第2話 赤色巨星
うーん……ここはどこ?
こんなことを考えるのは人生で初めてだが、私はおそらく浮いている。いや、クラスの中での立場がとかではなく、物理的に浮遊しているタイプの浮いている、だ。
目を開けるのが怖い。どんな未知の世界が広がっているのか、神様ってのが出てきたし、願い事は叶うって言われたし、何より地球だからって理由で青い紐を渡されたり……あれ、なんで私これいろいろ受け入れてんだ? 普通何がどうなっても受け入れられないと思うけど。
まあいいや、従ってしまったものは仕方ない。変に断るよりよかったかもしれないし、ポジティブに行こう。手始めにまず目を開けてだね……
「てかなんか暗くない?」
普通、意識がある時に目を瞑っていても、外の光はなんとなく入ってくるものだ。たとえば部屋の電気をつけっぱなしで寝るときとかに、目の中に光がたまるみたいなことはよくあるが、今回は私が既に起きているのに、外から光が一切入ってこない。つまりここは真っ暗闇なのだ。怖い怖い。それと。
「くしゅっ!」
寒い。なんか知らないけど寒い。ブラウスの袖を肘の辺りまで捲っていたが、それをまた長袖に戻す。
いいや、いい加減に目を開けよう。始まらないからね。
私は、始めに右目を、次に左目を、秒速二ミリくらいのつもりで開けていった。そーっと、目の前に何があってもいいように。
「――は!?」
が、左目を半分開けたところで、私は両目をすぐに開けた。暗かったのだ。目を片方開けたら真っ暗の世界だし、もう片方開けはじめたら無数の星が全天にちりばめられているのが見えて、それでことのおかしさを実感した。
「ここはどこ……?」
どんなに考えを巡らせても、そのセリフしか出てこなかった。一人でこの世界に放り込まれたのだからそれは訳がわからない。
でもまあ、今日はいろいろ人知を越えた何かが起こりまくっても割と受け入れてしまう日なのであるからして、私はそうは呟きつつも割と落ち着いて辺りを見回すのであった。
で、首振りを左右から上下に切り替えたところで。
――お、見つかっちゃったね。
「ほんとにあんただったのね」
見覚えのあるぬいぐるみが足元にいた。
手のひらサイズのチワワはそのぬいぐるみという特性ゆえ表情を変えないのだが、今はそれでさえ究極の余裕のようにも見えた。
――ここがどこか知りたいようだから教えておくと、ここは見ての通り宇宙だよ。
「見ての通り、宇宙……」
――そう。宇宙だよ。特にオリオン座の近くかな。正確にはオリオン座のとある星の近く。ここからまだもうちょっとだけ離れてるけどね。
ぬいぐるみが喋ってるんだから私が宇宙にいたり星の近くにいたりしても何らおかしいことなどないのだ。言い聞かせろ私。
「なんで宇宙にいるの?」
――そうだね、短冊の紐はそれぞれの星から貰うからだよ。さっきは青色の地球。今度は赤色のベテルギウスだよ。
ベテルギウスといえば、小学生でも習う冬の大三角のひとつだ。赤くてとても大きいと聞いたことがある。
――なぜここに美結ちゃんを出現させたかというと、いきなりベテルギウスの前に召喚すると熱いと寒いの中間に位置してしまうことになって危険だし、何より状況がもっとわからなくなるから。ここは宇宙だとワンクッション入れることによって、それが幾分か呑み込みやすくなったでしょ?
「さあ……」
正直、今ならなんでも受け入れられる体になってしまっているので大丈夫な気がしている。
――じゃあ、行くよ。
また視界がブラックアウトする。
「あっついあっつい!」
次に目が覚めたとき、そこは灼熱地獄といっても過言ではなかった。さっきまで肌寒かった空間が嘘のように熱気に包まれている。目も開けられないほどだ。
――ここはベテルギウスの近くだよ。目の前に赤く燃え上がる星が見えるでしょ?
「目が開けられなくてわかんないよ」
――いやいやそこは開けてもらわないと話が進まないんだよ。時間もあるし、頑張って! 一年ぶりに会いたいんでしょ?
「えー……」
でもまあそう言われると言われた通りにせざるを得ないか。時間ってなんだか分かんないけどずるいやり口だわ。
「おー!」
目前に広がる赤い壁に、私は感嘆の声をあげざるを得なかった。燃え盛る炎はどこまでも高く伸びて、漆黒の闇を明るく照らす。360度どこまで見渡しても常に燃焼することをやめないその星からは、まごうことなき物質の神秘を感じられた。
――ベテルギウスっていうのは、脇の下っていう意味なんだよ。オリオン座の星々を線で結んでで何かをかたどろうとしたときに、それがギリシャ神話の狩人に見えたからオリオン座って名付けられたの。で、そのとき一つの明るい星が位置していたのがオリオンの脇の下ってことで、そのまんまの意味のベテルギウスって名前が当てられたの。ちなみにもう一つの一等星リゲルは「足の裏」って意味なんだ。
「そんな理由で名前つけられたの?」
――そうだよ。星の名前をつけるのは星自身であるわけではないし、見つからなければ名前もあてられない。一千万年近く巨体を輝かせているのに、ほんの千年程度しかその存在を固有のものにされず、かつ脇の下なんて名前をつけられるなんてことは、一種の暴力なのかもしれないね。だから、あいつって人との間に赤ちゃんができたときには、しっかり考えないとね!
「ちょっと! 着地そこなの!?」
――え? だってすごい真面目に考えてるから、純情乙女的にはそういうこと考えてるのかなーって。違った?
「全然ちがーう!」
そんな先のこと考えてないし! 赤ちゃんなんて……いやいや!
――顔赤いよ?
「うっさい! それはずるいと思います!」
――こっちの側に立ってみればいいさ。楽しいよ? 叶わない恋に奔走する、ああ青春って感じで。
「うるさい口はこの口ですか?」
私は足元のぬいぐるみを拾い上げると口のあたりを力一杯掴んだ。
――ひはいひはい! わわっら、わわっららら!
うわ、ほんとにこれがこの声の発生源なんだ。長い付き合いになるが 、今後こいつと普通に接することができるのか甚だ疑問だ。もしかしたらまた喋るんじゃないだろうかとか、この期に及んでまた黙り出すのもなんかあれなので喋り続けてもらいたいというか。いずれにしろ前と同じように接することはできない気がする。
――さて、のろけた話はこれくらいにして、本題に入ろうと思うけど。
「話変えたのあんたでしょうが」
ずるすぎるって。
――まあまあ。さっきは地球で青い紐だったね。今度は赤色の紐だよ。これは赤色巨星という、質量の大きい恒星に対して与えられる区分に属しているんだけど――まあ正確には大きすぎるので赤色超巨星とも言われているけど――地球でも赤く光って見えるこの星は、その星としての一生をもうすぐ終えようとしているんだ。超新星爆発っていって、寿命を終えた星は最終的に大爆発して、新しく生まれてくる星のためにエネルギーを遺すんだ。特にベテルギウスのように質量の大きな星は、またたくさんの星が生まれてくるためにたくさんのエネルギーを放出するんだ。
「え? この星、もう死んじゃうの?」
――簡単に言えばそういうことになるね。でも、死ぬってのは全てを失うものじゃないんだ。それだけは忘れちゃいけないよ。
その声は、静かな暗闇でも、しっかり響いた。
――あ、これあげておくよ。二本目ね。運命のなんとやらってやつだよ。
私の手のひらに、赤い紐が現れた。運命のって……こいつちょっと楽しみすぎじゃない?
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