手すりに寄りかかっていた。眼下の裏通りを行き交う“モーリョー”たちを、ろくに狙いもつけず気怠そうに銃で撃っている。その光景は川原に座った子供が、退屈しのぎに時々小石を投げる姿に似ていた。


 パン! …………パン! ハンナが散発的に銃を撃つたび、精確にヘッドショットされて崩れ落ちるモーリョーたち。


 ハンナは背が高くほっそりしていて、銃を軽々と片手で扱えるとは思えない体つきだ。

 アッシュブロンドの髪に白い肌、深く青い瞳を持つ彼女は整った貴族的な顔立ち。その頬にうっすらと散るソバカスが、わずかに活発な感じを添えている。

 服装はノータイの白シャツにジャケット、チェックのスカートというアメリカンハイスクールスタイルだ。


 それにしてもこのモーリョーって奴ら、どう見てもゾンビよね……。動き鈍いし、噛まれたら伝染るし、歩く死体だし……。


 あくびを噛み殺しながらぼんやりと思う。そうしてる間にもマガジンの弾が空になった。

 無意識のうちに空になったマガジンを足元へリリース。左手を下へ向けると袖口から手の中に装填済みのマガジンが滑り落ち、ハンナは流れるような動きでそれを右手の銃へインサートした。

 一連の動きは素早く、少しのムダもない。しかもハンナはそれを、完全にリラックスしてやってのける。まるで日常的な動作のようだ。


 上から誰かの降りてくる足音。姿を表したのは鏑木かぶらぎこずえ。まだ高校生でありながら、退魔の一族アヤカミ・クラン随一と謳われるサムライだ。


 こずえは眼鏡に野暮ったい黒のセーラー服、長い髪を太いおさげに結っている。伝統的なジョガクセー・スタイルだ。いかにも地味な風貌だが、ふとした瞬間にみょうに粘っこく、艶めいた表情を見せる。その腰にはアヤカミ・クランに伝わる妖刀、“鞘知サヤシラズ”が鞘に納めた状態で下げられていた。


「1階はどなたかの設置してくださったバリケードで完全に封鎖されていました。モーリョーもいませんでした。ですのでこの建物は安全です。警戒、お疲れ様でした」


 頭を下げるこずえにハンナはひらひら手を振って応えた。


「そっちこそ、安全確認お疲れさん」


 言いながらハンナはジャケットの左前をめくると、脇のホルスターへ銃を納めた。


「あっつぅ」


 そのままジャケットの両前をバタバタさせる。右脇にもホルスターが吊るされていた。


「こずえも長袖だけど暑くないの?」

「ええ。慣れてますから。ハンナさんこそ、暑いのなら脱げばよいのでは?」

「それがそうもいかなくてね……。マガジンとか予備の弾薬とか、いろいろ仕込んであるから」


 こずえはハンナのジャケットをしげしげと見た。いつも不思議なのだが、ハンナはジャケットの袖口から装填済みのマガジンを無尽蔵に取り出す。が、どう見てもそんなものが一つとして入ってるようには見えない。

 己が使う剣術“通天流つうてんりゅう”もたいがいだが、ハンナの使うガン=カタもかなり謎めいている。そもそもゼロ距離から撃ち合うことをも想定した近接射撃術、というのが今でも不思議でならない。


「それで、小林は?」

「屋上にいます」

「次の確認まであと2時間くらい、だっけ?」

「ええ」

「中の奴ら、生きてると思う? これだけ発砲音がして様子見に来ないって、かなり不安なんだけど」


 ハンナは向かいにある建物へ目を向けた。県立夜沢よるさわ高等専門学校。今回の目的地だ。ハンナたちはその校舎裏にあたるエリアにいた。


「それだけ慎重なのかもしれません。用心深いのならいいことです。……それで、日没まで待っても反応がなければ、こちらから侵入するということでいいですか?」


 最初のころ、ハンナはこずえが細かいことでもキチンと相談、報告してくるのが少し鬱陶しかった。だがそれも、和を尊ぶという日本人の習慣なんだろうと思うようになってからはあまり気にならなくなった。


「小林だけでも大丈夫なの?」

「はい。時間はかかるそうですが、小林君一人でも起動できるそうです。」


 ハンナは校舎の反対側に広がるグラウンドを透かし見るように目を細めた。


 小林の話が本当なら、夜沢高専のグラウンド地下にはバイオフィードバック方式の巨大ロボが格納されている。日本にそういうものがある、というのはハンナもどこかで聞いたことのある話だった。しかし──。


「巨大ロボット、ねぇ……」


 つぶやくハンナの声は疑わしげだった。



 ハンナとこずえが小林に会ったのは二日前。伊勢・シュラインを目指す旅の途中で立ち寄った宿場街でのことだった。


「ねぇ、あれ人間じゃないの?」


 ハンナは200メートルほど離れた歩道橋の上を指差す。そこには坊主頭に詰め襟学ランという正統派のバンカラ・スタイルな男子学生がいた。背中には大きなリュックを背負っている。


