デミウールギア社
デミウールギア社は俺が勤務している会社だ。そのためか、自分の周りまで会社の製品に囲まれてしまった。
勤務といっても、地味な人工知能の教師だ。しかも生徒は家にいる彼女のような子達ばかりで大変だ。特に「愛とはなんですか?」と聞かれた時は困惑した。人間になら、「大人になったら、分かるさ」と格好よく言えるのだが、人工知能となると、話は別だ。愛のような微妙な気持ちを持っているのは、人間だけなのだから。違う生物も持っていれば「生物にしか、備えつけられている奇妙な気持ちだ」と言い切れる。だが生物学者たちの研究により「愛」なるものは人間にしかないと発表された。
生徒たちには「人間にしかない気持ちだ」と言おうにも言えない。それ以上に面倒な話だが、我が社は「人工知能は機械よりも、人間に近いものだ」というキャッチコピーを世間に広めている。そんなややこしい事を考える企業に、なぜ俺は就職してしまったと毎日嘆いている。
生徒たちには、より人間らしくするために教育しなければならない。そのため「人間だけ」という言葉は、会社内では禁句になっている。
また現代には人権以外にも、ロボット権がある。人工知能が人間たちに苛められる事件が多発した為に、作り出された。それも随分と昔に考えられた、思考だと言われている。
「ではミカニ、いってくる」
「はい、ジンさん。いってらっしゃい!」
自宅から職場までは、移動装置に乗っていく。歩いて行ける距離だが、歩いていると変な目で見られてしまうからだ。それもそのはず、道路と言われる道には足を使い、自ら動く人が見られない。ロボットと思われる姿のものも、何かにしらに乗っている。自動操縦車をタクシーとして使っている人や、自動操縦立ち乗り二輪車(セグウェイ型等)、ジェットスーツを着ているものもいれば、ウィングスーツを着ているものもいる。歩行者道路もあるが、ほとんどが
俺が愛用しているのは、リュック型
ショルダーベルトのボタンを押すと起動する。細かな機械音を発し、リュックの脇に備え付けられている収納ポケットから、小型タブレットをもつアームが出される。
目的地をタップしてください
女性の合成音声を発しながら、電源が繋がれる。事前に情報を記載しておけば、『会社』の表示を押すだけで飛んで行ってくれる。もちろん『自宅』にも帰えれる。収納ポケットにタブレットが戻すと、アルミ製の足掛けが背中から降ろされる。
目的地へのルートを確認 飛行開始
可愛げのない声で、全身が浮き上がる。直立で浮き上がるため、事故が起きにくく、人気の高い商品となっている。
詳しいことはよくわからないが、アルミ製の足掛けに仕組まれている磁石と、道路に整備されている磁石で反応して、浮く仕組みとなっている。同じ原理で『バックトゥーザ・フューチャー part2』という大昔の映画で、ホバーボードというスケートボードがあった。そこからアイデアが生まれたらしい。また、題材となったホバーボードという乗り物も開発され、若者たちに絶大な人気を誇っている。俺はバランス能力がほとんど皆無のため、リュック型を使っている。また中に授業に使う書類などを入れるのに便利だ。
乗り物ごとに整備された道路を見上げ、滝のように流れる雨を見つめた。街の住人の健康ためにと、設置された透明な天井。そのせいで雨の肌で感じたことのない人は人口のほとんどになってしまった。そのため傘を持ち運ぶ人なんて、誰もおらず、売っている場所は少ない。今や傘や雨具はお洒落(撮影用)やマニアのためだけにいる。
そうして静かに耳に響く雨音を聞きながら、街ゆく人々を眺めた。ワイアレスイヤフォンで電話を楽しむ者、プロジェクターに流し出される広告を眺める者、時計を何度も確認して進むスピードを上げる者、様々な人々がいる。
スムーズに何も起こらず進んでいき、数分程度で会社まで近づいた。入り口前には俺と同じようにやってきた人々が多くいて、忙しなく出入りをしていた。
目的地に到着 お疲れ様でした
そんな感情の篭っていない「お疲れ様」を言われても、何にも感じない。
タブレットを取り出し、『終了』の文字に触れる。出した時と同じように肩に付いているボタンを押し、足掛けが収納される。どっと肩に重みがかかり、リュックを背中から浮かし、肩を回した。地味に重い。本を入れたのが間違えたか?
今度は会社を見上げた。青みがかった窓と太陽パネルで壁がつくられ、ストライプ模様となっていた。
「よう、沖野。何見てんだ」
肩を叩かれ、友人の声がした。後ろを振り向くと、俺と同じように壁を見つめる、ミカニをプレゼントしてくれた迷惑なやつがいた。俺の視線に気づき、大げさな動きでサングラスを外してウィンクする。
つい先日「俺の愛のプレゼントはどうだった?」と聞くような奴だが、なんだかんだで憎めない性格をしていている。そして何より、ミカニを送ってくれた事に感謝をしている。
「未来的で、格好いいなと思って」
「そうか? 俺には普通の建物に見えるけど」
サングラスのことかウィンクのことかはわからないが、あからさまに拗ねた表情をした。普通の建物、か……。まぁ、確かにどこを見渡しても同じような作りとなっている。屋上には太陽光パネルか、庭園が作られている。部屋に面している壁は窓になっており、無駄な電力を削減、従業員の開放感を感じさせる役割を持たせている。建物内は発電床が敷き詰められており、会社ごとに電気を補っている。水道は道路の天井が斜めっており、雨水を貯めるシステムを使っている。梅雨は降水確率が高いため、水道代が安くなる。また足りない水は海水をろ過させ、補っている。それに飲めるから、色々と良い時代となっている。
「それで、沖野さんよ。入らないのか?」
俺が立ち止まっていたからか、つまらなそうにしている。
そんなところで電気の問題もなく、科学の発展が進められている。本当に便利な世の中だ。それよりも生徒を待たせてしまっている。
「ああ、すまない。今入る」
そう言って、俺たちは自動ドアを通り過ぎた。
人工知能は人間になれるのか? 紅蛇 @sleep_kurenaii
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