水茶漬け

s286

第0話仮タイトル『とある夫婦のお茶漬けの話』

 駅のホームに降り立ったアキオは思う。湿気を含んだ重い空気と熱気……もう一度、電車に乗って終点まで快適な旅をできたらどんなにいいだろうと。しかし、無情にも列車のドアは閉じ車両は更なる田舎方面へと走り出す。ここはそんな地方都市だ。

 ねっとりと首元に、そして袖口にまとわりつく空気をかきわけながら家路を急ぎ、アキオは冷蔵庫の中で冷えた麦茶を思い描いていた。

「ただいま」

「おかえんなさい」

 公営住宅の扉を開けると部屋には明かりがついていた。珍しく嫁さんであるミカが先に帰っていた。

「あれ……早かったんだ」

「うん、今日の納品ね、明日になっちゃってさぁ……」

 僕の「相方」であるミカさんは、部署は別だけど同じ会社に勤務をしている。同じ会社だけれども部署が別だから帰る時間は別々だ。そしてお互いにラインみたいなツールは使っていない。だってアレって鬱陶しいから。

「お風呂はいるでしょ? ご飯どうする?」

「食べるのきついなー麦茶しか考えられないわー」

「アキオ君、アタシがいないといつも食べてないものねー」

 耳の痛いことこのうえない。だって面倒くさいもの。適当に答えてシャワーを浴びる。石鹸で身体を洗い清め、ついでに歯ブラシで口を清める。

 リビングに戻ると茶碗に鮭がのった白い飯がテーブルに用意されていた。

「コレってハラス?」

 ハラスとは魚の腹の部分だが、大抵はシャケのそれをさす。脂が多く塩で絞めいているものが多い。

「叔母がね、送ってくれたのよ」

 叔母とは、北海道にとついだ恵さんのことのはずだが、それと麦茶がどう関係するのか? 僕は風呂上りの冷たい麦茶をクイッと飲むことを想像していたのに……

「そうよー 叔母さんに教えてもらった夏の秘策~」

 ミカさんは、トトトっと麦茶を茶碗に注ぐ。

「水……茶漬け? みたいな?」

 初めての体験だけれどテレビでみたことはある。そんな料理を嫁は出してくれた。ズゾゾッと一口すすれば、麦茶の味の他に隠し味? 梅干しの風味もあって誰と争うこともなく、一気呵成にかっこんだ。

「あのさ、お代わりしていいかな」

 妻は笑って茶碗を下げる

「これねーコツがあるのよ。冷たくなったご飯を一度お水で洗うの。そうするとね……」

 アキオはミカの自慢を聴きながらお代わりの水茶漬けを心待ちにした

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