 左右からはモーリョーの集団がのろのろと階段を上ってきており、男子学生は陸橋のフチに足をかけ、車道に放置されたバスの天井へ飛び降りようか迷っているようだった。

 バスの天井までは目測で高さ7メートル、距離3メートル。普通の人間なら無事に着地できる可能性は低い。


 ハンナはジャケットの前をめくると、腕をクロスさせて左右の銃を抜いた。


「私が右、あんたが左ね」

「ハンナさんはここで、左右から近づいてるモーリョーを狙ってください。私は階段を上って、彼のところまで行きます」


 こずえは抜いた刀の切っ先を下へ向けて構えると、歩道橋へ走りだした。ハンナは肩をすくめる。


「おーい! いま助けるから落ちないでよ!」


 ハンナが大声で呼びかけると、男子学生はハッとした顔で声のした方を見た。

 ハンナは警告代わりに銃を掲げてみせ、両腕を軽く開くと左右交互に撃ちはじめた。

 一度引き金が引かれるたび、一体のモーリョーが頭を撃ち抜かれて倒れる。男子学生から近い順に。


 ハンナが歩道橋の上を見ていたのは最初の数発だけ。あとは頭を巡らせ、周囲を警戒する。モーリョーは歩道橋に群がっているだけではない。そこここに居るのだ。

 ハンナは歩道橋の上を撃つかたわら、危険なほど自分へ近づくモーリョーがいると、そいつを空いている銃で撃った。だからこその交互撃ちである。


 空になった弾倉は地面に捨てられる。そして右なら左の、左なら右の袖口にグリップの底を叩きつけるようにすると、袖から押し出された弾倉が装填される。

 それが固定される感触を合図に、ハンナは換装された銃をターゲットへ向け、引き金を絞る。

 ハンナの動きはすべてが極限まで洗練され、むしろ無造作に見えた。あまりにも易々と行われるので、なにか簡単なことのように思える。



 一方、歩道橋へ向けて走るこずえ。振るう腕の先で旋回する刃の軌道は右へ左へ、上へ下へ、前へ前へ。意志あるもののごとく流れるように舞う刀に、こずえが手を引かれているようだった。そして“鞘知ラズ”は進む先、すべてのモーリョーを霧でも撫でるくらい軽々と両断していく。


 隕鉄とヒヒイロカネを刀鍛冶が何層にも折り重ねて鍛造した鞘知ラズの刃は大宇宙のバイブレーションと共振している。その極微細な高速振動は、あらゆるものを触れるだけで簡単に切り裂いてしまう。例外は近世に開発された専用の鞘だけだ。

 だから“通天流”のなかでも鞘知ラズを用いた剣術に、わざわざ斬るための技法は存在しない。あるのはただ体捌きと足運び、そして少ない力で効率的に刃を舞わせ廻す方法。


 こずえは円を描き弧を描き、行き合うすべてのモーリョーを斬り伏せ、階段へ辿り着いた。そこで足が止まる。

 階段はびっしりとモーリョーで混み合っている。下から斬りながら登れば、当然その死体はこずえに向かって倒れてくる。


 ──それは少し厄介ですね。


 方針変更。こずえは納刀すると軽く身を沈め、跳躍した。バスの屋根へ降り立つとそこで刀を抜き、再び跳躍。足の下でバスが軋む。

 こずえは宙で軽く頭を横に傾けた。その頬をハンナの弾がかすめる。しかしこずえは気にした様子もない。そのまま歩道橋の中央へ着地した。

 適合者の身体能力強化。鞘知ラズが妖刀とされる一因である。


「バカ! 危ないじゃない!」


 ハンナの怒鳴り声に、こずえは礼儀正しく頭を下げた。


 男子学生は見るからに安堵したようだった。ハッキリした顔立ちはなかなか男前で、背も高く筋肉質。一般人としてはなかなかだ。


「ありがとうございます」


 男子学生は深々と頭を下げた。


「いえ。当然のことをしたまでです」


 こずえも頭を下げ返すと、周りを見た。陸橋の上はハンナの撃ち倒したモーリョーが積み重なって、両側ともほぼ塞がれている。

 階段から下りるなら、土嚢のようなモーリョーたちの死体を踏み越えるしかない。なかなか面倒だ。


「もし私があなたを抱えて飛び降りたとしたら、気にしますか?」


 体面を傷つけないよう、遠回しに尋ねる。もし古風な考えの持ち主なら、女性に助けられたことを屈辱として、あとで自害するおそれがある。

 実際、実力主義のアヤカミ・クランの中でさえ、女のこずえが“刀の頭領”であることを内心では快く思っていない人間もいるのだ。


 ところが、こずえにとっては幸運なことに男子生徒は開明的な考えの持ち主だった。


「いえ、そんな。気になんてしません! よ、よろしくお願いします!」


 そこでこずえはうっかり男子学生を真っ二つにしないよう刀を鞘に納め、背中を向けた。初対面の相手に背中をさらすなんて無防備極まりないが、少しでも相手がおかしな素振りを見せればハンナが仕留めてくれるという安心があった。


「失礼、します」


 後ろから男子学生が覆いかぶさってくる。夏の日差しを蓄えた学ランが熱を伝えてくる。おまけに一般的な学ランは内側に薄手の防刃素材が織り込まれているから、見た目よりずしりと重い。

 しかし妖刀によって強化されたこずえにとって、そんな重さは何でもない。あっさりと欄干を飛び越え、地上へ。膝を曲げて衝撃を逃がすと、立ち上がりながら男子学生の尻下に回していた両腕をほどき、刀を抜く。


「ついてきてください」


 返事を待たず、ハンナの方へ駆けていく。銃声が連続し、弾丸がこずえとすれ違う。男子学生へ押し寄せるモーリョーを撃っているのだ。今や物音を聞きつけ、近隣のモーリョーたちが分厚い囲みを作っていた。


