この地球に人間はいない。

笑顔のもと

第0話 人類滅亡


 ピロンピロンパロン!


「なんだ?」


 ピロンピロンパロン!


「なになに、地震速報?」


 二五〇〇年の昼下がり、世界中が突然の警報に包まれた。不穏なその音は人々の不安を煽る。

 化粧の濃いギャルが電車内でスマホを取り出し、原宿を歩くサラリーマンが大きなスクリーンを凝視する。ラブホテルで腰を動かす男が動きを止め、少年を殴る親が手を休めた。

 ピザを味わうイタリア人が、アメリカに旅行に来たドイツ人がテレビを見る。

 それぞれがそれぞれの動きを止めて、ニュースを確認する。


『緊急速報です。たった今、地球に高速接近する巨大な隕石が発見されました』


 普段はにこやかに笑っているアナウンサーが血相を変えて手元のテキストを読み上げる。


『繰り返します。これは緊急速報です』


 パチッと画面が切り替わり、衛星カメラが映し出された。

 そこには赤い炎と黒い岩石が混じった、まるで肉片の様な隕石がいくつもあった。


 この美人アナウンサーは可愛いらしい声だったはずなのに、今はとても鋭く暗い叫び声を上げているように思える。


『衝突時間はあと三分です!速やかに屋内に避難してください!』


 人間の滅亡まであと3分らしい。




 ーーーーーーーーーーーーーーーー




「そんな目で睨み付けないでくれよ。細田総理大臣」


 燃え盛る炎の中、人間の皮をかぶった化物が細田に話しかける。


「わずか三〇分でこの地球を滅ぼすなんて……。これが憎まずにいられるか……」


 日本を失うばかりか、家族や友人さえ虫のように死んでいってしまった。最後に交わした言葉は何だったろうと化け物を前にしても思い巡らせてしまう。

 築き上げてきた地位が、名誉が、学力がこの一瞬で吹き飛んだ。こんなに辛くどうしようもない悲しみを今まで味わったことがあるだろうか。

 家族を想い、おもむろに顔を上げた。

 晴天の空が死人の呪念を受け入れるかのように暗黒の靄に包まれている。

 煙に呑まれた街を眺めると、子供を抱き抱えて倒れている女性の姿や手と手が繋がれた腕だけが転がっているのが見えた。憎しみは怒りへと変貌し、少しでも抵抗しようと街灯に繋がれた両手を思い切り引っ張った。だが、両手の痛みが増すだけであとは何も変わらない。


「無意味な抵抗はやめたまえ。貴方の原動力は悲しみでも悔しさでもないもの……そう、絶望だよ。友人が死んで悲しみを覚え、家族を失い悲しみを超え、無力感に悔しさを味わった。つい三〇分前までは活気のあった東京を見て、全てを想い絶望に駆られたのだ。そんな君に拘束を解くことは出来ない」


 化物の言葉は細田の心の奥底を侵食していく。

 だが、国のトップとしてまだやるべきことがあると自分に喝を入れ化物を睨みつけた。


「いい顔だ!まぁどうせ貴方には協力してもらうことになる。いいだろう。教えてあげよう」


「御機嫌層でなりよりだ……さっさと話せ」


 化物は細田の白髪を掴み上げ、にんまりと笑うとその手を離した。

 無理やり冷静さを取り戻そうと努めたがまだ全身が震えていることを教わった。


「私たちは増えすぎた人口を減らすために地球に来た……と言うと語弊があるかな」


 うーんと考え込み、細田に背を向けるとあぁと頷いてまた細田と目を合わせた。


「私たちの惑星に住める人数が限界に来たのさ。だから一番住みやすい地球に移民することに決めたんだ。地球人は私たちの存在に気が付いておらず、技術の進歩だって遅い。土地は良好、戦力は皆無。最高の条件だ」


