未来からの授業
彼女
今日から、未来がどうなったのかを伝えるために記憶録画機能をつけた。
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昨日は徹夜したせいか、頭の調子がおかしい。ぼーっとするような、冴えているような、そんな感じだ。仮眠を二時間ほど取ったせいだろうか?
「ジンさん、朝食の準部が整いました」
一週間前に友人から、プレゼントされた彼女の声がする。「彼女をプレゼントされる」そういうと卑猥に聞こえるが、いたって健全だ。彼女は人間ではなく、ロボットなのだから。機械だが、自我がある。インターネットと人間が教えた情報で、彼女の知識が増やされる。だからネットをシャットアウトさせたら、彼女は無知になる。彼女は人工知能だ。
「ジンさん? 大丈夫ですか?」
機械を家にあげるのは、どうも嫌だった。それでも友人からのプレゼントなら仕方がないと思い、貰った。だがこれほど人間らしい姿をしているとは思っていなかった。
この家の主人、
「起きてますか? コーヒーが冷めますよ」
可愛らしい声がドアのそばまで近づいていた。
「あぁ、起きてるよ。すまない」
仁はこれ以上返事をしないと、彼女が部屋に入ると思い、返事をした。扉の向こうの気配が無くなっていた。ホッとして、頭を抱えてながら天井に向かって声を発した。
「スーツを着せてくれ」
部屋に仁の声が響く。
数秒後、
「畏まりました、ジン様。ネクタイのお色はチェック、
「紺色を頼む」
平然とその声に回答する。現代のマンションには、人型ではないものの、人工知能が搭載されなければならない法律になった。家の防犯セキュリティにもなり、住人のもしもの為だという理由だ。
機械が苦手だった仁は、人工知能が搭載されていない部屋を探したが、ヒットした物件はなかった。最初の頃は緊張して馴れなかったが、自分に害がないと思い込む事にし、自我がない物として扱うようにした。彼女と同じ人工知能だが、最初から搭載されているものとは違う。この人工知能は会社が与えた命令に沿って動いている。それに引き換え、彼女は自由だ。
ウィーン ウィーン ウィーン トットットット ウィーン 完了
天井の中央に縦横五十センチほどの穴が開かれ、ロボットアームが出てくる。ロボットアームとは言っても、マネキンのような人間の手の姿をしている。指一本一本が繊細に作られ、リアルを追求するためか、必要のない爪までデザインされている。試しに一度触れてみたが冷たく、如何にも「機械に触れてます感」があったため、残念な気持ちになった覚えがある。
自分の周りで四本のロボットアームが動き、腕にシャツとスーツの袖を通される。
プチ ウィーン プチ ウィーン プチ ウィーン ボタン完了
最後のシャツのボタンを止められることには、ほとんど着せ終わっていた。昔の人たちにこの様子を見せたら、どうして自分で着ないのかと疑問に思われるだろう。その答えは、やり方がわからないからだ。小さい頃は自分で服を着るのではなく、母親に着せてもらってただろう。それと同じで、現代の人間は服の着方がわからないのだ。見よう見まねで機械と同じように、服を着ようとしたことがある。結果は思った以上に駄目だった。袖を通すのはできても、ボタンがうまくかけられないのだ。よくあの小さな穴にボタンを器用に入れられたな、と昔の人に感心した。それよりも、一番難解だったのはネクタイだった。適当に結んでみたができず、調べてやってみたが失敗。
現代の人間は、機械がないと駄目になってしまった。
「ジン様、完了いたしました。今日は雨が降るとのことです。折り畳み傘を鞄に入れときました」
建物から出ないから傘は要らないと思ったが、会話するのがめんどくさい。朝から機械と会話するのは、精神的に疲れる。とはいっても、これからもっと面倒くさい機械たちと喋らなければならない。
シワ一つないスーツに、隈ができている顔。我ながら自分らしい。
仁はベットの脇に置いてある鏡に写っている自分を眺めてから、扉へと歩き出す。ドアノブも、鍵穴もない。近づくと、自動で開くようになっている。また近くに行かなくても、CC1に「開けてくれ」と唱えると、開けてくれるシステムにもなっている。
CC1とはこの家に備え付けられている、人工知能の商品名のことである。スーツを着せてくれて、傘まで用意してくれる(必要ないが)、頭のいい子だ。
流石はデミウールギア社の発明した、セキュリティAIだ。
寝室を出るとコーヒーとトーストの香りが立ち込めていた。頭が痛くなる。
「頼むから料理を作ったら、部屋を換気してくれ」
料理をするのは原始的だ。世の中は料理しなくても、平気になっている。その理由は調理し終わったパックを食べるのが支流になっているからだ。これもまた、機械が工場で作ったものである。しかもCC1がレンジでチンしてくれるため、温かい。だが、正直言うと彼女、ミカニの手料理の方が美味しい気がする。そう、気がするだけだ。彼女は人工知能で、ネットから作り方をダウンロードできるのだ。そのせいできっと、彼女の料理が上手いのだ。そうに違いないだろう。