「クッソ! これだけいて何で誰もマシンガンの一つも待ってないわけ!? これだから銃禁止国は!」


 ボヤくハンナのところへ到着すると、こずえは間に男子学生を挟んでハンナと背中合わせの態勢になった。


「それで、どうする?」


 景気よく左右の銃から弾を撒きながら、ハンナが問う。


「こずえがスルーっと走ってって、私たちが後を追ってもいいけど」

「この調子だと、闇雲に進んだりしたらずいぶん先まで走ることになりますよ」


 こずえも右へ左へ刃を踊らせながら答える。


「じゃあ、上?」

「上、ですね」


 こずえは素早く振り返って男子学生を抱えると、大跳躍をした。そして少し離れたところにあったガソリンスタンドの屋上へ着地。再びジャンプで戻ると、今度はハンナを連れてきた。


 ガソリンスタンドの屋上は広い金属の波板へ交差するように平板が渡され、四辺に少し高くなったフチが設けられている。


「あー。手がダルい」


 ハンナは傍らに銃を置くとフチに座ろうとして、途中まで下ろした腰を浮かせた。


「熱ッ」

「この陽射しですから……」

「早いとこ移動しないと干からびて死にそう」

「水ならあります」


 男子学生はリュックからミネラルウォーターを三本取り出す。


「あと、これも」


 塩の入った小さなジップロック。こずえとハンナは袋からそれぞれ塩をひとつまみ手に取ると舌で舐めとり、ぬるい水とともに飲みくだした。その動作には少しのためらいもない。


「で、どう抜ける?」


 ハンナとこずえは四方を見回した。ガソリンスタンドは交差点の角地に建っていて二方が道路、裏手が狭い畑になっていて、隣は5階建てのマンションになっている。


「畑の向かいの家から屋根伝いに離れるのが楽でしょうか?」

「そうねぇ。空いてれば中に入ってもいいし」


 話は決まった。こずえが再び2往復して、ハンナと男子学生を向かいの家の2階のベランダへ運ぶ。窓の鍵は開いていて、中へ入るとフローリングの寝室だった。

 モーリョーが入ってきたのか泥棒が入ったのか、クローゼットは開けられて中身がぶちまけられ、他の棚やカラーボックスなどもすべてひっくり返されている。血痕や死体はない。


 ハンナとこずえはベッドのフチ、男子学生は倒れた棚に腰を下ろし、ようやく自己紹介。


 男子学生は小林洋太。夜沢高専の2年生。専攻は制御学系。学校から警察署へ向かう途中だったという。


「あいつらが出てきて最初はほら、大混乱でしたから。それが長引いてどうにもならなさそうで、それで学校に戻ってみたんです。そしたら他の仲間もいて……。あ、俺たち巨ロボ研なんで、今こそ出番なんじゃないか、って」

「ああ、なるほど」


 納得した様子のこずえ。ハンナはさっぱり話について行けない。


「ただ学校は2階から上しか確保できてなくて、1階から下はあいつら、モーリョーって言うんですか? とにかくあいつらがうろついてます。それで地下の施設に行けないんで、俺が警察まで行って誰か銃とか持ってる人を連れてくるって話になったんです。それで原付で走ってたんですけど、あそこでコケて。徐行してたからケガはなかったんですけど、とっさに歩道橋に上がってしまって」


 警察という言葉にこずえとハンナは顔を見合わせた。二人は昨日、その警察署に立ち寄っていたのだ。ある程度の規模がある警察署はまだ秩序を保っている場合が多く、二人は補給や情報収集のため行く先々でなるべくそうした警察署へ立ち寄るようにしていたのだ。

 ところがこの街の警察署は火事で焼け落ちていた。周囲を探しても警官らしい人間とは会えなかった。もし小林が署までたどり着けても、目的は果たせなかっただろう。


「じゃあ、地下へ行ければロボが起動できるんですね?」

「はい」

「パイロットは?」


 そこでふと、小林は顔を曇らせた。少しの沈黙。


「たぶん……亡くなりました」

「じゃあ、起動しても動かせないんじゃないですか?」

「いえ。ウチのは最新のバイオフィードバック方式なので、ただ動かすだけなら従来のメカニカルみたいな専門知識がなくても大丈夫です」


 話の背景が見えないが、ハンナにはこの後の展開が予想できた。


「お願いします! お二人の強さを見込んで、力を貸してもらえないでしょうか!」


 土下座をする小林。床に額をこすりつけ、声には必死の色がある。


「けど、私たちも早く伊勢に行かなきゃいけないんだけど」

「伊勢、ですか?」


 小林が不思議そうな顔をする。そこでこずえは自分たちが伊勢・シュラインを目指す理由を説明した。


「解りました。それなら、もし協力していただけるならロボはお貸ししますから! いや、俺一人じゃ決められませんけど、必ずみんなを説得します! とにかく街を、平和に……!」


 小林を仲間の元へ連れて行くこと。巨ロボ研のメンバーを地下の管制室へ連れて行くこと。そしてこずえかハンナ、どちらかがパイロットとして搭乗し、周辺のモーリョーを掃討すること。最後に、巨大ロボである程度の広さのバリケードを築くこと。それが小林の頼みだった。


「なぜあなた達がロボに乗らないんですか?」

「誰でも動かせるとは言っても、巨大ロボの身体感覚は普通の人間サイズの世界とは全然違います。身体能力が高く、運動神経に優れている人の方が早く馴染めるんです」

「じゃあ、こずえの方がよさそうね」


 ハンナの言葉にこずえも同意する。


「そう、ですね」

「それで、そのロボってのはここから伊勢まで行けるの?」

「はい。機体自体は無補給でも一ヶ月の連続稼働が可能です」


 思わず半眼になるハンナ。


「もしそんな凄いロボットが本当にあるなら、どうしてこの国にしかないわけ?」

「日本固有の技術で、国外への持ち出しが禁止だからです。それに巨大ロボは自衛隊と同じで専守防衛、災害救助以外では基本的に運用を禁止されています。そもそも兵器としてなら一般的なものの方が効果的なんです」


