第4話 A型主系列星

 あーはいはい、ここでぐわんと来ます。そしてだんだん意識が復活してきて、そこで私が目を開けるかどうか一度悩みます。あっついなあ。私はまた目を開けるのを数瞬ためらった。目を開けてはならないという意識はどの星の前に突き出されても芽生えるものなのである。

 しかし、今度はいろいろ違った。

「すんごい明るくない?」

 ――じゃあ確認するために目を開ければいいじゃん。

「いや、なんか開けたら目がやばくなりそう」

 ――そうだね、それは正しい判断だ。

「じゃあさ、私はどうすればいいの? このまま目を瞑っているわけにはいかないんだけど」

 ――でも目を開けたら視力なくなるからね。

「怖いこと言わないでよ」

 ――まあ、大丈夫なようにはなってるんだけどね。こちらは神だから割となんでもできるんだ。

「うわ、なんかずるくない?」

 ――逆に生身の人間を宇宙に放り込んでも大丈夫なようにしてんのは神ならではの所業というか……美結ちゃんが今爆発も窒息もしてないことの方が普通おかしいと思うけどね。

 確かに言われてみればそうだ。人間は宇宙空間に放り込まれると血液が煮えるだとか圧力に耐えられず爆発するとか空気がないから窒息するだとかなんだとかかんだとかで死ぬんだって聞いたことがある。もっとも一瞬で死ぬことはないとか実はいろいろ耐えられるとかいうことも聞いたことがあるけど、一瞬どころか何分も何時間もこの空間に滞在している私はどうなってしまうのだろう。今こうやって宇宙服を着ないで生きていられるのもこの神様のおかげだと思えば簡単なのである。そして、そんなことができるのなら目を適当にいじくって光に強くすることも簡単なのかもしれない。

「じゃ、やってよ。私もそろそろまぶたがきつくなってきたから」

 ――はい。じゃあこれつけて。

「これ?」

 私が声のした方――光の方向とは逆の方向なので見ることができる――を見ると、そこにはサングラスに似たようなものが浮いていた。その奥に真顔――まあずっと同じ顔なんだけど――のぬいぐるみがこちらを見てきている。

「これは?」

 ――いやサングラスだけど。

「え、なんかこう、もっと神秘的なもんがあるんじゃないの?」

 ――この光に耐えられるんだから満足しなよ。特殊なやつだよ。特殊なサングラス。まあつけてみなって。

 なんなんだろうこのうさんくささは。わきあがる凄まじい数の疑問をとりあえず脇に置いておいて、私はサングラスを掴んでかけた。恐ろしくサングラス。ただのサングラス。

 ――目を開けてごらん。

 そう言われて、私は目を開ける。刹那、視界は凄まじい白光に包まれた。

「まぶしっ! これ、ほんとにサングラスなの!?」

 ――ほんとだよ。直視したら失明するのはほんとだから。それでもマシになってる方だよ。

 青白い光だ。私は少しずつ少しずつ目を開いていって、その全貌を確認する。やっぱりとてつもなく大きいその姿は、今が盛りとばかりに燃えている。その燃え方は今まで見た二つとは大きく違って、次から次へと、とどまることを知らずに延々と燃え続けていた。

「この星は、なんていう名前なの?」

 ――全天でもっとも明るい星だよ。

「一番明るい……あれ、それってなんだっけ」

 ――あれ、さっきの大三角トークでは普通に解答していた美結ちゃん選手、これはわからないんですか?

 煽りが激しすぎる。

 ――太陽より大きくて、別名はドッグスターだよ。はい、答えは!?

「いやわからんて」

 ――えー、なんだ美結ちゃん意外と頭あれなんじゃん。

「うっさい。もうちょっとヒント」

 ――普通一番明るいでわかるけど……じゃあ、おおいぬ座にあって冬の大三角の一角を担う星。

「シリウス!」

 ――正解。

「やったあ!」

 ――こんなに譲られてよく喜べるね。多少はいいにしてもそんな諸手を上げてガッツポなんて普通しないよ。恥ずかしくないの?

「……あんまり言うとあの星に投げ込むよ?」

 ――あー、脅迫っていうんだよそういうの。立派な罪だよ。私は法に守られている! 守られているんだああああ離して! ねえ離して! 首もとをつかまないで! 投球モーションに入らないでごめんなさいごめんなさいいい!

