女神のお仕事

本陣忠人

女神のお仕事

 やあ皆元気に転生してる? それともダウナー過ぎて転移する気も起きない?


 うんうん分かるよ。気持ちは凄く分かる。こう暑いと――寒くても、何もしたくないよね。何もする気が起きないよね。うんうん。

 ベッドに寝転んで漫画を読んで、ふと天井を見上げて「美少女落ちてこねぇかなぁ」と悲しく呟いたりするよね。大丈夫。仮に億が一、美少女が君の目の前に落ちてきたとしてもソイツ彼氏いるから。前世から因縁のある婚約者持ちだし、なんなら落ちてくるだけ無駄だから。


 しかし、そんな君に空前絶後の超朗報だ。

 こうして唐突かつ無闇矢鱈に知り合ったのも何かの縁だし、特別に君にマジでハイパーミラクルラッキーチケットをあげよう。今どきはSSRとかで価値を評するらしいから…そんな価値観トレンドに則るなら、SSSSSSSSSRとかそんな感じで偏差値20程度の偶然キセキだ。


 呼び名は兎も角、その引換券は君に前人未踏とは言えない――世間と世界にありふれた千載一遇、万に一つのチャンスをもたらすよ。転移だろうが転生だろうが君の望む通りにしてあげる。何しろそれがボクの仕事で役割なのだからね。


 何? そんなの選べない?

 おいおい勘弁してくれよ。どれだけ君は優柔不断なんだい? 別に深く考える必要はない。欲望の赴くままでいいんだよ。思いついたままのフィーリングでいいんだよ。どうせ何処に行ったって大差ないし、格差なんかは微々たるものなんだから。


 何故ならば、古代でも現世でも、西洋でも異世界でも同じだからさ。集合的無意識なんて高尚な言葉を引き合いに出すまでもなく、切り揃えたみたいに画一的で均一的。

 それでも今の、汚泥をすするクソみたいな人生を送る君からしたらどれだって平等に似たような理想郷ファンタジーだろ?


 しかし、そこでの君は成功が約束されている。神様から確約されている。

 時代遅れの努力や時代錯誤も甚だしい苦境とは完全にさよならの人生だ。迷う価値も無いのに、どうしてまだ悩む?


 何? 他の人の体験談が聞きたいって?

 おっと、なかなか君は慎重派の男らしいね。見た目通りのV字前髪の凡夫とは違うようだ。

 いいだろう。幾つか例を挙げるから参考にするといい。


 まず一人目。

 彼は目付きの悪い冴えない男だったが、悪のモンスターが漠然と蔓延り支配せんとする世界で法則を無視して勇者になった。理由は何だったか…そう、過去の体験から勇者に適正があると自身で判断したんだ。

 その過去って言うのがまた傑作でさ…彼はね、小さい頃、近所の空き地で蜂の巣を単身で潰したことがあるらしいんだ。故にそんな自分には勇気があるって言うんだ。みみっちい上にクソみたいに薄っぺらい根拠で笑っちゃうだろ?


 けれど、そんな彼も今では立派に勇者をやって、立派な父親だ。先日姫騎士の嫁が三人目の子供を身籠った所だ。いやぁほんとに感無量だね。言葉も詰まって出て来ない。喉の奥で燻るばかりだ。


 こんな感じでいいかな? まだ足りない? 思ったよりも欲しがるね。

 ひょっとすれば君はエゴイスティックな独裁者の才能があるやもしれないね。おい怒るなよ。ジョークだよジョーク。ただのネタに本気になるだけ負けなのさ。


 ああ二人目だったね。そうだな…君に似た雰囲気の男の話をしようか。彼は前髪が無駄に長くて――これまた実に冴えない男だったが、ネトゲの世界に閉じ込められて、そこで統一王となった。


 彼がそういう世界を願ったのは何故だと思う? ネトゲを愛してやまない人間だったからだよ。呆れるくらいにシンプルだろ?


 彼は偏差値が50の大学に通う――何とも言えない学力だったが、望んだ理想世界においてハイパーエリート達の上に立っている。凄いだろ? 夢うつつのロマンがあるだろ?


 さてここまで二例を挙げたが、当然君は満足していないんだろ? 分かってるよ。君ならそう言うだろうと思っていた。


 でも、次で最後だ。君の後ろに待つ順番待ちが多くなってきたからね。悪いけど君だけに時間を割くわけにはいかないんだ。

 ノーリスクアルティメットリターンで都合の良い世界チケットを求めるやつはゴマンといるからね。世は無情というやつだ。事もないし、時間もない。すまないね。本当。


 では最後にするのは君の前に異世界に転移させた奴の話だ。そいつは様々な亜人が暮らす世界に行って、文化を発展させて世界を支配した挙句、特に理由も無く戻った現実世界をもその手に収めた二世界に渡る支配者だ。


 それでここからが肝要で重要でなおかつ肝なんだが、そいつボクがチケットを渡す際になんて言ったと思う?

「自分じゃ決められないから、決めてくれ」って平然と言ったんだぜ? 大の大人がだよ? ひとしきり笑った後に、僕は悟ったね。未来は暗いと。


 まあ女神たるボクが一方的に進路を決める訳にもいかないから、そいつにはアミダクジを使って行き先を決めてもらったんだよ。知ってる? アミダクジ? 便利だよなあれ。思考停止のままで何かを選んだ気になれるし、責任の所在も曖昧に出来るという──魔法に近いシステムだ。


 さて、ここまで三人の選択を開示した。次は君の番だ。

 覚悟と行き先を決めよう…ってもう決まった? あらあら、君は意外と決断力がおありのようだ。それさえあれば、どの世界でもうまくやれるだろう。


 なら聞かせてくれ。君は生涯一度のゴールデンタイムをどうやって過ごす?


 …そうか。亜人が蔓延る西洋ファンタジー世界を舞台にしたネトゲの中で軍師兼学者の地位を持った勇者として世界を統治したいか…うん、君は幼い頃恐竜図鑑を好んで見ていたからね。学者としてもやれるだろう。


 では行ってらっしゃい。君の理想世界に。

 ああ、御礼はいいよ。これがボクの仕事だ。

 君は君で理想の世界でやるべき仕事を果たせ。


 何を隠そうボクも昔は君と同じだった。冴えない男だった。

 そして選んだ。誰かを導く女神に転生したんだ。

 だから上手く行く。それは決まりきった未来だから。



 楽勝の成功以外にありえないんだ。

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