 なぜそれが理由になるのか解らない。巨大なロボットはかなりのエネルギーを消費するはずだ。それが一ヶ月も無補給で動けるなんてすごい話だし、兵器として劣るにしてもそれこそ災害救助の場や暴動なんかの治安維持では活躍するだろう。

 それならいくら日本が流出させないようにしても、他の国だって必死で開発しそうなものだ。とはいえ、日本が“ガイジン”の理解を超えているのは今に始まったことではない。いちいち気にしたら負けなのだ。


「ところで、お二人は伊勢を目指してるんですよね?」

「そうだけど?」

「なんで手ぶらなんですか?」


 ハンナとこずえは目を見合わせた。


「昨日ちょっと、色々あって」

「あのときのことは、思い出させないでください」


 目に見えてテンションの下がる二人。気まずい空気に小林は慌てた。



 こうして、三人は夜沢高専へ向かうことになった。小林がいるのでモーリョーとの交戦は最低限にして、安全優先のルートを探して進む。


 すべてを違和感なく受け入れているこずえと違って、ハンナはどうしても不審感が消えなかった。


「そもそも巨大ロボってなに?」

「知りませんか? 日本名物巨大ロボット」

「そりゃ聞いたことくらいはあるけど、本当だとは思わないじゃない。日本にしかないみたいだし」


 戦後、政府は日本の未来を担う子供たちの情操教育ならびに地域社会の絆の強化を目的として、全国の小中高そのほか各学校に巨大ロボットの保有を推奨した。もちろん人が搭乗して操縦するタイプだ。


 保有校は国からの補助金が出るし、受験での人気も高まる。しかし建造にしろ維持にしろかなりのコストがかかるため、持っている学校は多くない。

 国の助成基準を満たす15メートル超級を保有している学校はその中でも一部。大半は5〜7メートルクラスだ。


「保有校では教師と生徒が部活や委員会という形で日々のメンテナンスや演習なんかをやっています」


 小林が補足する。


「情操教育と……地域の絆?」

「自分の学校や住んでる地域に巨大ロボがあるというのは、誇らしいものですよ。自分もふさわしい人間になろうという気になります」


 こずえの言葉に小林もうなずく。ハンナは頭を抱えた。


「こずえ……。あなたとは長い付き合いだけど、今日ほど遠くに感じたことないかも」


 不思議そうなこずえと小林に、ハンナはそれ以上説明する気力が湧かなかった。ハンナからすると日本人の理屈や感覚は理解できないことも多い。


「それにしても、パイロットは本当に……?」


 話題を変えてみる。


「はい。もちろん無事でいてほしいとは思いますけど、もし無事ならセンパイは真っ先に学校へ来ているはずです。こんな状況で他人のためにできることがあるなら、必ずそのために動く人ですから」

「ずいぶん評価してるじゃない」


 小林は遠くを見つめ、その“センパイ”の姿を思い浮かべているようだった。


「センパイは聡明で明るく、気さくな人です。誰からも慕われていました。パイロットとしてだけでなく整備エンジニアとしても熱心で、誰よりも俺たちのロボ、仰雷ぎょうらい2号を愛していました。だから俺たちがロボを動かすのは平和と安全のためもありますけど、センパイの想いを、叶えたい。そういう気持ちもあります。センパイは、もし不幸にもロボが出動するような事態になったら、せめてその力で、みんなを、助けたいと……」


 ハンナたちから顔をそらし、言葉を切る小林。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「男たちの熱い友情と憧憬。悪くない。悪くないですよ」


 こずえがボソリとつぶやく。そのメガネが日差しを浴びてギラリと光った。



 モーリョーを避けながら、市内を横断するのに二日かかった。

 そうしていま校舎裏の古ぼけたビルで、三人は小林の残してきた仲間たちが定時確認で屋上へ上ってくるのを待っていたのだった。


 ハンナは外階段の錆びついた手すりに左ヒジをついて手の甲にアゴを乗せ、ときどき右手の銃でモーリョーを撃つ。こずえもハンナの隣で手すりに寄りかかっていた。

 二人とも汗だくで、濡れた髪が張り付いている。こずえは肩口にアゴを押し付け、汗を拭った。


「他にもさ、巨大ロボっているんだよね? そんなの見たことないんだけど」

「これから。これからですよ。普通の人は自分のことで手一杯。集まって巨大ロボを起動させるまではもう少し時間がかかると思います。ここだって私たちが来なければ、まだ先のことになっていたでしょう」


 ハンナは眉間にしわを寄せ、目を閉じた。


「どうしました?」

「いや、その巨大ロボへの闇雲な期待感と信頼感はどっから出てきてるのかと」

「日本人なら普通はこうですよ」


 しばらくすると、上から小林の声がした。二人が屋上へ行くと、校舎側の屋上に詰め襟学ランで坊主頭の学生がいた。


「小林! そちらの二人は? それに、警官は……」

「あとで説明する! とりあえず橋をかけてくれないか!」

「解った! 待ってろ」


 男子生徒はうなずくと一度中へ戻り、他の生徒たちを連れてきた。それから全員でアルミ製の避難ハシゴをつなげて作った橋を持ち上げ、ハンナたちのいる屋上に渡した。


 最初は小林。針金でかなりしっかり巻かれてるとは言え、橋はしなる。手すりもなく、落ちれば助からない。小林は腰を落とし、腕を広げてバランスを取りながら慎重に渡る。

 次はこずえ。こずえは橋を渡らず、ビルから校舎まで跳躍した。見守っていた生徒たちからどよめきの声が上がる。ハンナはそんなこずえの様子を退屈そうに眺めていたが、その両手はいつでも銃が抜けるようになっていた。

