第3話 黄色極超巨星

 ――次のところに行くよ。

 青と赤の紐を持った私はそう言われるとまたさっきの感覚に陥った。酔う。さっきまでベテルギウスの前で浮いていたのとまた違う浮いている感触が全身を襲う。

 今度もまた一面壁のように広がったどでかい星の前に出てきた。

「あっつ!」

 ――相変わらず文句が多いなあ。

「いや文句も何も私が図らずも熱いところに晒されてるってだけだよね。私こんなところ来たいなんて頼んだことなかったよね」

 ――え? だって会いたい人がいるんじゃ。

「にしては遠回りしすぎなんだけど!」

 会わせてくれるなら直接会わせてくれればそれでいいんだよ。織姫と彦星が年に一回だけ会えるっていうプレミアムな日に私たち人間があやかって願い事を叶えてもらおうなんてそれは確かにちょっとおかしな話だけどさ、せっかく神さまだかなんだかが私の横にいるんだったら直に叶えてもらえばそれで十分なんだけど。

 ――まあまあそう怒らずに。これはなんていう星だと思う?

「また星の話? 地球、ベテルギウスと来て今度は黄色い星だけど」

 見たところどの星だか見当もつかない。まあ仮に見当がついたら私は天文学者か何かになってる。てか実際星の目の前に立った人間なんて私くらいだと思う。アポロなんとか号が上陸したのは月だけど、これはガチの燃えてる星だからね。

 ――ところでこの星、何かおかしいと思わない?

「おかしい?」

 ――そう。ちゃんと勉強してればわかると思うんだけど……どうかな。

「ちょっとバカにしてるよね」

 私だってこれでもなんとかそこそこの高校入ったんだから。何せ頑張らないといけなかったからね。

 ――してないよ。だって今の高校に入るとあいつと同じ高校になれるんだもんね!

「あんた知ってていじってるでしょ」

 そう。私は推薦で入学の決まっている彼の背中を追いかけてこの高校に来たのだ。

 ――あいつあいつって言ってるけど、そろそろ下の名前で呼びあえばいいじゃん。小学校低学年の頃から美結ちゃんを見てるけど、最初はお互い下の名前で、だんだん恥ずかしくなったのか名字呼び捨てになったよね。もっかい戻せばいいじゃん。

「今さら戻したところでねえ……まだ会えてないし、会えたら呼んであげないこともないかな」

 ――のろけてんねー。向こうにも彼女できてるかもしれないのにさ。

「え!? 彼女いんの!?」

 ――いやまだ何も言ってないけど……いるんじゃない? もう一年も会ってないなら向こうに何が起きたかわからないじゃん。見た感じかっこいい感じだし、むしろいない方が難しいんじゃないかな。

「確かに……そう言われればそうだけど……」

 ――でも、ほんとにどうしてるんだろうね。突然にいなくなっちゃったじゃん。あんだけ外から見ても仲良かった二人が何もなしに離ればなれになるなんて正直考えたことなかったよ。

 そこまで言って、ぬいぐるみは「さて」と一旦置く。声の質が一気に変わったんで、私は気持ちを切り替えて話を聞くことにした。

 ――目の前に広がっている光は何色かな?

「バカにしてんの? 黄色だよ黄色」

 ――そうだね。黄色だ。青でも赤でも白でもない、黄色。そして、さっき言ったおかしいところってのもその流れでわかると思うんだけど……どうかな?

「へ?」

 ――普通の星と違うところがあると思うんだ。

「違うところ……」

 いや、さっぱりわからない。自分で光を発する星は燃えているもの。目の前の星は同じようにわんさか燃えている。

 ――わかんないか……美結ちゃん。お星さまは何色でしょうか?

「色? 星の色は……黄色じゃないの?」

 ――そうだね。基本、みんなお絵描きをするときには黄色で描くね。でもさ、じゃあ理科の授業で習うお星さまの色って何色?

「理科の授業で?」

 ――例えば、夏の大三角とか、冬の大三角とかってのは、それぞれ何色してるの?

「夏の大三角……」

 夏の大三角といえば、デネブとアルタイルとベガのことだ。うちアルタイルとベガはそれぞれ今まさに起こっている彦星と織姫の伝説の元ネタとなっている星らしい。そして。

「確か、三つとも白かったよ。赤いのはその下にあるアンタレスだけだったような」

 ――詳しいじゃん。そのとおり。ちなみに冬は?

「冬はベテルギウスとシリウスとプロキオンで、色は赤白白だよ」

 ――正解。じゃあ目の前の星は?

「だから黄色だって……あれ? 黄色?」

 待て、黄色ってどっかで出てきたっけ。さっきまでの話では赤と白しかなかったけど……黄色?

 ――気づいたみたいだね。そう、黄色い星、特にこのサイズの黄色い星はレアなんだ。この星は名前をカシオペア座ρ星といって、黄色極超巨星に分類されるんだ。美結ちゃん、全天にはいったいいくつの黄色極超巨星が存在していると思う?

「え? 全天でしょ……数えきれないほどたくさんあるんじゃないの? 100や1000じゃないでしょ?」

 ――そう。100や1000ではないよ。7つだ。

「7!? 両の指で数えられるじゃん」

 ――そうだよ。星にとって黄色というのは温度が不安定であるということの象徴なんだ。実際、この星も燃えかたによって黄色の濃淡が変わっているよ。ちなみにこの星は寿命が短いんだ。それもこの星の区分の珍しさの一因かもしれないね。

 ぬいぐるみは一通り語り終えたのか、私の足元から見上げるようにしていた体勢をやめて、黄色く燃え盛る目前の恒星にその二つのつぶらな瞳を向けた。まるで意識を持っているかのように身体を動かすので、私はまた何とも言えない不思議な気持ちになった。寿命が短いらしいその星はいつまでも爆発を続けている。

 ――みんなが星だと思って描いていた黄色い星は、実は現存数の少ない星だったなんて、驚いちゃうよね。まあもっとも、光のなんたらかんたらで黄色に見えるのかもしれないけど、最初に星の色を黄色で描いた人は大戦犯だね。

 ぬいぐるみはそう言うと、私の肩に乗ってきた。手のひらサイズなので肩に乗るのもゆうゆうである。

 ――はい、この星の分。あと二本だよ。頑張って。

「頑張ってと言われても……」

 私がやりたくてやってる訳じゃない、という言葉は飲み込んだ。そういうことを言ってももう引き返せないし、なによりこのぬいぐるみがなかなかノリノリだからだ。どこからそんな知識を得てるの?

 私は黄色い三本目の紐を握りしめて、また転送のタイミングを待った。そろそろ慣れる頃だろう。

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