キャッチコピーに「万年筆という魔性」とありますが、
この作品そのものが「魔性」を持ったエッセイであると、声を大にして言いたい。
そもそも万年筆を使用するのに「向き不向き」があることをはじめ、
購入前に気をつけるべき初歩の時点から「沼」と呼ばれる深いところまで、ご教示いただけます。
長所だけでなく、短所についても書かれています。ペンも紙も、いまや電子媒体を含め数多くの種類がある時代。
その中で敢えて「嗜好品」に近い扱いになっている万年筆を選ぶということ。
たぶん、この方に薦められたら買ってしまうでしょうが、それも「勢いで買って埃を被らせるのは止めてほしい」と釘を刺しています。
大切な出会いで後悔しないように、満足できるように、細部まで気を遣った書かれ方をされていると感じました。
文章からひしひしと伝わる、万年筆(及び、紙やインクといった筆記具全般)に対する愛情。
熟練のエキスパートでありながら、熱心なファンでもあるんだなあ、本当に楽しそうだなあと思いました。
知識も必要なのでしょうが、一度も使ったこともない人に魅力を伝えるには、それに関する生きた感覚が必要なんでしょうね。
私も万年筆を一本だけ持っています。
営業の仕事に就いたとき、「安いボールペンだと格好がつかないな」と思ったのがきっかけで、万年筆に詳しい友人に相談をして購入しました。
WATERMANのカレン。流線型がとても綺麗な万年筆です。
買ったばかりの頃は意味もなく文字を書きたくなり、インクの補充をしたいがために早くインクが減らないかな、なんて思ったりもしました。
不思議なもので、身に付けるだけで仕事に張りが出たような気さえしました。
作者さまがエッセイのなかでこう語っています。
『万年筆を出し入れする所作に始まり、動作が一つ一つ洗練されていった。万年筆は見事、荒々しい高校男子を矯正したのだ。』
何か一つ、大切なものを持ち歩くことで、日々の所作さえも変わっていく。
仕事が忙しくなるにつれ、いつからか忘れてしまっていました。
数年ぶりに、大事な相棒を机の奥から起こしてこようと思います。
万年筆。それは作家を少しでも目指した人ならば、憧れの文房具である。しかし、学生や収入の少ない人にとっては高嶺の花。今は子供向けに小さな万年筆も売られていて、万年筆のマネが出来るとして、発売当初は売れ行き好調だった。
小生は大学時代に、老舗の文房具店でアルバイトをしていた。万年筆はレジカウンターの鍵付きのガラスケースに並んでいた。小生も万年筆には憧れていたが、その値段に愕然としていた。そんな中、何と、一本五万もする万年筆が一本売れた。驚いた。どんな人が買うのかと思えば、きっとこの作品の作者様のような方が買うのだろうと思った。
万年筆は作中にあるように一般の人にとって管理や手入れが難しい。しかしそんなことも苦も無く行える作者様のように、万年筆愛にあふれた方ならば納得です。皆様もお気に入りの執筆道具をお持ちのはず。
この作品に触れて、もう一度自分の執筆作業を振り返るのもいいかもしれません。是非、ご一読ください。
PC・スマホ時代になって、めっきり文房具にこだわる人も減った中、その雅なこだわりが実によく味わえる一編である。
単純によく知らない万年筆の世界について知識を深められることもさることながら、万年筆へのあふれる愛情を、まさに万年筆で書いたように端正かつつややかに綴られた文章の感じが、読んでいて実に気持ちいい。
まさにエッセイとはこういうものだ、と思わされる。
「メンテナンスを文章で語る意義は薄い。動画を参照するのが一番である」と言うほど、基本的には「機能的」な部分の紹介に終始しているはずなのに、その独特な味わい深さは、さながらよくできた紀行文を読んでいるかのよう。
「ペン先は深淵な万年筆の世界でも特に奥が深い。とにかく金でできた万年筆が持つ夢のような書き心地を堪能することなしに死んでしまうのは勿体ない」と言われれば、なるほどそういうものかと思わされる。
万年筆を持つだけでこういう気品をまとえるのなら安いものなのだが……。
もっとも、その「万年筆を持つ」ことが一筋縄で行かぬことを教えてくれるのも本作なのである。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)