 最後がハンナ。ハンナは小林がおそるおそる渡った橋を普通の道のように渡った。こずえほどの派手さはないが、こちらも生徒たちに感心の声を挙げさせる。

 ハンナが渡っているあいだ、こずえは刀の柄にさりげなく手を当て、いつでも抜刀できるようにしていた。


空いている教室へ移動すると小林がハンナとこずえを紹介し、これまでのことを説明した。集まっているのは男子生徒ばかり20人ほど。


仰雷ぎょうらい2号を貸す……?」


 話を聞いた男子学生のうち、リーダー格らしい男は警戒するように言うと腕を組み、口を引き結んだ。


「こずえさん、ハンナさん。すみませんが少し、部屋を出ていてもらえませんか? 2階までなら好きに出歩いていただいて大丈夫ですから」


 小林の言葉に、二人は廊下へ出た。


「どう思う?」

「と、言うと?」

「巨大ロボ、貸してくれるって話」

「さあ。どうでしょうか……」

「そもそもこのへんのモーリョー一掃してバリケード作るって、そうとう無理あると思うんだけど。できると思う?」

「範囲と程度によりますね。むしろ、現実的にできる程度まで話を持っていけるかどうかじゃないですか?」

「じゃ、小林じゃなくて私たちが話すべきなんじゃないの?」

「そもそも貸し出すことを許可してもらう必要がありますから、まずは小林さんでしょう。条件交渉はその後です」


 ハンナは廊下の窓から外を眺めようとして校舎裏しか見えないことに気づくと、ああ、と呟いた。そして隣の教室へ入る。


「グラウンドも結構いるね」


 教室の窓から外を眺めて言う。日の傾きだしたグラウンドには大勢のモーリョーがあてもなくうろついていた。


「モーリョーは普段から人の多く集まる場所に引き寄せられますから」

「生者の気配が色濃い、だっけ?」

「そうです」


 ハンナは窓を開けた。熱い風が吹き込んでくる。どこかで火事が放置されてるのか、空気には焦げたような臭いが混ざっている。


「なんていうか、怪しくない?」

「何がですか?」

「いや、この流れ。こずえが何も言わないから黙ってたけど、いくらなんでも切り札の巨大ロボによく知らない私たち乗せるだとか、貸すだとか」

「小林さんは切羽詰まってましたし、私たちが伊勢・シュラインへ行く重要性も理解してくださったようですし」


 そこでこずえは艶めかしく微笑んだ。


「もし私たちを騙そうだとか罠にはめようだとか、そういうことなら相応の報いを受けていただくだけですし」


 一方のハンナはげんなりした表情を浮かべる。


「いくら私たちが強いからって、そういういざとなれば力でどうとでもなるって考えはどうかと思うよ」

「絶対的強者は常にノーガード。ニューエイジもどきではない、本物の禅の思想ですよ」

「いや、絶対違うでしょそれ」


 そこへ小林が入ってきた。


「ここにいたんですね」

「話はまとまった?」

「それが……」


 小林は顔を曇らせる。


「結論は出ませんでした。すみません。ただ明日、起動実験をすることになりました。どういう結論を出すにしても、仰雷ぎょうらい2号が動かないとどうにもなりませんから」

「動かないかもしれない、そういうことですか?」

「最後の点検時に異常はありませんでした。ただそれはモーリョーが出る前の話です。たぶん大丈夫だとは思いますが、あれ以来誰も実際には確認してませんから」

「じゃあ、あなたたちを地下までエスコートすればいいってことね」

「それと、できればこずえさんには実際に搭乗して、地上に出てもらおうかと。いきなり歩いたりは危険ですが、腕を動かしたり体をひねってもらうだけでも巨大ロボの感覚は感じてもらえると思います」

「そっちはそれでいいの?」

「?」

「よく知らない私たちに巨大ロボを預けたりして」


 小林は苦笑した。


「お二人なら俺たちを脅してロボを手に入れることもできるんですから、今さらそんな心配はしませんよ。二人ともきちんとした人なんだって、信じてます」

「他の人も?」

「こずえさんやハンナさんがビルからこっちへ来るところ見てましたからね。見てない奴もそのときの話聞いたら納得してました」


 ハンナやこずえからすれば、それは甘い考えだった。たんに脅して起動させるより、自発的に起動させてから奪うほうが楽だという考え方だってあるのだ。ただ、普通の高校生からすればそこまで用心するのは難しいのかもしれない。


「となると、今日はこちらにお世話になるわけですね」

「ってことでいいの?」

「はい。たいしたもてなしはできませんけど」


 日暮れて夕飯時。ハンナとこずえは他の生徒たちと一緒に家庭科室で夕飯を食べていた。といっても何か調理した物があるはわけではなく、乾パンとツナ缶に牛大和煮缶、サンマの蒲焼き缶を温めただけの簡素なものだ。それでも男子生徒たちの様子からは、かなりの贅沢らしいことが感じられた。


