その5 確かな「不確かさ」とぼやける粒子
世界に輪郭などないのだ。
***
4.不確定性原理
前節で粒子は波動となり、その位置が確率でしか表すことができないという話になった。
物理学会、大荒れの模様である。
波動方程式を提出したシュレディンガーはネコの話を置き土産に生物学に移ってしまったし、確率解釈を巡っては世界が多重に分裂しているとか、素人目にはSFチックな議論も飛び出している。
そんな中、ふらつく足場を固めようと黙々と計算に打ち込む男がいた。ハイゼンベルクである。
彼は波動とか確率といった現象からは距離を置いて、自分が作り上げた量子力学を記述する理論に目を向けた。その中で、ある量子状態を数学的に表現した時、どうやら同時に確定できない物理量があることを見出した。
不確定性原理である。
そしてその組み合わせの1つに、位置と運動量(速さ)があった。
前節でお話ししたように、それまでの古典的な物理学では、時刻を与えさえすれば位置も速度もある一つだけに定まった。
ところがミクロな世界ではそうならないのだ。位置を定めれば速さが定まらず、速さを定めれば位置が定まらない。すなわち量子力学においては、位置も速度もぼんやりと揺らいだ粒子しか存在できず、完全に静止した粒子が存在しないのである。
それだけ聞くと『理論が間違ってんじゃないの?』と思われるかもしれない。
だがこの不確定性原理は、波動方程式とは違う枠組みの理論、行列力学から導かれたにも関わらず、粒子の波動性とよく噛み合うのである。
波というのは小さい隙間を通り抜けると、回折という現象を起こして広がっていく。
量子力学でも同じことが起こって、隙間を通り抜けた粒子があらぬところに現れたりする。
もっと不気味なことも起きる。隙間を2つ用意してやると、規則正しい縞模様になって出現パターンを描くようになる。
ここでちょっと考えてみよう。隙間を通り抜けたからと言って、真っ直ぐ飛んでいたボールが右に左に曲がったりするだろうか?
そんなことはない。
ただ、不確定性原理があると話は変わる。
隙間を通り抜けたということは、その隙間の分だけ位置が確定した。ゆえに、隙間によって狭められた方向に、速さの不確定さが生じ、右に左に逸れるようになったのだ。
上述のスリット問題以外にも、不確定性原理は顔を出してくる。
例えば古典的には振動が止まった状態でも、量子力学ではぼんやりとしたゆらぎが残るし、(これをゼロ点振動と言ったりする。)電子殻には電子が公転していないはずなのに、ぼんやりと電子が広がった軌道が存在する。
ハイゼンベルクによって理論的に導かれたのは、ミクロの世界が根本的に不確かさを抱えているということだった。
さて、確率解釈から始まってこのかた、ロマンチックな言い方をすれば、量子力学はあたかも秘密のベールに身を包み、人間の知恵によって正体が明かされることを拒むような振る舞いを見せてきた。
とはいえ、多くの先人により数学的に扱うための理論は強固に築き上げられてきた。そうして、次節でちょっとだけお話しする量子もつれ、量子コンピュータが生まれたのである。
よければお付き合いください。
最前線の研究者には激怒されるかもしれないが、もしかすると我々は、合理的に導かれた振る舞いに解釈が追いついていないのかもしれない。
理科で夢見るこの世の魔法 @S_kouji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。理科で夢見るこの世の魔法の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
Fusion Cuisine/中原恵一
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 93話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます