第二部その三






「聞いたぞ、まんまとしてやられたな」


かしづく影に言ってやる。

まさか、裳着の最中に屋根をぶち抜いて侵入した賊が姫をさらうとは…まるで伊勢の話のようじゃないか。

そう考えると風情もあるような気がしなくもないが、この子の場合は違ったようだ。


「…たかが賊と侮っておりました」


おや、これはこれは。かなりご立腹らしい。


「姫のこと、逃げられたのは残念だがそなたが無事でなにより。なに、いくら左の君とてたった一人でこちらの邪魔はできまい。あれに執着せずとも、その内お前にはしかるべき相手を「その必要はありません」……ほう?」


私の言葉を遮るか。


「狭霧様を妻にするのが、条件だったはずです」

「……いないのだから仕方なかろう?」

「取り戻しますよ、すぐに」



やれやれ、面倒なことになったな。










「おい」

「おいらはおいって名前じゃないよ、用って呼んで」

「用?」

「そ。何かと用事を言いつけられるから、用」

「な…」


なんて安直なんだ。

犬猫でももうちょっと考えてつけるぞ。

愕然としている僕をよそに、竹の子はせっせと土を掘っている。

木の根っこを探してるんだと。

貴族の僕には考えられないが、庶民にとっては貴重な食料らしい。

…本当に食べれるのか?

とりあえず持っとけと籠を渡されて半刻はたったと思う。


「んで何?」

「…根っこより他にないのか?木の実とか魚とか」

「これだからお貴族様は。木に登ったり川に入ったりするのがどんだけ危険か分かってんの?」


な、なんなんだ、こいつ。

この僕がわざわざ助言してやってるというのに、なぜ喧嘩腰で返されなきゃならないんだ。

赤銅はどっか行っちゃうし。


「そうだ、その衣だったら米と交換できるだろ。脱いでよ」

「え、」

「ほらぁ早く」


穴の中から急かされる。


「じょ、冗談じゃないっ下着姿でいろって言うのか!?」

「裸じゃねーんだから大丈夫だって。代わりなら用意してやるからさ。それだけ品がいいなら麻くらいおまけしてもらえるよ」

「麻…?」

「おいらが着てるようなやつだよ」

ほら、と立ち上がって見せてくる。……そのぼろを、着る?僕が?

「…………………………帰る」


籠を地面に置いて、くるりと背を向ける。


「あっおい!」


草野から逃げることばかり考えてたけど、早まったかもしれない。

あー今日の夕飯は何だったんだろう。

菓子も食べたい。

とりあえず、下へ下へ降りてくか。

そうだ、いっそのことその足でへのへのもへじん邸に行ってもいいな。


「おいってば!どこ行くんだ!もうすぐ暗くなるっていうのに!」


後ろで竹の子が叫ぶ。

知るか無礼者め、僕は帰るったら帰るんだ!

降りれそうな所から降りていく。

それに連れて裾も汚れていくが、邸についたら着替えられるし問題ない。

へのへのもへじの感性に期待はしてないが、それでもあれよりはましなはずだ。

草木をかき分けてずんずん進んでいく。

もう後ろから声はしない。辺りは薄暗く、冷たい風が吹き始めた。

烏の鳴き声があちらこちらから聞こえて、まるで同じ所をぐるぐる回ってる気さえしてくる。

……………………ん?

「あれ……?」

ふと、足が止まる。



「……どっちへ行けばいいんだ?」







夜の山は寒い。

そりゃもう木の根元で風を避けながらぶるぶる震えるくらいには。


「うう、ささ寒い。ただ下りてくだけだと思ってたのに、途中からまた登り坂になるし似た場所に何度もでるし…いったいどーなってんだ」


袂を握りしめ雑草に怒りをぶつける。

このままここで夜を明かすなんて無理だ。

ずぇーったい無理!


「ちくしょう、元はと言えばあいつのせいだあの竹の子!」


上着を寄こせだって?誰に向かって言ってんだ!?

左の君だぞ!?

しかも麻って何だよ、あんなしわしわ着れるか!