 振りかぶった右腕を下ろして右手の力を抜く。勘違いするなよ。たとえ神だろうと飼い主は私だ。

 ――はあ、危ない危ない。で、ここはA型主系列星のシリウスAだよ。全天で一番明るいんだ。地球からはずっと肉眼でもはっきりわかるくらいに明るい星として大昔から有名だった。特に航海においては北極星や南十字星などと同じようにコンパスがわりに用いられていたんだ。今でこそ街灯や家々の電気などで空は夜でも明るくなったけど、昔は電気なんて普及してないし、正確な地図や方位磁針が開発される前は、夜間の移動についてそういう不動の道しるべは重宝されていたのは簡単に想像できるでしょ。

 すごい饒舌に語るぬいぐるみさん。いつどこでそんな知識を得たんですか? 話してるのはぬいぐるみの姿形をした神なの? それともぬいぐるみ自身? もし後者なんだったらテストのときとか教えて欲しいんだけど。カバンに滑り込ませよっかな。

 ――もう一ヶ所、連れていきたいところがあるんだ。近いところだよ。

 ぬいぐるみはそう言うと光に包まれた。私の視界もまたいつものきらびやかなものに置き換わる。


 ――着いたよ。

 激しい違和感が私の閉ざされた瞳の中にも伝わってきた。今までの三つとは明らかに違う感覚。私は珍しくすぐに目を開けた。

「暗い……暗いよ、ここ」

 ――おかしいなあ、目の前に星があるのにね。

「え、どこ?」

 ――目の前っつってんじゃん。

 ぬいぐるみのバカにするような言い方はさておいて、私は前方に目を凝らした。一面の星空――空と言っていいかはわからないけど――の中に、さっきまで見ていたような光輝く恒星は見られない。

「やっぱりどこにもないよ星なんて」

 ぬいぐるみが若干困ったような表情を見せた気がした。はあ、というため息は確実に聞こえた。なんだよぬいぐるみの癖に。生意気だぞ。

 ――うーん、星っていうのはね、自分から光を発するものだけじゃないんだよ。たとえば美結ちゃんたち人間が暮らしている地球っていうのも、自分から光を放っている訳ではないでしょ? そういう風に、ほかにはたとえば土星や木星、小惑星や彗星、そして中性子星……あげだしたらキリがないくらいに、恒星以外に分類される天体っていうのはたくさんあるんだ。そして、目の前の星もそう。今はどの星の光も受けてないから見えにくいかもしれないけど、本当にまっすぐ向こうに、太陽と同じサイズの星があるんだ。360度どこにも星がたくさん輝いているように見えて、目の前には星が散らばってないでしょ? そこにある星はそれに隠れてしまっているんだ。

「太陽と同じサイズって結構大きいよね」

 ――うん、大きいよ。でももともとはもっと大きかったんだ。それが小さくなってこうなった。

「小さくなったって、どういうこと?」

 ――すなわち……燃料を使いきったってこと。この星は白色矮星といって、いわば死んだ星なんだ。名前をシリウスB。さっき見た全天でもっとも明るい星はシリウスAだったけど、この星はその伴星なんだ。つまり、兄弟みたいなものだね。今はその片鱗すら見せないけど、昔はBの方が大きかったんだ。

「え、星って死んじゃうとこうなるの?」

 ――そうだよ。星の最期ってのは数通りあるんだ。目の前にある白色矮星とかさっき出てきた中性子星、あとはブラックホールとか。質量によって異なるけど、星の未来は様々用意されてるよ。太陽はいまから何十億年も後に大膨張して、その後エネルギーを使い果たして同じように白色矮星になる。

 それは、輝きを見せていたさっきまでのシリウスとは違う、裏の顔のようにも見えた。今は姿が見えないけど、影として存在してるお兄ちゃん。それがこの星。

 ――今視認できるシリウスよりも大きいということは、もし今日まで輝き続けていたら、一番明るい星はシリウスBになっていたかもしれないね。そして、どんなに明るい星でも、最後にはみんなこうやって白く冷たくなっていくんだ。

 その言葉は、なぜかとてつもなく重く胸に響いた。

 ――少し変な話だったかな。まあとにかく、シリウスは二つとも白だし、あげる紐の色はわかるね。五色の短冊に向けて、あと一本だよ。青、赤、黄、白。もう一本の色知ってる?

「知らない」

 歌には「五色」とだけあるから内訳がわからない。何色の紐なんだろう……この旅にも慣れてきたのか、どこか楽しみ始めている私がいるが、もう1本分しか残ってないので、もっと早くそういう気分になっておけばよかったと後悔し始めてきた。こう思えるようになったのも慣れからなのだろう。慣れって怖い。

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