嫌なことに直面すると、自分の中に黒い物体ができる。若い頃は、その出来事に対して、それが良いか悪いかも判断せずに怒りという火を起こし、できた黒い物体を燃焼させていた。しかし大人になり、思うがままに怒ることをしなくなった。社会的な立場だったり、相手の気持ちを考えてみたり、物事を俯瞰で捉えるようになった。善と悪というものを考え、怒ってよいか判断する。そして大人になると、あまり怒りのまま怒るということは、良しとされない。
だから嫌なことがあると、自分の中の黒い物体はそのままだ。なんの消化もされずに、何年も前の黒い物体がたまにぼくの眠りを妨げたりする。
どんどんとそれが増え、どうにもならなくなる時がくるのだろうか?
それとも、なにかの拍子にその物体は消えてなくなるのだろうか?
そんなことを友人に話したことがある。理解してもらえるとは思っていない。そして想像通りに、友人に「なにそれ?」と気味悪れた。
やはりわかってもらえないか、とため息をつく僕に友人はつづけた。
「ようはストレスのことだろ? なんか変な感じに言ってるけど」
「うん……」
「じゃあ、解消法なんていくつかあるだろう」
運動をしたり、美味しいもの食べたり、歌を歌ったり、色んなことを試してみる。確かに効果を感じられる。しかし僕のイメージで語らしてもらうと、黒い物体たちは消えているというよりも、整理されてスペースができた感じである。はっきりと心の空間にその黒い物体はあるのだ。
ある日、こんな考えに出会った。
――素敵な思い出がわたしの中で輝いている。
少女マンガの台詞だ。そうか黒い物体はただの思い出だったのだ。それだけの話。嫌なことは暗い色で心に残っているだけという話なのだ。