織姫クエスト

奥多摩 柚希

第1話 地球型惑星

「さーさーのーはーさーらさらー のーきーばーにーゆーれーるー おーほしさーまーきーらきらー きーんーぎーんーすーなーごー」

 帰り道に元気な歌声が響く。学校帰り、小腹がすいたのでちょっとコンビニにでも寄ろうかと思っていたところだった。

「お母さん、見て見て! 短冊!」

 七月七日。今日はたくさんの子供がわくわくする日だ。何せお願い事を紙に書いて葉っぱにかけるだけでお願い事が叶うというのだから。魔法のような一日である。横の幼稚園くらいの笹を持った女の子も、そんな出血サービスデーを満喫しているのだろう。

「何をお願いしたの?」

 その子のお母さんが問う。女の子はその言葉に屈託のない表情を見せると、

「『今年もいーっぱい遊べますように!』って書いたよ!」

 ああ、マジかわいいこの生き物。癒しだわ。短いツインテールをぴょんぴょん跳ねさせるようにしてそう言いきると、女の子は突然顔をお母さんからわたしに向けた。腰ほどまでしか身長のない女の子は必死にこちらを見上げる。

「お姉ちゃんはなんて書いたの?」

「え? 私?」

「うん!」

 突然のことに困惑する。私は状況を理解しないままお母さんと顔を見合わせる。お母さんは申し訳なさそうに笑う。場を繋げと。

「なんでも叶うんだよ。なにがいい?」

「なんでもかあ……」

 私はもう十歳以上も年の離れた小さい女の子の前で真面目に考えてしまう。もしかしたらそれがなんでも叶うからなのかもしれない。


「一年ぶりに、あいつに会ってみたいかな……」


「あいつって、男の子?」

「……へ? あ! うん! 男の子だよー」

「仲いいの?」

「んー、ちょっとわからない」

「お友達?」

「友達……友達、かな? まあ……まだ友達かな」

「お名前は?」

「名前? え、えーと……白崎」

「へえー、一年も会えてないの?」

「そうだよ。なんにも言わないで突然いなくなっちゃったの」

「いなくなっちゃったの? なんで?」

「なんでだろうねー。バカなんだよ、きっと」

「あー、そういうこと言っちゃいけないってママがよく言ってるよ」

「そうなの? ごめんごめん」

 私は女の子の頭を軽く撫でる。そのタイミングでお母さんが「すみません」と声をかけてきたので、私は手をどけると、軽く頭を下げた。お母さんは笑顔を見せる。

「片想いだったんですか?」

「ツッコむんですか……」

「ごめんなさい、青春だなーと思って懐かしくて。ありがとうございました。れな、あいさつして」

「お姉ちゃん、バイバーイ! あ! これあげる!」

「ん?」

 そう言って差し出されたのは、一本の笹。

「短冊にお願い事を書いてこれに吊るすとね、叶うんだって! 男の子に会えるといいね!」

「ちょっとやめなさいよ、迷惑でしょ」

「あ、いえ、いいんですよ。これで会えるんなら安いもんですから……」

「あら、そうですか……青春ですねえ」

 楽しんでるなあこの人。私は女の子から笹を受けとると、しゃがんで視線を合わせた。

「ありがとね」

「どういたしまして! じゃあね!」

「はーい、じゃあねー」

 私は立ち上がって顔の横で手を振る。女の子が私の方から目を離した少し後に手を下ろして、また家に向かって歩き出した。突然の癒しにお腹一杯なのでまっすぐ帰ろう。


 カギを突っ込んで捻る。すぐにドアを開けると、夏特有の暑さがこんにちは。クーラーをつけて笹と共にベッドに倒れこむ。制服のままだけど仕方ない。

 もし神様が本当にいて、願い事を叶えてくれるーなんてのがあるとしたら、世の中の悩みごとはみんなとっくの昔に解決されてるのであって、こんな風にあーだこーだ悩んでいる人などいないのである。

「神様なんていないよ」

 そんな呟きが漏れる。誰もいない部屋で、一番お気に入りの、もう何年もの付き合いになる犬のぬいぐるみに話しかけるように。何を話しても顔色ひとつ変えずに聞いてくれるので、小さい頃から割と今の今まで重宝している。

 でも、今日だけは違った。


 ――会いたいんでしょ?


