その4 勃発!アインシュタイン先生VSボーア先生

センセーショナルなタイトルだが、別にこの二人が取っ組み合いの大げんかをしたわけではない。その2で出てきた「波」、ひいては量子力学の「不確かさ」の解釈を巡って物理学会に巻き起こった論争を、お二方の名前を拝借して表現しただけである。



もくじ

3. 「確率」の波動とエーレンフェストの定理

4. 不確定性原理

5. 量子もつれ


<><><><><>


3. 「確率」の波動


シュレディンガー方程式が出てきて、ミクロな物質の振る舞いを「波」として表せるようになった。実際そうやって計算すると、電子の動きをいい具合に表現できる。


うん、物質っていうのは本質的には波みたいなものなんだろう。


と思ったかどうかはさておき、この波、「物質波」を、普段我々が観測している粒子とどう結びつけるか、が課題となった。物質波の状態が変われば、当然粒子の状態も変わるはずである。そこにどんな法則があるのか考えよう。


波には大きく三つ、「速度」と「波長」と「振幅」という物理量がある。「速度」に関してはまだ議論の最中だし、厳密に言うと位相速度・群速度とややこしくなるが、とりあえず粒子の速度に対応している(ただしのちに不確定性原理で触れるように、量子力学において「速度」という概念は実に捉えがたいものである)。


波長についても、波の進行する速度=粒子の速度とすることで、運動量というものと結びついていることが導かれた。波長が変わると粒子の運動量が変わるのである。

運動量とは平たく言うと「どのくらいの重さの物体が、どれくらいの速さで動いているか」を表す量で、「重さのない点」の運動を考える数学では見られない力学特有の数値である。


さあ、残るは振幅だ。


普通の波で、振幅とはその波が持つエネルギーに結びついている。単純な話、さざ波よりも高潮の方が破壊力があるし、(あまりいい例えではないけれど)地震も振れ幅の大きい揺れの方が被害が大きくなる。

そういったところから連想すると、物質波の振幅は粒子の持つエネルギー、すなわち運動エネルギーに結びついていそうな気がする。


ところが一筋縄ではいかなかった。


運動エネルギーは粒子の速度と重さで決まる。そして物質波では波長に粒子の速度と重さが結びついている。

つまり運動エネルギーは波長があれば求まってしまう。


どうしたことか、運動する粒子の三要素たる「速度」「重さ」「エネルギー」は振幅なんてなくても表現できてしまった。宙ぶらりんになった物質波の振幅は、いったい粒子の何を表しているというだろう。

……そういえば粒子の「位置」はまだ物質波と結びついていなかった。とはいえ波の振れ幅と粒子の位置が結びつくとは思えないなあ。


そうこうするうち、コペンハーゲンにある研究所から驚きの解釈が飛び出してきた。

物質波の振幅、すなわち波の高さは、その位置に粒子が出現する確率と結びついている、と。


それまでの力学において(相対性理論であっても)、粒子の座標(重心)は時刻さえ決めれば一つに定まるものであった。だからこそ粒子がどういう動きをするのか計算できたし、現実の物体に望み通りの動きをさせることができた。

ロケットを打ち上げてから2秒後にはだいたいこの辺にいますよ、とかでは困るのである。


百歩譲って「だいたいこの辺」を認めたとして、粒子が出現するときの位置は一点に定まるわけだから、今度は「なぜここに出現したのか」、言い換えれば「何がここに出現することを決めたのか」を突き詰めねば本質的な理解を得たとは言い難いだろう。

そこを「そりゃ確率だからね、誰が決めるものでもないよ」と言われてしまっては話が進まない。じゃあなんだ、神が気まぐれで決めたとでもいうのか。

そうしてアインシュタイン先生は言った。「神はサイコロを振らない」と。


シュレディンガーの猫とか隠れた変数理論とかベルの不等式とか、様々な検証を経た現代ではとりあえず「神はサイコロを振る」ことになっている。

ミクロな世界で起こる出来事は、残念ながら確率という恐ろしく「不確かな」フィルターを通してでないと見ることができないのだ。


確率が「不確かさ」を与えるのは避けようのないことなのだが、だからと言って、ミクロな世界は普段我々が目にしている世界とは全くの別物、どうあがいても繋がることはないのか、というとそうでもない。

神はサイコロを振るが、「だいたいこの辺」に出現するというのは決まっている。

詳しいことはここでは書かないけれど、この「だいたいこの辺」に基づいて計算してやると、「ミクロな粒子を何回も観測すると、普通の物体と同じ法則に従って運動している」ということが導かれる。

エーレンフェストの定理、とよばれるものである。


一回一回は無作為に見える粒子の出現も、なんども繰り返し観測していると我々が生活している世界と同じ法則が見えてくる。ちょっと飛躍すると、無作為に見えるミクロな粒子が大量に集まって、我々の世界の法則をなしている、のかもしれない。


文字数が増えてきたので、不確定性原理以降は次ページに記載していこうと思う。よければお付き合いください。

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