第3話



 汝、健やかなる時も、病める時も、変わらず伴侶を愛することをここに誓いますか?


 結婚式を挙げたことがないのでわからないが、確かこんなことを誓ってた気がする。ドラマや漫画の知識だけど。式を挙げたわけではないけど、わたしは結婚するときにそれぐらいの覚悟はあった。

 だから彼のことを愛しているし、できるだけ彼のために何かしたい。

 そんな彼が苦しくて死にたいと言うなら、そうしてあげたいと思う。家族でもなく、妻であるわたしに言ってくれたのはうれしいと思う。

「できるだけ楽に死にたい」

 彼は拗ねるように言った。

「まあ……そうだよね」

 思いつくのは睡眠薬だ。たぶん一番楽に死ねるだろう。

 ネットや図書館で、いろいろと調べてみる。

 まずわかったのは簡単に手に入らないこと。輸入して手に入れることができたとしても、自殺に使うほどの危険なものは手に入らない。入ったとしても案外、睡眠薬というのは呼吸ができなくなり苦しんで死ぬことになるということがわかった。

「……そうか」彼に話すと、残念そうに肩を落とす。

 ならばやはり飛び降りか、首を吊るか。そこらへんがまだマシに思える。

「いや……ちょっと」

 想像してか彼は顔を青くする。

 いくじがない彼にはやっぱり難しいだろう。

 焦りだけが募っていく。日に日に彼は苦しそうに弱っていく。彼のおばさんなどは、それを見ながら泣いて震えていた。それを見ると胸がきゅうきゅうと締まる。

 素人ながら一生懸命、彼を殺す方法を考えた。

 そして結論を出す。

「真澄が決めたんなら」方法を聞かず彼は納得した。



 昼と夜が混在する空の下、車を走らせる。

 街から1時間も走らせると人もいない山奥へと入っていく。後ろの席から、彼の荒い呼吸が聞こえる。ミラーから顔色を伺うと、真っ青でまるで幽霊を乗せているみたいだ。

「もうすぐ、ここを登ったら着くから」

 声を出せずに彼は少し微笑む。

 いつのまにか陽は暮れ真っ暗に、静かで誰もいない景色はまるで世界にわたし達しかいないように思える。今頃、病院ではたいへんな事になっているはずだけど、凄く遠い世界ことのようにしか感じられない。

 山道の大きな道から外れ、車でもギリギリ通れる小道を走る。ゴトゴトと揺れる振動が、彼の命を削ってしまわないか、それだけが心配だ。

 そしてやがて見えてくる真っ黒な廃墟。

「生きてる……?」

『なんとか』擦れる彼の声。

 肩をかし廃墟の中へと入っていく。昔ホテルだったと思われる建物の階段を上がっていく、建物は真っ二つに崩壊していて、そこから外が剥きだしになっていた。

『おお……』

 そこから見える景色に彼は声を上げた。

 山から見下ろす街が左手に、そして右手には海とその周辺の工場と工業船が様々な光を灯している。

「こっち……」

 肩を貸しながら二人で奥へと歩いていく。一番景色が綺麗に見える場所だ。そこにはわたしが用意したキャンプなどで使う空気で膨らむベットマットが置かれている。

 ビュウビュウと風の音が心地よく、ヒュウヒュウと彼の喉の音が耳障りだ。

「これ、飲んで……」

 ベットに彼を寝かすと薬と水を渡す。

『……こ、これで?』擦れた声。

 不安と期待を混じらせた眼差し。二人でさんざん調べ、毒薬や死に至る睡眠薬を手に入れるのは不可能だと知っての反応だった。

「ううん、これはただの安全な睡眠薬。これで死ぬことはできないよ」

 縋るような顔をされる。よっぽど苦しいのだろう。

「それで寝むったら、わたしがこれで殺してあげる」

 鞄から包丁を取り出す。それは月に光って、とても聖なるもののように思えた。わたしは知らず涙を零しながらベットに上がる。

「だからその……眠るまで一緒にいよ?」

 彼は戸惑いながらも頷いた。トクトクと心臓が高鳴る。わたしはそのベットの上で服を脱いでいく。裸のわたしを見て、彼は顔を横に振った。

 きっとわたしの想いに答えられないって意味だろう。もう女性を抱くことができないことくらい、わたしだって理解している。

「いいの……ただ、肌を重ねたいだけなの。それくらいならいいでしょ?」

 返事をなど聞かずに、彼の服を脱がしていく。そして青白い肌に身体を合わせる。冷たい彼の体温は元からなのか病気のせいなのか。

 自分の体温を彼に移す、そのことに悦びを感じる。彼に生命のようなものを吸われている気がするし、また与えているような気にもなった。

 互いの体温が重なると、わたし達は笑い合った。

 そこから彼が眠るまで昔の話をした。

 幼い幼い頃の話から最近までの話。ほとんどわたしが喋っているだけだけど、彼もちゃんと相槌を打ってくれる。そして空が少しだけ朝を覗かせた頃、彼は静かに眠りについた。

 安らかに見える彼の寝顔を眺めて、わたしはベット脇に置いた包丁を握った。














       とある地方新聞から抜粋


夫殺害容疑、自首した女逮捕 

神戸市山中にて3日朝、20代の男性を殺害したとして、兵庫県警はその妻である無職佐々木真澄容疑者(28)を殺人容疑で緊急逮捕し、発表した。容疑は全て認めているという。捜査関係者によると、佐々木容疑者と殺害された夫である男性とは最近互いの両親や知人などには知らせず籍を入れていた。

2日夜佐々木容疑者は男性を神戸市の山中まで連れ出し、そこで睡眠薬で眠らせ、用意していた包丁で男性の胸を突き刺すなどして殺害した疑いがある。

佐々木容疑者は6日午後6時45分ごろ、地元である加古川警察署を訪れ自首したという。供述に基づき県警が神戸市の山中を捜索したところ、男性の首なし遺体が発見され緊急逮捕となった。

また佐々木容疑者は用意してあった包丁で殺害後男性の首、15センチを切断したとされ、その行方に関しては口を閉ざしている。

  

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15せんちcmセンチ 見る子 @mirukosm3

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