概要
李舜臣の朝鮮水軍と戦った淡路洲本三万石、七本槍脇坂安治の知られざる伝記
海馬とはタツノオトシゴの異名である。「落とし子」とは貴人が妻以外の女に生ませた子のことをさし、おとしだねとも呼ばれる。昔の人は龍に似ていながらいかにも貧相な顔立ちのこの生き物を、龍が気まぐれに魚と交わって生ませたおとしだねと見なした。脇坂安治は30歳の時賤ヶ岳七本槍の一人として名を上げるが、加藤清正や福島正則に比べてその後の活躍の印象はいかにも薄い。72歳で亡くなるまで、私たちの記憶にかろうじて残るのは関ヶ原の戦いの西軍から東軍への寝返りくらいしかない。しかし私たちの知らない本当の戦いが関ヶ原の靄の向こうに隠れていた。