「地球人の戦力が皆無だと……?舐めてると痛い目に遭うぞ……!」


「随分自信があるみたいだけど……。貴方が言ってるのは核兵器のことかな?そんなもの、私たちはここでいう四世紀も前から話題になっていたよ。遅すぎるね」


 そう言うと得意げに両手を広げ首を傾けた。

 恐怖とは裏腹に、この人間の姿をした怪物はいったいどんな文化を築いてきたのか。細田は少しだけ興味を持った。


「もっと話を聞きたそうな目をしているね」


 腕を組み、ふんと鼻を鳴らすと右手を広げて何やらブツブツとお経のようなものを唱え始めた。


「炎の力よ!」


 最後の一声をかけ終えると細田の目には信じられない光景が映った。

 物体のない空中にどこからともなく紅く燃え上がる炎が出現した。


「これが、文化の発展の鍵だ」




 ーーーーーーーーーーーーーーー



 化物の話によると、各国のトップ集団を残したのはこの星の文化を会得するためらしい。

 細田たちはアメリカの大都市、ニューヨークにある施設内に集められた。

 徴収された一週間は自分との闘いだった。体の半分が倒壊した自由の女神像に、街中に転がる死体。中には耐えられず殺してくれと懇願する者もいた。


 そして、魔法と科学の文化統合開始から約3ヵ月が経過した。

 細田たちはただただ科学の成り立ちと歴史を教えるだけだで、その他のことは何もさせてもらえなかった。

 教えると言っても実際に機会を使ったりする訳でなく、細田たちが大きな黒板に文字を書き、それを数名の化物がノートをとる。普通の授業そのまんまだった。

 夜になれば牢に入れられ、朝になったら科学をレクチャーする。食べ物はしっかり出たので困らなかったが、自由の時間など無かった。

 ただひたすらに教えるだけ。したがって外で何が行われているかなんて知る余地もなく、このまま永遠とこの辛い生活が繰り返されると思っていた。


 しかし、転機は訪れた。施設に囚われてから五ヶ月が経ったある日、どこからか轟音が聞こえてきた。化物たちが慌てた様子で外へ飛び出していくのが見える。

 時刻は十八時。冬のこの時間はもう暗い。


「貴方たちはいつも通り、授業の準備でもかて私たちが戻ってくるまで待っていろ」


 そういうと、今まで余裕を見せていた化物たちが顔色を変えて飛び出して行った。

 もうこの施設に化物はいない。


「細田総理!今です!我々に希望が訪れました!」


 アメリカの大統領が呆然としている細田たちに叫んだ。

 細田も同じことを考えていた。今なら脱走出来るのでは……と。


「だが、そんな簡単に……」


「そうです!どんな罠が仕掛けられているか分かりません!」


「しかし、このままでは果てしなくこの苦痛の日々が続くかもしれないのですよ!」


「あぁ……どうすれば……」


 皆それぞれの恐怖や希望を抱き、どのルートを選択するか頭を悩ませている。


「実は……ずっと黙っていたが、この惨事は計画されたものだったんだ……」




 ーーーーーーーーーーーーーーーー



 惨事に紛れて脱獄した。

 無我夢中だった。

 後のことはほとんど覚えていない。

 アメリカにある連合研究所ではタイムマシンが完成されていた。

 それは地下に設置されていて、化物たちもまだ気が付いていなかった。


「とにかくどの時代でもいい!逃げて、この状況を過去の人間に報告するんだ!」


 皆、懸命に逃げることだけを考える。


「まずい!奴らに気付かれたぞ!」


 化物たちは集団でこちらに向かってくる。


 疲れからか意識が朦朧としてきた。

 眠い。


「あいつらを過去へ行かせるな!確保しろ!」


 捕まるのか。


「間に合わない!もう仕方が無い、アレを起動しろ!」


「しかしそれでは……!」


『タイムトラベルまで、残り8秒』


「我々が滅びても、子孫は残せる!未来の子供たちにかけるんだ!」


「……わかりました。皆さん……今までありがとうございました!」


 化物の一人がスイッチを取り出すや否やそのボタンを押した。

 それを確認した化物の一人が魔法で猿を生成し、自分の頭に手をかざして呪文を唱えると、白い渦か湧き出た。


「私の記憶を頼む」


 猿に白い渦を移すとタイムマシンに乗せた。


「頭が……痛い……」


『タイムトラベルまで、残り3……』


「貴様ら……何をした……!」


『2……』


「文化の消滅だよ」


『タイムトラベル開始』


「……」


「結局、我々人類に生きる道は無いのかもしれない」


 細田たちが行ったのを確認した化物はそう言い残してこの世を去った。




 ーーーー「以上が細田という名の男の文献を元にしたレポートです」



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