無垢なる魂との逃避行の果てに

 この作品は主人公桜花の抱える葛藤が細やかに、現実的に描かれている点がまず印象に残りました。追手の追跡を躱しながらの逃避行は臨場感に溢れハラハラさせられます。
 だからこそヒロイン御影との平穏な時が愛おしいと感じる主人公の気持ちに説得力があり、読者に共感を抱かさずにはおかないのではないでしょうか。

 主人公の末路は貫井徳郎氏のとあるミステリー小説(*下、ネタバレ注意)を思わせます。本当に求めているものは、既に手に入ることはないでしょう。主人公はそれを実は知っていて、それでも自分のパラノイアに囚われてどうすることもできずにいるように思えます。仮に御影が桜花の求めていた姿に戻っても、御影との関係はもはや変質していてかつてのような絆は結べないでしょう。

 このエンディングは新たな物語の幕開けとなるのか、今後が楽しみです。もし続編が出るなら、御影の逃亡を別の誰かが助け、桜花と対決することになるのでしょうか。そんな空想をつい抱いてしまいます。

 約六万二千文字超の本作ですが、構想や演出を膨らませて長編小説にできるだけの下地は十分にあるように思います。何年でもお待ちしておりますので、作者様には是非頑張って頂きたいと思います(笑)。


(*)ネタバレ注意:「慟哭」

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