第5話 ブラックホール
ひーふーみーよー。丁寧に数え上げて紐は四本だ。制服のポケットにしまってあるそれぞれを指に絡めて、その存在を確認する。
のきばに揺れる笹の葉にくっつける五色の短冊の色の内訳は知らないが、既に五分の四が集まっている。残るはその四色以外の色。はっきり言って見当もつかない。
ここまで長かったが、それでもついにあと一本を集めるのみであの男に会える。ええ、全部鵜呑みにしてますよ。私まだ一銭も払ってないんでね。
一年前。ちょうど一年前だ。七夕だねーなんていう話をしようかしまいか迷ってたら、いつのまにか一日が終わってて、いつのまにか全く会えなくなっちゃった。それについては先生からクラスメイトに転校だという説明を受けたが、私はそれについて全く一言もあいつ自身から説明されてなかったために、あまりにも突然すぎる別れだった。
なんで何も言ってくれなかったんだろう――なんてことは今でも考えてしまう。たとえばそれは一つの私への配慮で、心配かけたくなかったからなのかもしれない。またたとえばそれは私なんてどうでもよく、数多のジャガイモのうちの一つだったのかもしれない。ただ忘れただけかもしれないし、もしかしたら別の私以外の女の子には言ったのかもしれない。
さっきあのぬいぐるみが言ってた通り、あいつは控えめに言っても、さっきまで何個も見てきた恒星のようにシンプルにかっこいい人で、私はその光を受けて過ごすような気分でいた。私とはずっと前からの付き合いになるけど、いつからかただの友達じゃなくなってたし、周りの女の子だって何人もあいつを好きになった。私とあいつが幼なじみで仲がいいっていうのを知ってか知らずか、私に「ねえ、告白してきていい?」なんて言ってきたのもいた。私はそっけなく許可を出していた記憶がある。そもそも私を通す理由がわからなかったし、好きな人ができるとみんなそうなるというがそういう人はもれなくかわいい感じなので、私に自信がなくなったのも事実だ。
でもその全部をあいつは受け入れなかった。
今でもその理由は知らない。なんで断ったのと聞いた回数は数知れない。それでもあいつは毎回適当にうなずくか流すかですぐ話題を変えてしまう。転校する一ヶ月前くらいにもそんなようなことがあったが、同じような反応。中高で女に困ることはなかったはずだが、いっつも彼女らしき人はいなかった。そのことは私を彼に対して脈ありだなと思わせるには十分ではあったが、それでも、この個人的な友達以上恋人未満とでも言おう接し方に満足している私もいて、結局どこにも踏み出せなかったのだ。もちろん彼女になりたいという思いも間違いなくあったが、それ以上に、一歩踏み出したあと関係が完全に変わってしまうことを恐れたのだ。彼氏としてあれを迎えてもよかったが、友達として接している時間もまた楽しかったからだ。
なんて……そう思っていたのは何かの照れ隠しかもしれない。テスト中暇なときとか、友達との待ち合わせの時とか、寝る前とか、とにかく片っ端から隙間時間にはあいつのことを考えていた。ならじゃああきらめて告ってこいよなんて心の中の悪魔は言ってきたりしたと思うけど、どっか遠くに行ったっぽいし、そう簡単に話せたら苦労しないっつの。メールだってしたよ? 20通くらい送って既読つかないんだからもう私は諦めたよ。まだついてないよ。毎日見返すもん。
覚醒していく意識の中、私はまーたこんな不毛なことを考えていた。まあ今日はそういう日だから多少考えるくらい許されるでしょう。なんせこの後会いに行けるらしいし。元気にしてるかな。彼女はできたのかな。私のことそもそも覚えてるかな。訊きたいことはたくさんある。言いたいことは特にない。
――起きてる?
と、ここでもう聞きなれた声が飛んできた。私はいつも通り目を開けずに答える。
「起きてるよ」
――最後の天体に着いたよ。早く目を開けて。今度は明るくないから。
珍しく急かすように言われて、私は両目をそろーっと開けていく。半分を越えたところで一気に開いた。
「ほんとに着いたの?」
――着いたさ。でも姿は見えないよ。見えたときには死んでるからね。
「どういうこと?」
見えたら死ぬ星……ああ、この神はついに中二病まで発症してしまったのか。インビジブルスター……ふふ。
――何か勘違いしてるみたいだけど、ほんとのことだからね?
「はいはい」
――目がやけに優しい! 勘違いしてるこの人!
ぬいぐるみが慌てる。私はそんなほほえましい姿を逃さず脳裏に焼き付けながら話を聞く。
――実は、この少し先に、ブラックホールがあるんだ。とある星が死んだときに、その質量の大きさからさっきの白色矮星ではなく、このようになってしまった星のことなんだけど、残念ながらその姿を視認できる範囲に入った瞬間に人はそれに吸い込まれてしまう。それどころか、ブラックホールは物や光、時間までも吸い込んでしまう。正確には時間の感覚が遅くなってしまうために周りとの単位あたりの時間に差が生まれてしまうということなんだけど……難しい話はわからないっぽいね。やめとくよ。
「最後にバカにしたね」
定期的にバカにしてくるよねこの神。なんだよ、そんなにアホか私。アホで悪かったな!
――すねちゃったよ……とにかく、近づけないからこうやって離れたところからしか説明できないんだ。じゃあ紐をあげるけど、次は何色だと思う?
「黒でしょ」
――さすがにそれくらいは気づいてたか。
青い星でで青をもらった。赤い星で赤をもらった。黄色い星で黄色をもらって、ダブル白い星で白をもらった。ここまで揃ったら四暗刻並みに役満だ。さすがの私でもわからないわけがない。
――じゃあ、短冊も渡すから一回地球に戻ろっか。
その一言を最後に、私の体は宇宙空間から消えた。
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