第5話 魔法の力

(6)



いつしかこのような日が来ないものかと思っていた。

自分の内なる力を覚醒させ、とてつもなくつまらない日常に終止符を打つ時が到来しないものかと。


意識が回復しても胸の鼓動は治まらない。

体の異常からではない。

これは興奮と呼ぶものだ。

人生で2回目の、本物の興奮を味わっている。


「ふふふ……はっ……ははは……」


自然と笑いが込み上げてくるとはこういうことか。ドラマや映画の悪役が事あるごとに高笑いする理由が分かった。


あぁ。実に気分がいい。


「敵の行動が手に取るようにわかる!」


右手を肩の高さまで持ち上げ、脳から掌にかけて血の流れを一時的に加速させる感覚。

それは、人が呼吸をするのと同じあるいは瞬きをすのと同様だった。


不可視のエネルギー弾が右手から発射され、その弾は登ってきた階段を吹き飛ばした。


「やはり、私の目に狂いは無かった……」


足元をふらつかせながら立ち上がった男は、俺の元へ近づいてくる。


「もうすぐ私はこの呪いの術で御陀仏だろう……その前に、私の話を聞いてくれ」


かなり無理をしているのだろう。細身の男は喉からようやく声を振り絞り、事の発端を話そうとしている。


「私は……宇宙人であり、反逆者だ……」


「疑ってなどいませんよ」


「この星を守るために、そして自らのために行動を起こしている……」


足の震えが大きくなってきた。そろそろ限界なのだろう。


「……地球は今、狙われている。奴らに……ジナ」


男はそこまで言うと口を止めた。

全てを話す前に呪術の効果が回ってしまったのか、それとも貧血を起こして倒れたのか。


そのどちらでも無かった。

ソレはいつからそこにいたのか。また、どうやってここまで来たのか。

先ほどまでゆっくりと階段を登っていたはずの、そして俺が吹き飛ばしたはずのソイツが男の後ろから影のように現れた。


「それ以上喋ると刺すよ?……ってもう刺しちゃってた~!ごめんね~!」


男の声だ。


月明かりに照らされた声の主は、ひょっとこの面を被っており顔は見えない。

不気味な面に話し方。明らかに普通の人間ではない。

カツカツと下駄の音を鳴らしながら赤い法被の裾を捲った。

鍛え上げられたその腕には刺青とは少し違う、緑と青の何らかの絵柄が描いてある。


「……神谷宗輝(かみやもとき)」


細身の男は喉からひゅーひゅーと音を立てながらも俺のフルネームを呼んだ。


「無理すんな」


とは言ってももうすぐ尽きる命だろう。

やはり必要なことは全て聞き出しておきたい。


俺にとって他人の、それも会って2日と経たない男の命など宇宙人だろうが魔法使いだろうがどうでもよかった。


だからやっぱり無理してでも教えてくれ。


おっと、心の声が。


「……これだけ……伝えておこう……」


俺の心の声が伝わったのか、あるいはそれが無くても伝える気だったのか、息を切らしながら話し始めた。


咄嗟にひよっとこの男は生死をさまよう細身の反逆者を蹴り飛ばし頭を掴み上げた。


歯が折れるほどの勢いで蹴られたのにも関わらず、彼の命はまだこの世に留まろうともがいていた。


「わ……たし……のな……まえは……」


「喋るなって言ってるだろう!!」


ひょっとこの男は先ほどの俺と同様に腕を肩まで持ち上げ掌を開いた。


「ほ……そ……だ」




ーーーーーーーーーーー




耳をつんざく轟音がその場を支配した。


激しい衝撃に思わず目を瞑って閉まったが何が起こったのかを理解するのは簡単だった。

何せ目の前にはつい数秒前まではそこにいたはずの男がいなくなっていたからだ。

それも、大量と血と肉片を残して。


「た~まや~ってね」


流石の俺でもこれには参った。

千春と食べた蕎麦が今にも返って来そうだ。

しかしどうにか歯を食いしばってそれを堪えることに成功する。

胃酸の味も口に残るし肉片が服に付くしで気分は最悪だが。


「ほほ~、よく耐えましたね~」


しばらくこの声を聞いていると不気味さよりウザさが上回ってくる。


おっと心の声が……ん?まてよ……?