 男子生徒たちは物静かで、礼儀正しかった。もしかしたらそれは、長引くサバイバルめいた生活で消耗していたせいかもしれない。

 それともモーリョーたちの待つところへ行く緊張感か、ハンナたちへの警戒感か。いずれにしても、念願の巨大ロボ起動へ大きく前進したとは思えない空気感だ。


 食事が終わると明日の準備や作業手順の確認をするということで、生徒たちは引き上げてしまった。

 二人はひとまず家庭科室の流しで顔と頭を洗い、適当に干してあったふきんを濡らして体を拭った。それから、寝室に使うよう言われた保健室へ。

 保健室は広く、使われた形跡のないベッドが四つあった。二人は真ん中の二つにそれぞれ寝転がると、すぐ眠りに落ちた。


 それから1時間後。こずえとハンナは揃って目を覚ました。廊下を誰かが歩いてくる。二人はそっと体を起こし、ベッドを降りた。

 目を見交わす。こずえが指を2本立てた。二人という意味だ。ハンナもうなずく。


「夜這いだったらどうする?」


 ハンナが小声で尋ねる。


「両手を切り落として生かしておきましょう。幸い保健室ですから、すぐ応急処置できますし」

「あんたホントにエグい……」


 遠慮がちにドアがノックされた。


「あの、すみません」


 小林の声だ。こずえは部屋の明かりを点けた。 


「どうぞ」


 入ってきたのは小林とリーダー格の篠原という生徒の二人。スッキリした見た目の小林とは対照的に、篠原は重厚なイカつい外見だ。


「すまない。それほど大層な話じゃないんだが、明日の流れを共有しておきたくてな」


 そう言うと、篠原は壁にかけてあったホワイトボードへ校舎の見取り図を描き、簡潔に説明をした。

 基本は単純で、ハンナとこずえが男子生徒を護りながらモーリョーを倒しつつ、1階を抜けて地下への階段を降りていく。そして管制室を確保したら二人はその下にある仰雷ぎょうらい2号の格納デッキへ。


「起動してから中へ入ると音声ガイダンスが流れる。それに従ってくれれば初めてでも迷わないはずだ。何か質問は?」

「あー。明日の流れはオーケーなんだけど……。なんかそっち、みんなテンション低くない?」


 ハンナの言葉に篠原は頭を下げた。


「こんな状況が続いて、みんな消耗してるんだ。気を悪くしたなら謝る」

「こんなとき、川島センパイがいてくれたら……」

「小林」

「あ、すみません」


 たぶんそれは、小林が言っていたパイロットの名前なのだろう。こずえは小林をたしなめた篠原がかすかに目をうるませ、声を震わせたことに気づいていた。


「来ない友を想い、心乱れる男たち。いい。申し訳ありませんが、いいですよ」


 無機質な蛍光灯の光を受けて、こずえのメガネがギラリと輝く。その小さなつぶやきが聴こえたのはハンナだけだった。



 翌日。ハンナとこずえ、そして小林たち巨ロボ研20名は地下の管制室を目指して出発した。

 高専生らしい、簡素でも堅牢なバリケードを抜けて1階へ。


「やっぱり結構いますね」


 先頭を歩いていたこずえは、廊下を歩き回るモーリョーの群れを見て言った。


「左右に別れるってことで」

「そうですね。私が右、ハンナさんが左。私たちのあいだに他のみなさんを挟んだら私を先頭にして進みましょう。人数多いから側面の守りが弱いですけれど」


 こずえは振り返った。巨ロボ研のメンバーはひとりずつ護身用に鉄パイプを持っているが、どの程度身を守れるのかは不確かだ。


「どうせなら」


 言いかけてハンナは銃を撃つ。近づいてきていたモーリョーが頭を抜かれて倒れる。


「一列に並んでもらおうか。どうせ横から来るって言っても教室から出てくるとか、そういうのでしょ? こいつらトロいから、後ろから私が対処できると思う」

「ではそれで。後ろのみなさんもよろしくお願いいたします」


 こうして一行は長い列になって1階奥にある地下への階段を目指して進んでいった。

 こずえは前方のモーリョーたちを苦もなく斬り伏せていき、後ろや横からのモーリョーはハンナが正確に排除する。男子学生たちはせいぜい、邪魔になったモーリョーの死体を鉄パイプで廊下の隅へ押しやるくらいだ。


「そこです」


 突き当り脇の鉄扉。開けると下の方から呻き声が聴こえてきた。


「こういうところって、普段は鍵とか掛かってるんじゃないの?」

「電磁鍵なんですけど、非常電源に切り替わると自動で解錠されるようになってたみたいで」


 ひとまず全員入ったところで最後尾のハンナが鍵を締める。ゆるゆる登ってくるモーリョーたちをこずえが切り捨てながら下りること8階分。ふたたび鉄扉から廊下へ出た。


 廊下の先にあった管制室は三方がガラス張りになっている。脇に扉があってガラスの外周に金属製の足場。その端から螺旋階段。足場の向こうは闇に沈んでいて見えない。


 中にいたモーリョー4体を始末すると、一行はガラスのそばへ寄った。

 誰かが電源を入れると、外が明るくなった。


「見えますか?」


 小林の声はどこか自慢げだった。


「すごい」

「さすが、高専は違いますね」


 ハンナたちは素直に感心する。


 足場の外には格納施設が広がっていた。管制室はその天井に張り付くような形になっている。

 正面、反対側の壁際に、ハンナたちと向き合うようにして巨大ロボが収容されていた。管制室からは見下ろす形になる。


仰雷ぎょうらい2号。全高30メートル、禅素化合物を動力源とする自慢の巨大ロボです」


 仰雷ぎょうらい2号は甲冑武士をモチーフとしていた。頭部の烏帽子兜めいたデザインや、その根元から肩にかけての薄板をつないだフィンはヒートシンクを兼ねているのだろう。