それに「ぐうー」…腹へった。

空腹とは恐ろしいもので、さっきまであんなに湧いてきた怒りが嘘のように引いていく。


「………木の実でも探すか」


うん、そうだ。それがいい。

ここでじっとしてても始まらない。

まずは食料探しだ。

立ち上がって慣れてきた目で辺りを見回す。

熟して地に落ちてればこっちのもんだ。


「お、あった!」


素手で掴んでみる。んーまあ、食べれないことはなさそうだ。

が。


「………」


気のせいだろうか。皮からにょろにょろしたのが見えるような…。

これって、まさか、僕の大っ嫌いな。


「虫だぁああああっ!」


慌てて遠くへ放り投げる。危なかったー。

もう少しで触っちゃうとこだった。

でも困った、これじゃあうかつに食べられないじゃないか。


「そうだ、地面に落ちてるから虫がつくんだ。枝についてるのを取ればいいんだよ!」


早速、風よけにもたれていた木の幹にしがみつく。

木登りなんて簡単だ。猿だってできるぞ。

足で踏ん張りつつ手で上の方を掴む。

ずるっ。掴む。ずるっ。掴、ずるっ。


「……………川で魚でも探すか」


これだけ草木が繁ってんだ、きっと近くに川とか池とかがあるに違いない。

一向に登れない木から離れ、斜面へと歩き出す。


「お、あった」


意外と近くじゃないか、木登りなんてするんじゃなかったな。

さて、気を取り直して釣りでもするか。

竿は木の枝、糸はつけ毛を一本抜く。

餌は地中からはみ出た木の根っこだ。

ここの少し反った所が小魚に見えなくもないだろ?

えい、と流れの中に投げ入れる。

根っこが無ことぷかぷか浮かぶのを確認してようやくひと息つけた。


「はあー疲れた…まあでも後は待つだけだ。一匹も釣れないってことはないだろ」


糸(髪の毛だけど)を垂らしてしばらく待つ。

…待つ。

……………待つ。

……………………………………………………待、


「待てるかっ!もう直接川へ入ろう、そっちの方が早い」


枝を捨てて裾をたくし上げ、ざばざばと入っていく。

ひー冷たい!


「さ、魚、魚さえ獲れれば」


ふだんの僕なら絶対しないことだ。

というか川に入るなんて初めてに決まってる。

だから意外と早い流れも底の藻の滑りやすさも知らなかったんだ。

たちまちつるっと滑って顔から水に突っ込んでしまう。


「!?ぶぁっげほ、んぶ、〜〜〜〜っ!」

必死で手足を動かすも上手く立ち上がれない。

お、溺れる……っ!衣が巻きついて身体が重い。

もう、駄目だぁあああっ!


「見てらんないよったく」

「へぼ!?」


息が切れる直前、頭がぐいっと引きあげられる。


「げほげほっ!…っはーはー……………竹の子?どうしてここが」

「用だってば。言っとくけどあんた、五十歩も歩いてねーからな。あとなんで足首までの深さで溺れられんの?」

「えっ」


岩と岩の間をちょろちょろ水が流れていく。


「…………………」

「…………………」

「ま、まあこんなこともあるさ」

「ねーよ。どんだけ間抜けなんだよ…はあ〜童だってもうちょいましだぞ」


小言を言われつつ岸へ引っ張られる。


「しっ仕方ないだろ!川に入ったことなんてなかったんだから!」


貴族なら当然だ。

食事の準備は使用人の仕事だからな。

雫をまき散らしてわめく僕を無視して竹の子は登っていく。

そのくせ手はつないだままだ。僕は童じゃないぞ。


「はいはい、戻りましょーねー」

「〜〜っ!この糞餓鬼!」

「糞餓鬼で結構ですぅー」


言い合ってるうちに川は遠ざかり、再び草木の間を進む。

ちゃんと方向合ってんだろうな。

あれ?あそこ。


「なあ」

「お次は何ですかあー」

「あそこだけ葉っぱが揺れてる」

「え」

「おい、」

「しっ。静かに」


この僕がわざわざ気にかけてやってるというのに、がさがさ鳴る草むらをにらみつけたまま動かない。

そのくせ手はこれ以上ないくらい握りしめてくる。

汗ばんで気持ち悪いんだが。

やっと竹の子が振り返る。…顔色が悪くないかお前。


「熊だ」


ふーん、熊ねえ。


「熊ぁ!?」

「だから静かに」


音はどんどん大きくなる。それは、つまり、こっちに近寄ってきてるってことで。


「お、おい、どうするんだよ」

「どうもできないよ、やり過ごすしかないだろ」


そ、そんなあ〜!