「おい。ちょっと後ろを見てみろ」


俺は顎でひょっとこ男の背後を指した。


「そんなのに引っかかるのなんて小学生くら」


俺はその煽りを轟音で遮った。


男が喋っている間に右手を瞬時に上げてエネルギー弾を発射したのだ。


ビルにはまたもや大きな穴が開いてしまう。

これまで打ち放ったエネルギー弾はひょっとこ男の分も含めて3発。

たったこれだけ。

たったこれだけで3つの大穴に加えて細身の男の血肉とコンクリートの残骸でビルが大破してしまった。

この力は容易に使えるが代償は大きい。


俺の中に埋め込んだ魔法のプロセスは、脈を切らなくてはいけないほどの血液を必要とした。

このおかげで魔法の訓練をしなくてもイメージするだけで放てるようになったが、それでも代償はでかい。実際あの男は死にそうになっていた。


目視出来ないエネルギー弾は、詠唱なしの簡易攻撃故に威力の調整が効かない上、戦闘に合わせた応用も効かない。

使い方を誤れば人を殺めてしまうかもしれないし、警察につかまれば解剖待ったなしだろう。


「いったいな~」



そうだ。本命はこっち。

この程度で死ぬやつでは無いことは分かっていた。そうでなくては実験にならない。


ひょっとこ男が心を読めていても、もしくはそうでなくても今の子供騙しに乗らないのは当然のことだ。

しかしその後のエネルギー弾は、直撃とまではいかなくとも完全に避けきることは出来なかった。

しかも俺に煽り文句まで言ってきたのだ。心が読めていたらわざわざそんなことをするだろうか。

いや、どちらにせよいいアイディアだな。などと言っておけば俺を躊躇わせることが出来たはずだ。ダメージを負うことも無かったのではないか。


「ちょっとちょっと~なに考え込んでんの?」


「お前の特徴についてだ」


「へー!それは聞きたいね~」


ま、隠すことでもないか。


「いいだろう。では、前提としてお前は俺の心を読めない」


そう言って先程までの推理を披露した。

その間男は、へ~とかほ~とか言って聞いていた。


「ここで考えられることは2つだ」


ただ単に俺を舐めている。

頭が回らない脳筋野郎である。


多分両方だ。


まずは前者。

細田と名乗る男を殺した時にわざわざ俺に姿を見せた。俺なら細田を殺した後暗闇に隠れ、混乱しているうちに背後を取る。

最善の手段だ。


次に後者。

俺が細田から血液を受け取った際に、敵の行動が手に取るようにわかるとわざわざ叫んでいるのにも関わらず、ひょっとこ男は俺のエネルギー弾を避けなかった。

考え無しに階段を駆け上がって来たためだろう。


しかし、それだけではただ舐められていることにも繋がってしまう。

そこでさっきの煽り文句だ。


一々そんな煽りを入れずに、俺を撹乱させるような情報を与えればよかったのだ。

命のやり取りの中、そんなようなことも考えられないというのはやはり無能としか言いようがない。


「ま、こんな感じだな。つまりお前になら、勝てるまでいかなくとも」


そこまで言って自分の頭を指でつついた。


「ここが無い分、俺でもいい線イケそうだ」


俺は煽るようにニヤついた。

話している間、この男から目を離さなかった。

不意打ちを仕掛けてきたらすぐにでも吹き飛ばしてやるつもりだったが無駄な警戒だったようだ。


しかし、その無駄な警戒を解くことは出来なかった。

ひょっとこの面を被っていて表情は見えないはずだ。それなのに、どうしてかこの男の表情が読める。

それほどまでに男から放たれている悪いオーラを感じた。

まさに冷徹非道。

口元は笑っているが目が死んでいる。


「面白い推理だったよ~」


声のトーンが一段下がっていた。


「確かに僕は何も考えていない」


額から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。


「でもね、君の考えているより遥かに舐めきっているよ」


身体の全神経が危険信号を発信している。


「僕は星を代表してここへ来たのだから」


そう言い終わるより前にひょっとこの男は右手を前に突き出していた。


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