「肩の左右あたりから壁に沿って足場があるの、見えますか? あそこを進んでもらって、ちょうど首のあたりに搭乗口があります」

「そこまで行くのにひと仕事、という感じですね……」


 こずえは嘆息する。なんとなく予想していたが窓の外はいたるところモーリョーが歩き回っていた。特に学ラン姿の男が多い。


「あれって、ここの制服?」

「はい。あいつらが発生したのは平日の昼間。たぶんここに避難した生徒が多くて、そこへあいつらが侵入して、それで」


 小林は言葉を切ると窓の外、知性を失い歩く屍と化した仲間たちを痛ましげに眺める。他の巨ロボ研部員たちもみな、沈痛な表情で外を見ていた。


「巨ロボ研のみんなはここに避難しなかったんですか?」

「鍵が開くとは思ってませんでしたし、そもそも俺たちはここが避難には向かないって知ってましたから……」

「ほとんど水や食料がないんです。おまけに出入り口はさっきの階段か、ロボ用のリフトゲートくらいしかありません」

「下手に入ると、そのまま牢獄になりかねないってことね」


 ハンナの言葉に篠原はうなずき、言った。


「このままここで感傷に浸っていても仕方がない。我々は起動手順を実行する。キミたちは搭乗口へ移動してくれ」


 そこでハンナとこずえは管制室を囲む足場へ出て、階段を下って行った。


「今さら戦いに白熱や充実を求めているわけではありませんが、こうもザコが多いとそれはそれでウンザリさせられますね」

「最初は実地訓練にちょうどいい、とか思ってたんだけどねぇ」


 二人の足音を聞きつけて、近くにいたモーリョーたちが階段を上ってくる。他のモーリョーたちも集まってきた。

 三分のニほど下りたところで接敵。こずえは先頭のモーリョーを両断。足蹴にして押し返すと、死体は他のモーリョーを巻き込みながら階段を転がり落ち踊り場で止まった。


「モーリョーの何がウンザリさせられるかって、殺してもゲームの敵みたいに消えないとこ」

「気が合いますね。私もそう思っていました」


 そう言っているあいだにも、体勢を立て直したモーリョーが階段を上ってくる。鞘知ラズが一閃。首をはねられたモーリョーは下へ転がり落ちていく。

 あたりは機械の作動音や、モーターか何かの起動する低い唸りで満たされていた。


「飛び降りましょう」

「そうだね」


 ハンナが背中へおぶさると、こずえは手すりを越えてジャンプした。そのまま上層デッキへ着地。二人はすぐに応戦態勢をとる。

 目指す搭乗口まで行けるのはもう一つ下のフロアだ。


「これから排熱のため、リフトゲートを開く。注意してくれ」


 場内スピーカーから篠原の声。重たい車輪が転がる音とともに、天井の一部が左右に開く。その隙間から、夏の激しい陽射しとモーリョーたちが降り注ぐ。


 モーリョーたちは数十メートルを声もなく落下し、床や手すり、機材、他のモーリョーに当たる。血しぶき肉塊、骨の折れる音、湿った衝突音。

 こずえとハンナはそんな中を悠然と進む。モーリョーたちも特に上へ注意を向けることはなく、そんな二人へノロノロとにじり寄る。

 こずえの刃が照明と陽光のカクテルを鈍く反射させて軌道を描く。ハンナは左右の銃声を連続させながら両腕を開いて後ろまで回し、閉じつつ前へ寄せる。ときおり手をひらめかせ、マガジンを交換する。噛み合う二人の動きは、緩慢な死と破壊そのものだった。


 頭上でひときわ重たい音がして、ゲートが完全に開いた。見上げれば黒っぽい天井の中に真っ青な四角が広がっている。そしてその四辺から、次々とモーリョーたちが落ちてくる。

 ハンナとこずえがさらに下へ降りる階段までたどり着いたその時、電圧の上がるような唸りが大きく響いた。そして、仰雷ぎょうらい2号の両の目に光が宿った。


「「え?」」


 声をそろえて立ち止まるハンナとこずえ。二人の見ている前で仰雷ぎょうらい2号の顔がゆっくりと持ち上がった。それと共に、仰雷ぎょうらい2号を載せたリフトがゆっくりと上昇を始める。


 ガクン……ガン……ガタン、ガタン……。


 一瞬、なにかの手違いかと思った。しかしリフトで地上へ運ばれながら、仰雷ぎょうらい2号は明らかに見慣れた動きをしている。リフトデッキに拘束されてはいるが、それは──。


「モーリョー?」


 どちらともなくつぶやく。巨大なロボはまるで、柱に拘束されたモーリョーのような動きをしていた。

 慌てて振り向き、管制室を見上げる二人。管制室のなかでは巨ロボ研の一同が並び、敬礼してロボを見ていた。どうも篠原が何かを抱えているようだが、ハンナたちからは距離があってはっきりと見えない。


 モーリョーたちの中を急いで引き返す二人。モーリョーたちを切り倒し、蹴落としながら階段を上りドアのカギを壊して管制室へ入るのと、リフトが完全に地上へ出るのとは同時だった。


 巨ロボ研の一同は二人が入ってきても、まだ窓の外を眺めていた。


「どういうこと、ですか?」


 こずえが静かに問う。その声には携えた妖刀の刃にも劣らないほどの冷たく鋭利なものが宿っていた。

 男子学生たちが振り返る。誰もが泣いていた。そして篠原は胸のあたりに、額に入れた写真を抱えていた。写っているのは美少女のバストアップ。ショートカットで日に焼けた健康的な笑顔の彼女は作業服を着ているらしい。年齢はおそらく18から20歳あたり。