「ぼ、僕はおいしくないぞっ」

「いや、どう見たってあんたの方が肉づきいいし」

「んな」

「まーでも熊にとっちゃ童の一人や二人、大した違いじゃないだろうよ」

「つ、つまり…?」

「最悪二人ともここで食われるってこと」


がさ。


「ぎゃーーーー!」

「ちょ!?」


思わずふた回りも小さい竹の子に抱きつく。

こうなりゃ道連れだ。


「なーんや、こんなとこにおったんか」






「だっはっはっ!熊と間違えよった!?それでびびって抱きついとったんか!どーりで用の奴、顔真っ赤やと思ったわ!」


でかい図体がひーひー腹を抱えて笑う。

非常に不愉快だ。目の前のたき火にその頭を突っ込んでやりたい。本当に怖かったんだからな!


「別に、いきなり首絞められて苦しかっただけだし」


一方、生死を共にした小さい方は、なぜか背を向けてうずくまっている。


「なあ、もっと火に寄ったら?そんなに離れてちゃ乾くものも乾かないぞ」

「いい」


こっちを見もしない。


「まーまー、用のことは放っとき。それより分かったで、木偶のこと」

「本当かっ」


思わず身を乗り出す。火の向こうで赤銅が話し出した。


「やっぱ右大臣が絡んどったわ。しかも、その呪う相手っちゅーんがまたえらいのでな」


うんうん、左大臣であらせられる父上なんだな。僕の予想通りだ。


「主上やねん」


は。



「…………今、何て言った」

「だから、主上やねんて。呪いたい相手」


姿勢を元に戻す。というか力が抜けた。


「大変なことになった」

「そやろそやろ、大胆不敵っちゅーか」

「それどころの話じゃないぞ、これは」


手の平から汗がにじみ出てくるのがわかる。

だって、主上はこの国の頂点だぞ。

文字通り、主なんだ。その主上を呪おうなんて。


「謀反じゃないか」


草野…どういうつもりなんだ。

右大臣にそそのかされたにしたって、罪が重すぎる。

流罪は免れないのに。


「…止めなきゃ」


そうだ、僕が止めなきゃ。


「行くぞ赤銅」

「なんで?」


心底不思議そうに聞かれる。


「お前が話したんだろうが!」

「いや〜でも狭霧がしゃしゃり出んでもいいんちゃう?主上が退くか、あの兄ちゃんらが流罪になるか、どっちかやろ?せっかくここまで逃げてきたんやし、ここは静観しとくんが賢いで」

「流罪になったらもう会えないんだぞ!」


張り上げた声は思ったより夜の山に響いた。

ずっと背を向けていた用も振り向いているが、今は気にする余裕もない。拳の震えが止まらなかった。


「…なあ、わいが前に聞いたこと覚えとうか?『もし、あの兄ちゃんがどこぞの回し者やったら』ってやつや。あん時自分言いよったよな、絶対裏切らんって。今でもそう思うん?」

「……………」

「もう、ええやん。な?わいとおったら退屈させへんから」


暗に忘れろと言っている。賢明な判断だ。

これが他人ごとであれば、他のことだったら素直にうなずけただろう。でも。


「………無理だ」


じわ、と視界が歪む。抑えられない。


「………嫌だ」

「ちょ!?別に泣かんでも」

「嫌だあぁああ…!うわぁあああんっ」


ぼたぼた落ちるものをぬぐいもせず、絶叫する。


「何泣かせてんだよ!」

「わ、悪かった!わいが悪かったから泣きやみ!よしよーしよしよし」


竹の子にまでせっつかれて、赤銅が頭をわしゃわしゃかきなでてくるが、知ったこっちゃない。

僕はさらに泣き喚いた。


「~~~っ分かった!わいが何とかしたるから!な!頼むから泣き止んでえな!」

「本当か」


涙と鼻水を垂れ流したまま、見つめ返す。


「本当も本当、この赤銅様にどーんと任せとき!言ったやろ、狭霧の願いは叶えたるって」


それを聞いて、ようやく顔をぬぐう。

胸をなで下ろしたらしい赤銅がにかっと笑った。



「ほんじゃ、まずは情報収集からやな」






続く

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