「え?」

 明らかに女の子の声が聞こえた。誰もいない部屋から、誰かの声が聞こえた。

「誰? どこ……?」

 ――七夕って何の日だか知ってる? だよね。

「ねえ、どこにいるの? 何が喋ってるの?」

 ――美結ちゃん、ここだよ。私だよ。

 近い。声のする方に顔を向けると、そこには一匹の犬がいるだけ。

 ――じゃ、会いに行こっか。

「会いに行くって?」

 一回、じっと目をあわせてみる。かわいい顔してんだよなこいつ。

 ――七夕っていうのは、もとは織姫と彦星夫婦がお互いにイチャイチャしすぎて、まじめだった織姫が怠惰になったから神によって引き離されたっていうのが始まりなんだよ。それで、一年に一回だけ、この七夕の日にだけ会うことを許されたってお話。そこに、昔の中国の機織りの人が織姫って名前にあやかって自分の機織りの技術が向上するようにってお願いしはじめて、だんだんそれがいろんなものへのお願いに変化していったの。

「なんでそんなに詳しいの?」

 そんなに詳しく話しかけた記憶ないんだけど。


 ――なんでってそりゃ、私、神様だし。


「は?」

 神様? 何言ってんのこいつ。

 ――まあ、織姫と彦星を引き離したのも私なんだけどね。まったくあの子ったらデレデレしちゃって働かないんだから……

「ちょっと何言ってるかわからない」

 ――なんで何言ってるかわからないのさ。美結ちゃんが言ったんでしょ、あいつに会いたいって。あいつって、美結ちゃんがさんざん何年か前から言ってる幼馴染みのあいつ?

「ねえ神様ってプライバシーとか意識しないタイプなの?」

 筒抜けなんですけども。

 ――ここ最近会えてないよね。どうしたの? 嫌いになっちゃったの?

「嫌いになるわけないじゃん」

 ――かわいいね、純情乙女さんって感じ。

「うるさいうるさい!」

 ――でもよかった、嫌いになっちゃってたらここでいろいろ頓挫しちゃうところだったからね。

「え? いろいろって?」

 ――七夕の短冊って、五色の紐にくくりつけて笹の葉に吊るすって知ってる?

「知ってる」

 ――じゃあ美結ちゃんには今からちょっと旅に出てもらって、その五色の紐を集めてきてもらいます。

「旅?」

 ――そう。ちょっとファンタジーな感じの。もし五色全部集められたら、五枚短冊書いて吊るしなよ。全部叶えてあげる。ちょうどそこに笹もあるみたいだしね。

 言われて、ベッドの上に寝る笹を見る。

 ――安いもんだね、紙に書いて吊るすだけだもんね。

「どっから聞いてたの!?」

 え? あの女の子と喋ってたのまさか聞いてたんじゃないだろうね。似たようなフレーズを知ってるんですが……

 ――まあまあ、こっちは神だからね。とりあえず、五本のうち一本をあげる。両手を水を掬うときみたいに構えて。

 言われた通りにする。こういうわけのわからない状況のときは全部とりあえず従っておけばなるようになると思ったのだ。ましてや相手は神。受け入れてるのもよくわからないけど、受け入れた方が楽っぽい。私が言われた通りに両手を用意すると、なんだか光のようなものがキラキラ出てきて、中から青い光とともに一本の紐が現れた。おう私大丈夫かこれ。疲れてんのかな。

 ――ここは地球だから青い紐ね。あと四本、集めにいくよ!

「え? それってどういう――」

 その時、視界が歪んだ。足がついていたはずの地面はどこかへ消えてしまい、どっちが上でどっちが下かもわからなくなる。見回すと雑多な光がぐるぐると回っている。

 全身の力が抜ける。私はどうやら空中に浮いたらしい。なるほど、わからん。

「えっ」

 次の瞬間、私は視界を黒色に奪われた。真っ暗だった。仕方がないので目を閉じた。それが最後の記憶。

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