「騙してすまない。あの中にはパイロットの川島が乗っていたんだ」

「それはその、写真の女のこと?」


 こずえは刀の切っ先で、ハンナは右手の銃口で篠原の抱えた写真を指す。


「そうだ」


 篠原や小林の話によると、じつは彼らはモーリョーが発生してからあまり日の経たないうちに一度、ここへ来たのだという。その時点で格納施設内はモーリョーが大勢いたのだが、川島は今こそ巨大ロボで平和を取り戻すべき時だと単身、ロボへ向かっていったのだ。

 慌てながらも急いで起動準備をする巨ロボ研のメンバー。川島は全身傷だらけになりながらもロボに乗り込み、自らハッチを閉めた。


「そこまででした」

「管制室に下の階段からやつらが押し寄せてきて、我々は避難するしかなかった。自らを犠牲にした気高い川島を残して……」


 男たちの泣き声が高まる。


「チッ……。高潔な行動をとった仲間を見捨てることしかできなかった、男たちの自責の念。けどこれは、少しもいただけませんね……」


 忌々しそうに呟くこずえ。


「モーリョーの群れにただ突っ込んでくとか馬鹿じゃないの? さすがにセップクとかブシドーとか、そういう日本独自の感性じゃない、よね?」

「もちろん違います。成果を出すことよりも自己犠牲に酔っていたのでしょう。自分をよく見せることしか考えていない。愚かとしか言いようがありません。おそらく男子生徒ばかりの中で数少ない女性としてチヤホヤされつづけ、脳が萎縮していたのでしょうね」

「川島のけなげさ、がんばりを冒涜するな!」


 怒りに声を荒らげる篠原。他の部員たちも殺気立った目で二人を睨む。こずえたちは二人そろってため息をついた。


「どうして男ってのはこうバカばっかり……」

「あんなもの地上に解き放ったりして、どうするつもりですか?」

「なぜ我々の想いが理解できないんだ」

「想い? 女に免疫のない男子高校生の性欲が変な方向に歪んだ、童貞臭い思い入れでしょ?」


 かなり美人でおまけに見事なアングロサクソンであるハンナから性欲だの童貞だのと言われ、一瞬たじろぐ巨ロボ研の一同。篠原がどうにか気を取り直して言った。


「とにかく我々は川島の遺志を実現した。モーリョーとなったあいつは一カ月間あたりをうろつき、他のモーリョーどもを踏みつぶして回るだろう。これでもう心残りはない。さあ、殺すなら殺せ。我々一同、覚悟はでき──」


 いきなり動きが止まる篠原。ほかの部員たちも様子がおかしい。


「ああっ! クソっ! そういうことですか!?」


 珍しく大声で、何かに気づいたらしいこずえが毒づく。

 篠原たちの姿が揺らぎ、じんわりとぼやけながら薄れて消えていった。篠原の抱えていた遺影が床に落ちる。なぜか小林だけはそのままだが、意識を失っており床へ倒れた。


「へ? なに。どういうこと?」

「あいつら全員、幽霊だったんですよ。それもたぶん、自分たちが幽霊だと気づいていないタイプの。それが未練の元を解消することで成仏したんです。小林もおそらく、だれか生者に取り憑いていたんでしょう」


 格納施設からガラスのドアを開けてモーリョーが入ってきた。ハンナはそちらを見もせずに撃ち、モーリョーの額へ穴を開ける。


「ってことはこいつは」


 まだうっすら白煙のあがる銃口で、床に倒れた青年を指す。


「小林という名前ではないですし、いつからか知りませんが憑依されてからの記憶もないでしょう」


 ハンナは銃を握ったままの右手首を額に当てた。


「あのさ。そもそも幽霊って……。え? 本当にいるの?」

「ええ。もちろん」

「日本が不思議の国だから?」

「いいえ。アメリカにだっていますよ。留学してハンナさんのところへお世話になっていたとき、修業の一環で何体か斬りましたし。けれど、そんなことよりどうしましょうか?」

「どうって」

「勘違いバカ女由来のモーリョー積んだ巨大ロボが野放しです」


 愕然とするハンナ。頭上から地響きと共に破砕音が始まった。


「校舎が……」

「当然そうなりますよね」


 その後、こずえのブーストされた身体能力で地下から脱出し、小林に乗っ取られていた青年を安全なところまで送り届けた二人。

 引き返して暗渠になっている路面をこずえが切り開き、どうにか仰雷ぎょうらい2号を誘導してそこへ落っことした上で脚部破損からの漏電停止に持ち込むまで丸3日を要した。もちろん辺り一帯は物理的に崩壊した。



 数日後。街から離れた街道をハンナとこずえは歩いていた。背中には水や食料などを満載したバックパック。

 モーリョーの数は街中よりずっと少ない。二人は近寄ってくるモーリョーを難なくかわしながら、のんびりと進む。路上には乗り捨てられた車や、炎上した残骸が散らばっている。


「本当なら今ごろ巨大ロボに乗って、余裕でこんなところ通り過ぎてたはずなのに……」


 ぼやくハンナのアゴ先から汗がしたたる。


「仕方ありませんよ。たちの悪い幽霊に化かされたんです。それにほら、今後行く先のどこかで、ロボに乗せてもらえるかもしれませんし」

「いやもう、できれば巨大ロボには関わりたくない」

「そんな! 悪いのは巨大ロボじゃありません。人間の煩悩です」

「だから、そのロボに対する信頼はどこから──」


 こうして二人の旅は続く。

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銃刀女子ふたり旅 ナカネグロ @nakaneguro

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