第2話 心霊スポット
昔からたまに家に遊びに来ていた千春だが、彼女の料理はいまいちピンと来るものが無かった。美味しいと言えるほどでもなければ不味いと言えるほどでもない。例えるなら、食パンにバターを少し塗っただけのような、味がしないこともないがハッキリした味がない。そんな感じだ。
しかし、今日の料理は違った。
しっかりと特徴のある味付けがされており、これぞパンケーキという味がした。
「美味いよ!料理作るの上手になったな」
率直な感想を言ったつもりだが、千春は俺の言葉を疑っているようだ。
恐る恐るパンケーキを口に近づけ、小さな口でパクリと咥えた。
「ホントだ!美味しい!」
そう言うと、ぱくぱくと口に詰め込んで時折喉を叩きながら、それでもなお食べるのをやめない。
「おぃひぃ!うれひぃ!」
「飲み込んでから話そうね」
喜ぶ千春を見て今度は安堵のため息を吐いた。
もう一七歳になるというのにまだまだ子供っぽいところが多い。
いや……体は育っているか……。
「なに~?人がご飯食べてるときにじろじろ胸なんて見て!」
自然に目が釘付け……じゃなくて下の方に移動してしまっていた。
「いやいや!なんでもないよ!はは……」
適当に誤魔化しつつ、次へと繋ぐ話題を探す。
「そういや昔から料理は上手い方じゃ無かったのに、練習したのか?」
俺の何気ない質問に千春は顔を赤くしてうんと頷いた。
千春は結構顔に出るタイプだ。今の質問は彼女にとってあまり聞かれたくないものだったのだろう。
そう悟ってこの話を打ち切ることにした。
「喉乾いただろ。ジュース買ってくるよ」
机の上に丁度三百円ほど置いてあったので、それを握ってポケットに突っ込んだ。
「いいよ!私が買ってくる!」
誰に対しても優しい千春だが、俺にいたってはもはや召使いの如く働こうとする。
ある日そのことについてかなり考えたことがあった。
結論はこうだ。
根っからの世話好きなのだ。
直接彼女に聞いたわけではないが、俺の中ではそうまとまり、この考えは揺るがない。
「ゆっくりしてろ。すぐ戻ってくるから」
「一人で……寂しい……」
扉を開けようとすると、千春が小声で何かを呟いたのが分かった。
「ん?何か言ったか?」
俺が後ろを向いて千春を見ると、無理やり作った笑顔で、なんでもないよと応えた。
少し気になったが面倒なので気にしないことにした。
「さっむ」
外に出ると冷気が一瞬にして身体を包み込み、芯から凍りつかせようと侵食してくる。
それに負けないように背筋を伸ばし、新雪を一歩ずつ踏みしめてようやく大通りに出た。
先程より車の数も人の姿も少なくなり、ゆっくりとだが、夜の闇が東京を呑み込んでいく。
身体を震わせながらコンビニに入ると、外の寒さが嘘のように感じられた。
「やはりコンビニは最高だな」
暖かい飲み物を二つ購入し、また極寒の地へと旅立った。
コンビニを出てすぐに、左の方から物音が聞こえた。
ここのコンビニの左側は空きビルとなっていたが、今は工事のため大きな柵が張られている。何を建設するのかはわからないが、ここ半年間はずっと立入禁止の看板が目立っていた。
巷では幽霊屋敷との噂も出ているほどだ。
こういうことには必ず関わりたくなくなる本能が俺には備わっている。
迷わず音のする方へ歩いて行き、飲み物が入っている袋を置いて暗いビルの内部へと足を踏み入れた。
内装はほとんど何も施されておらず、鉄の骨組みやコンクリートが露わになっている。
心霊スポットと呼ばれるだけの風格はあるが、落書きや悪戯の跡などは全く見受けられない。
誰もここを訪れていない。もしくは、訪れたとしても落書きを書く余裕が無いのか。
いずれにしても、何も無いのが不気味さを一層高めさせている。
そんな恐怖よりも、先程から聞こえていた足音が奇妙な言語に変わっていることに対する好奇心が勝っている。
怯えていては、面白いものを発見することは出来ない。そんなことはは当たり前のことだ。
今この状況だけのことを言っているのではない。いつ、どんな時、どんなタイミングだって好奇心や興味を忘れてはならないと自分は思う。
「よし」
心の中で好奇心に向かう勇気を絞り出す。
壁に手を当てて慎重に進んでいく。
次に曲がったところから声が聞こえる。
心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
恐怖は振り払った。
いける。
俺は目指されない最大限のところまで近付き、曲がり角から声のする方を覗いた。
「……」
見つけた。
距離は約二〇メートル。
そいつは謎の言葉を喋りながら壁に向かって前屈みとなり、全身を腕で支える形で立っていた。
男性であろう細身で高身長な彼は肩を上下させて呼吸を行い、苦しそうに胸を抑えている。
危険だ。
俺の直感がそれを伝えた。
しかし幾ら危険そうだとはいえ、弱った体で人に襲いかかったりはしないだろう。
それに、本当に具合が悪いだけかもしれない。
……いや、普通の呼吸が出来ないほど苦しいのならこんなところに侵入などしないだろう。
とりあえず、しばらく様子見として背を廊下の壁に貼り付け待機した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
宗輝が家を出てから一五分が経過した。
この家から一番近くのコンビニにまでは往復で五分もかかるかかからないかくらいの距離しかない。
食器を片付け終え、風呂に湯を貼ってやることを失くした千春は、悪いと思いつつもリビングでくつろがせていただくことにした。
時計の針はもう少しで八時半を回ろうとしている。
「電話してみようかな……」
千春はソファーから離れキッチンに戻った。
扉を開けると、そこは何も無いだだっ広い空間に思えた。
孤独を感じ無力を味わう。
洗い物から滴り落ちる一滴の水玉でさえ、うるさく耳に響いた。
「でも……面倒くさいとか思われたくないし……」
胸元で両手をきつく結び、唇を噛んで孤独に抗う。
今日はともくんと一緒に寝よう。
千春はもう一度ソファーに腰を下ろした。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ふぅ……ふぅ……」
細身の男の呼吸がようやく落ち着いてきた。
物音一つ立てずに長いこと観察していたため足が痺れてきた。腰も痛い。
様々な状況下で情報収集に努めてきた俺でも、約二〇分にも渡って集中力をフルに活かしたのは初めてのことだ。
足音を消して接近し、息を殺して観察する。これだけの事だが素人がやったら即効で気づかれて終わりだろう。
「よし……行くか」
男が独り言を呟いて裏口の方へ歩いて行く。
すかさず尾行を再開しようとするが、後ろから何者かが近づいてくる足音が一つ。
それに驚いてしまった俺は咄嗟に後ろを向いて身構える。
「ミャー」
暗闇から目を光らせて出てきたのは大きな白黒の猫だった。
体の強張りが解け、一気に疲れが押し寄せて来たがここで引くわけにはいかない。
再度あの男を追跡しようと裏口の扉を確認する。
しかしそこには、さっきまで見えていた扉を無く、代わりに月明かりに照らされた細身の男がこちらを睨んで立っていた。
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