黄金の店長

甲乙 丙

 招き猫は右前脚を上げていればお金を招き、左前脚を上げていれば客を招くといわれているが、では今僕の目の前にあるこの招き猫は一体何を招くのだろう、と不思議に思った。

 両方の後ろ脚を上げて、その脚を首に掛けている。まるで体が柔らかい人のパフォーマンスのように。しかもだ。妙にリアルな、縮んで胡桃のようになっている陰嚢がその存在を主張している。

 ――ああ、そうか。脚を上げているからバランスが取りづらい為に敢えてソコを大きくして地面との接地面を増やし倒れないように支えているのか……って、なんだこれ。


「なんですか? これ」僕は骨董品屋の店主に尋ねてみた。

「はい? どれですか? ああ、それは招き猫ですよ」

「……招き猫ってのは、こう……前脚を上げているものだと思うのですが」


 僕は右手を上げてジェスチャーをして見せた。店主はペッタリとしたお多福のお面のような笑顔でイヤイヤと頭を振った。


「わかってないですねえ、お客さん。良いですか? 招き猫は右前脚を上げていればお金、左前脚を上げていればお客、後ろの脚どちらかを上げていれば店長を招く、といわれているのはご存知ですよね?」

「いえ、ご存知ではないです。なんですか店長って」

「店長をご存知ない? こりゃまた変わった人だ。店長ってのはお店の運営を――」

「いや、そういう事じゃなくて。後ろ脚を上げるっていうのに納得していないんです」

「納得するもしないも、昔からそういわれているんですから、仕方がないじゃないですか。ともかく、後ろの脚を上げていれば店長を招く。それは変えられない事実なんです。伝統なんです」


 そこまで言い切られては仕方がない。僕はしぶしぶながら続きを促した。


「で、ですね。この招き猫はなんと両方の脚を上げている。つまりご利益倍増って訳ですよ」

「ちょっと待って下さい。倍増ってのはお金のご利益がですか? それともお客?」

「いえ、この招き猫はご利益倍増の効果で黄金の店長を召喚します」


 僕は開いた口を閉じるのも忘れて店主を見た。いったい何を言っているのだろう、この店主は。


「いったい何を言っているんですか? オフザケが過ぎやしませんか?」僕は思ったままを口にした。

「オフザケなんてとんでもない。黄金の店長は凄いんですよお? 主に経営手腕がね。お金もお客もワンサカと呼ぶハイパー店長なんです。それにお給料はいりません。招き猫を置いていればタダで働きます」

「そんな夢のような話ある訳ないじゃないですか」

「それがあるんですよ。まあ、この招き猫は珍しいですからね。その効果を実感している人は少ないでしょうが」


 僕は店主が冗談を言っていると訝しみながらも、なんだかこの招き猫が急激に欲しくなった。

 ――まあ、ジョークグッズとしてなら……、いやいや、逆の発想で神棚に飾るっていうのも……、それじゃちょっとシュールすぎるか……ううむ。


「ちなみに、お値段は?」

「十六万八千円です」

「あ……、また来ます。それじゃ」

「おおっと! いいんですかあ? 今買わないとすぐに無くなっちゃいますよお?」

「いやいや、そんな大金、持ってないですし」

「ご心配はいりません。なんと手数料込みの月々一万円、十八回払いでご提供できます」

「エー、でも――」

「さらに、今なら布団圧縮袋が五枚付いてきますよ?」

「よし! 買った」


 僕は朦朧とした頭で、店主がソソクサと招き猫を梱包する様を見ていた。

 ――あれ? 何で僕はあの招き猫を買ってしまったんだろう。不思議だ。まあいいか。


「はい、ではお渡ししますね。気を付けてください。落とすと割れますからねえ」

 店主はそう言って紙袋を僕に手渡すと、店の奥に行ってなにやら誰かと喋ってからまた戻って来た。

「では、行きましょうか」

 まるで店主が僕に付いてくるような素振りを見せた。

「はい? どこにですか?」

「いやだなあ、決まっているじゃないですか。あなたのお店にですよ」

「お店にって……」

「ああ、お気づきになっていなかった? 私が、黄金の店長なんですよ。これからよろしくお願いしますね」

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黄金の店長 甲乙 丙 @kouotuhei

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