「CC1さん、換気してくれますか?」
自動で換気してくれるはずだが、彼女は料理を作る時は換気システムを切る。一度彼女になぜ換気しないか、と聞いたことがある。彼女はきょとんとし「私の身体は機械ですが、視覚、聴覚、味覚、嗅覚は人間と同じになるように作られてるんですよ。だからネットを通じて料理を作るのではなく、私の持っている五感を使って調理したいんです」とドヤという効果音が出そうな笑顔を見せた。
彼女は変なロボットだ。
「五感を使って料理をする」現代にこのような、言葉を聞くことはそう相違ないだろう。今の世の中は「如何に科学を使って料理をする」のかに変わり果てている。未来的なはずなのに、彼女は過去的だ。過去的という言葉は存在するのか否か、彼女は人間っぽいのだ。しかも、実に古風な人間だ。
換気システム作動 ビィイイイイン ビィイイイイ ビィイイイイ 換気完了
「よし、これで良いだろう」
まだ頭の痛さは残っているが、マシになった気がする。リビングダイニングへ向かうと、朝食の並んだテーブルと、その横に立っているエプロン姿の彼女がいた。笑いがこみ上げてくる。これじゃあまるで愛が溢れる、新婚夫婦の朝みたいじゃないか。あとは彼女が「おはよう、ダーリン」と駆け寄ってきて、頬にキスをやってきたら完璧だろう。まぁ、そんなことは嫌だが。駄目ではなく、嫌なだけだ。今の世界では機械と人間が結婚できる。奇妙だが、現代の法律はそれを許可している。そのため俺が彼女と結婚することも可能だ。いやいや、それはない。断じてないだろう。
「ジンさん、どうしました? 笑い出したかと思えば、急に真っ青になってますよ。今のあってます? 変な言葉ですよね、顔は真っ青にならないっていうのに。あ、それよりもコーヒーが冷めてしまいますよ!」
心配したかと思えば、質問してくる。そうして答える暇もなく、手を引かれ椅子に座される。忙しい子だ。俺は君とは違って、すぐに考えられない。考えられたとしても、起きたばかりで頭が冴えない。でもそんなことを彼女に言っては可哀想だと気遣い、「いや、なんでもない」と疲れた微笑みを見せた。
「そうですか……。まぁ、いいでしょう」
眉を八の字にさせていたがき直ったような表情を見せる。機械だと知らされていなければ、人間だと思い込んでしまいそうになる。人間の俺よりも表情豊かだろうな、彼女は。
いけない、朝食に集中しなければ。
「今日も美味しそうだな。じゃあいただきます」
二人用のテーブルに、食事が一食彩られている。アメリカへ留学に行った時にもらった、日本では売ってないような大きさのマグカップ。それの中になみなみ注がれているコーヒー。マグカップにカジノの看板に"LAS VEGA"とネオンサインで書かれたイラストを見つめる。妙に懐かしく思ってしまう。手に取って、近くで眺めるとずっしり重いくせに、チープな印象を与える。一口飲む。飲む前からわかっていたが、香りが強い。ん? いつもより強い気がする。
「おっ! 気づいたようですね、ジンさん」
マグカップから顔を上げ、彼女の方を向く。左手をチェックマークの形にさせ、顎の真下でポージングさせている。右手は腰にあて、仁王立ち。はぁ……。このロボットは何をやってるのやら。
「実はそのコーヒー、私が焙煎して、クルクル汗水流しながら挽いたんですよ!」
感心だ。料理をする以上に原始的だ。まさかコーヒーを作るなんて。将来は畑でも作る気か。
「凄いな、いつもより美味しい気がするぞ。けどな、汗水流しながらは汚いと思う」
褒める。人工知能は褒めると伸びると言われている。昔までは教育評論家は人間にしかこれは発揮されないと言われていたが、近年は人間以外の生物にも発揮されると発言した。人間以外というのはペットで愛されている犬や、猫などの生物だ。だが、「褒める」ことは生物外の人工知能でも使えるというのだ。しかも人間よりも発揮されるという。
「いやだな、ジンさん。褒めすぎですよ」
ほらな、彼女も満更でもなさそうにしている。さっきまでしていたポーズを崩し、ぺちぺちと俺の肩を叩き始めた。痛くはないが、地味にイラっとくる。すぐにやめさせ、朝食を取り始める。いつもと同じメニューだが、コーヒーのおかげか、今日は特別に感じる。
朝食を完食し、彼女に片付けるようにいう。最初は自分だけが食べて、彼女が俺を見つめることに不快に感じた。まぁ、彼女は機械だし食べる必要はない。エネルギーは電気だ。それも彼女とは別に、電気を蓄える機械を持っている。その電気をワイヤレスで彼女とテザリングさせ、自分を充電できる。その機械は人工知能ではないが、電気は管理システムが搭載されている。これもまた、デミウールギア社の開発された商品だ。何だか先ほどから同じ事ばかり考えている気がする。
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