ワケあり物件/There is a certain reason a piece of real estate
長束直弥
掌編ホラー
ワケあり物件
「この物件、随分安いですね。〝ワケあり物件〟じゃないんですか?」
「いえ、別に〝ワケあり物件〟ということではないですよ」
この春、希望する会社の内定が決まった僕は、通勤に便利な場所ということで引っ越し先を探していた。
たまたま通りがかった不動産屋の店先に貼られていた物件広告のチラシの中に、目に留まった物件があった。
店内に入るとの主人は吹かしていたタバコを消しながら、笑顔で僕を迎えてくれた。
「新築のように綺麗で、この間取り。しかも立地条件もそれほど悪くはない。願っても無いほどに好条件の物件なのですが、これだと反対に何かあるのではと疑ってしまいますよ」
「お客様。そう何ごとも悪く勘ぐっちゃダメですよ。お客様がツイているだけです。たまたま空きが出たタイミングでいらっしゃったから……、ここで決めないと、すぐにほかの人に決められてしまいますよ」
「ええ、それはそうだとは思うのですが……、それにしても、このあたりの相場としては格安ですよね」
「そうでしょう。こんないい物件、何処に行っても滅多に見つかりませんよ――どうです。お決めになりますか?」
「……いや、もう少し考えさせてください」
「取り敢えず、手付け金を払っていただけると、私のほうでこの物件は押さえておきますが……」
「その前に物件を見せていただけませんか? 決めるのはそれからでも……」
「ええ、それはそうしたいのですが、今みんな出払っていて、今ここには私一人しかいないもので、申しわけありませんが、目的地までの地図をお渡ししますので――」
「ああ、わかりました。僕一人で行ってみます。でも、部屋の中は見られないのですね?」
「申し訳ございませんが、鍵をお渡しすることはできませんので……」
「そうですか……、仕方がないです。それでは今からでも、その物件を見に行ってきます」
こぢんまりした二階建ての不動産屋を出ると、その地図をたよりに僕はその物件の下見へと向かった。
しかし、地図上に示されたあたりをいくら探しても目当ての物件は発見できずに、途方に暮れて周囲を見渡していると、すぐ近くにタバコ屋があるのが目に入った。
これ幸いと、そのタバコ屋の縁台に座っているおばあさんに物件の場所を尋ねてみた。
「――そうだね。たしか二年前には、そんな名前のマンションが建っていたような……。ほら、たぶん今、あそこの月極の駐車場になっているところじゃよ」
おばあさんが指で示した先には、フェンスで囲まれた真新しい駐車場が見える。
――えっ?
「いったい何処の不動産屋で聞いてきたんじゃ?」
僕は、先程の不動産屋の名前と住所を告げた。
「ああ、そこの不動産屋なら、二年前に火事になって焼け落ちたはずなんじゃが……、たしか、あそこは、今、ただの空き地になっているはずなんじゃ。ああ、そういえば、あの火事は寝タバコが原因で発生した火事じゃったらしいんじゃが、そこのご主人――その時に逃げ遅れて、不幸にも亡くなってしまったと聞いておるが……」
「…………」
<了>
ワケあり物件/There is a certain reason a piece of real estate 長束直弥 @nagatsuka708
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