第3話 よく喋る

(4)



年齢は二〇歳くらいか。

猫のように光った目、薄い唇、化粧でもしたのかのような青白い顔。雪の降る寒い日に半袖シャツとハーフパンツ。

気味が悪かった。

まだ少し肩を震わせて呼吸をしており、苦しげに胸を抑えている。


「……」


細身の男は俺を凝視するだけで言葉を話そうとはしない。

それがさらに気味の悪さを増している。


「なんか喋ったらどうだ」


自分の心臓の音が聞こえてくる。

思い切ってこちらから話しかけてみるが応答はなく、ただ少し笑みを見せたように感じた。


「人間じゃないみたいだな……」


小声で呟いたつもりだったが男の耳にはしっかり届いていた。


「そうだ。私はお前たちの言う人間ではない」


細い体から発せられているとは思えないほどの低い声だ。


それはそうと、男の言っていることは妙に真実味を帯びていた。

わざわざ雪の降る夜に、コンビニではなく人気のないこのビルで休憩を取っている。

普通の人間からは感じられない異様な雰囲気を放っている。

この二つの理由から、もしかしたらと興味をそそられてしまう。

いや、そうであって欲しいとさえ思ってしまっている。


「いい目をしている。好奇心に満ち溢れた人間らしい瞳だ」


無表情だが、向こうもこちらに関心を持ったようだ。

さっさと逃げるなり殺すなりすればいいものを、なぜわざわざ会話を広げようとするのか。

狂気的な何かを感じる。

謎は深まる一方だが、こいつが襲ってこないのなら強気に出てもいいのではないか。


「あんた、こんなところでなにやってたんだ?」


「お前は俺を見て怖がらないな」


投げたボールに対して別の球を投げてくる。


「人間じゃないならなんなんだよ」


「私についてきたのか」


違う言語同士で話しているみたいだ。


「ここで何をしていたかと聞いている」


相手のペースに乗ってはいけない。

これは、情報を引き出す中で重要視されるポイントの一つだ。

普段なら細工を仕込みながら自然に会話の流れを持っていくのだが、今回は特殊。

ここまで大きく会話をぶった切ってくるのだから、こちらもそう返さなくてはならない。

心理学とかの本を読んだわけではない。今までの経験上何となくこうすれば良いというのが分かっているだけだ。

だからこの方法で相手が落ちるかなんて確証は一切無い。


「ふん。まぁギリギリ合格ってとこだな」


なんの話をしているのかまるで見えてこない。


情報の引き出しなど無意味な気がしてきた。


こうなったら身の安全を最優先にし、この場を切り抜けることだけを考えよう。

情報収集に徹してるうちに、逃げるということを忘れてしまっていた。

忘れていたというよりも、元より尾行が見つかるなんて考えてもみなかったのだ。


作戦変更。いのちだいじにだ。


しかし、この世は不条理である。

逃げようと心に思った瞬間、俺は細身の男に肩を捕まれた。

その力は金縛りのごとく。身動きひとつさせようとしない。

腕力も人並外れているが、俺の行動が読まれているようにも感じられる。逃げようと思った途端に手を出してきた。

これはかなりヤバイ。


「離せよ……この無表情サイコ野郎……!」


どうせ心が読めるなら思ってることを吐き出してしまった方が気が楽である。

それにこんな力で押さえつけてくる相手だ。どうあがいてもお先真っ暗なことに変わりはない。


あーあ、せめて捨てておくんだったな童貞。


「ふ……は……気に入った」


……?

今何て?


「気に入ったと言ったんだ」


一体これは何のドッキリ番組であろうか。

先程まで無表情で冷徹な目をしていたサイコパス野郎が、どこで頭を打ったのか普通の人間へと変貌している。

目尻に皺を作って笑うことに違和感を覚えたのは初めてだ。


「驚かせて悪かったね。僕は君の言う通り人間じゃない。いや、そう言うと語弊があるな……うむ……難しいところだ……」


突然笑顔を見せたかと思えば、今度は口数が増えている。

いやもうほんと、訳分からない。


「まぁ、簡単に言うとね。僕は君たちの言う宇宙人だ。とある惑星からやって来た」


普通なら、はいはいそうですか厨二病おつ。

となるところだが、この男には普通の人間とはかけ離れた何かを感じる。

ここはひとつ話に乗ってみよう。


「ほう、それでその宇宙人さんが何をしに地球へ?」


言葉を探しているのか、暫く沈黙を置いて言い放った。


「反逆だよ」


一言。

それはとてつもなく重い鉄球が体を押しつぶさんとのしかかって来るような、

そんな感覚に陥るほどの覇気を纏っていた。


「今のを聞いたからには逃げられないな……。最悪な人間に出会っちまった」


俺は彼の言ったことの意味を察した。

決して心を踊らせていいようなことではない。だが、これから退屈な日常にピリオドを打てるかと思うと、胸の高鳴りは激しさを増してしまう。


「物分りが良くて助かるよ。だけど、この話はまた明日にしよう。君を待つ人がいるんじゃないかな」


男は俺のポケットを指差して不敵に微笑んだ。

見るとスマホが光を放ちながら震えていた。


「悪いな、じゃあ明日の一〇時にこの場所でいいかな」


「あぁ。じゃあ僕はおいたまするよ」


彼は裏口のドアを開け、一度振り向いて会釈した。

何気に律儀なのがまた不気味である。


俺はそれを見送ってから携帯を取り出し、コールし続ける彼女の呼び出しに応答した。


「あーもしもし」


泣くのを我慢してたのであろう、鼻水を啜りながら途切れ途切れで話していた。


外に置いていたコンビニ袋を持って急いで帰宅する。

ドアを開ける音で分かったのか、ただいまよりもおかえりが先に飛んできた。

リビングの扉を開けると俺を目視した千春が胸にダイブしてきた。


「お、おお、おかえりなさい……うっ……」


いつもならすぐに泣く千春がえずきながらも我慢している。

夕方のこともあってか俺がまた面倒くさがると思ったのだろう。

実際その通りだが、今回は帰りが遅すぎた自分に非がある。


胸に頭を押しつけている千春の背中に腕を回し、優しく抱きしめた。


「泣きたい時は我慢するな。気を使われる方がもっと面倒だから」


彼女は俺の胸元をぐっしょり濡らした。




















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