第7話 天の川

 気がついたときには、私は病室の廊下にあるベンチに腰掛けていた。目の前にはぬいぐるみと白崎さんがいた。白崎さんはもう泣いていなかった。むしろ私がボーッとしていることを気にしていたようだった。

「……あの、私」

「いいのよ。来てくれただけでいいの。神様に言われたならそれでいい。事実、あの子も最後に美結ちゃんがいなかったら目を覚まさなかっただろうし」

 脳腫瘍だそうだ。一年前突然転校したのは実は転校ではなく入院であり、携帯はサイレントマナーにしていて家族が見つけられなくなってしまったという。

「ごめんね、何にも連絡できなくて」

「いえ、いいんです……最期に立ち会えたので、十分です」

 私はそう言うと、ぬいぐるみと目を合わせたところで一つ気づく。

「これなんですけど……」

 ポケットから短冊を取り出す。五枚のうち、白と黒を除く三枚があった。多分下の名前と会いたいは叶えるために神の方で燃やしたんだろう。

「短冊?」

「はい、これを棺に入れてほしいんです。燃やすと叶うらしくて」

「あら、そうなの……『料理ができるように』って、もしかして誠に美味しいご飯つくってあげる予定だったの?」

「えっ、それは……そこまでは」

「でも、好きだったんでしょ?」

「あ、はい……目の前で言っちゃいましたよね」

「うん、聞いてたよ。誠も嬉しかったと思う。いつ以来? お互い美結とか誠とか呼んだの」

「いつですかねー……」

 やばい、この人までいじりに来たぞ。私こういうの苦手なんだけど……

「わかった。じゃあ、一緒に入れておくね」

 白崎さんは笑顔でそう言うと、どこかへ行ってしまった。私は目の前のぬいぐるみに話しかける。

「ありがと、会わせてくれて」

 返事はない。

「まさかこんなことになってるとは思わなかったけど、言うこと言えた。ありがとね」

 返事はない。

「え、神様このタイミングで帰ったの?」

 脳内にダイレクトに伝わってきたようなあの感覚はもうない。織姫と彦星はまたいつもどおり監視生活に入ったようだ。かわいそうに。

 病院の大きな窓から、夜空が見える。7月7日、珍しく雲ひとつない空には、金銀の砂をばらまいたような満点の星空に天の川まで見える。その星の群れを挟むように二つの星が輝いていた。どんなに輝いている星でも、いつしか光を届かせることができなくなる。私は今日見た五つの星や天体のある空と、足をつけている地球を交互に見て、神様が言わんとしたことをぼんやりと感じながら、病院を後にした。

 お星さまきらきら。金銀すなご。

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織姫クエスト 奥多摩 柚希 @2lcola

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