散弾銃と二丁拳銃

 ソードオフ・ショットガン。

 その名前の通り(sawed offは、のこぎりで切り落とす事)、普通のショットガンを持ち主が自分で改造して作る他、銃器メーカーが予め短くした状態で、軍や警察向けに販売する事もあるんだぜ。銃身を切り詰めるため、銃口付近の「絞り(チョーク)」(散弾の拡散を調節する仕掛け)が無くなり、発射直後に散弾の拡散が始まるため、通常のショットガンと比べると有効射程は短いのが少し困る所だが、至近距離の殺傷力や有効性はむしろ増大している。ようは完全に近距離戦用の銃ってわけだ。

 実際全体の長さが短くなった事で、屋内などの狭所で扱い易いため、特殊部隊などが屋内に突入する際、出合い頭の戦闘が(敵と鉢合わせする事)多いポイントマンがエントリー・ショットガンとして用いる事もあるしな。



「……とまあ、そういうわけらしいぞ?」

「あー!!!」

 広げていた黒崎のノートを閉じた俺は臣下の樋口と秋山に拘束されたゾンビに笑いかけた。

「正直、俺も書いてることの意味が分からない所があったが、色々試して確実に分かったことがある」

 言いながら、隠れ家に置かれていたショットガン……否、ソードオフ・ショットガンをゾンビの額に当てた。

「この銃は近くで撃ったほうが強いらしいぜ」

 零距離。最もこの銃が威力を発揮する距離で俺は、



「じゃあな」



 躊躇いもなく引き金を引いた。



「……終わった?」

「ああ……」

 少し離れた所で立っていたココロが傍に来る。その手にはタオルが握られていた。

「拭いて。返り血いっぱい」

「悪いな」

 厚意を受け取り、俺はココロから渡されたタオルで頬についていたゾンビの返り血を拭いた。

「臣下増えた?」

「今ので五人目だ。まだまだ足りない」

 ゾンビスカウトを初めて四時間も経過し、予定していたよりも少ない数に俺は顔をしかめていた。

 まあしかし、始めの頃はまったく臣下を増やせていなかったからこの数は仕方がないとも言える。

「まさか、こんなに使い勝手が悪い力だとは思わなかったからな」

 ゾンビ共を従える王の力……それを使い、ゾンビ共をスカウトするために隠れ家から出た俺たちがまず直面したのは、ゾンビ共が臣下にならないという問題だった。

 念じても、声に出して命令しても、ゾンビは従うどころか俺を見ると一目散に逃げていった。

 これには俺も困り果てた。

 始め、俺は自分の力が消えたのかと思ったが、樋口達が従っていることや、ゾンビ共が俺から逃げようとしている所からそれはないと判断した。

 俺の力は有効だが、ゾンビ共を従わせることが出来ない……このことから俺が行き着いた結論は、俺がゾンビ共を臣下にするには何らかの『条件』が必要なのではないか? というものだった。

 そこからが大変だった。

 考えられる条件を全て試した。樋口と秋山という事例があったから、いくつか的を絞ることは出来たが、それでもかなり四苦八苦した。

 樋口と秋山に野良のゾンビを捕獲させ、色々試した。一時間ほどゾンビの前で実験をしている俺は傍目から見たら滑稽だっただろう。事実、ココロも少し笑ってたし。

 だがその苦労のおかげで、俺はゾンビ共を臣下にする条件を完全に把握した。

「笑えない冗談ジョークだ。死者ゾンビを従えるにはもう一度・・・・死を与えなければならないとは---」

 ゾンビを臣下にする条件---それは俺もしくは俺の臣下のゾンビ達の手でゾンビの生命活動を停止させることだった。

 銃殺。撲殺。刺殺。死因はなんでもいい。とにかくゾンビ共は俺が直接的または間接的に殺せば、臣下となることが分かった。

「……お、6人目も出来たみたいだ」

 ここにはいない別の臣下のゾンビが野良ゾンビを一人殺したことを俺は感じた。 

 どういうわけか。俺と臣下のゾンビ達には何らかのラインが繋がっていて、これにより俺は臣下達に命令や指示を与え、又彼等の行動が手に取るように分かるのだ。

(まるで、将棋をやってる気分だ)

 上から盤上を見下ろし、自分のゾンビで、とったゾンビを使役出来る。違うのが対戦相手が存在せず、完全に俺のワンサイドゲームになっている所だけか。

「……じゃあ、今日はもう帰る?」

「そうだな」

 正直今日は疲れた。まだ身体が本調子ではないせいか、疲労がたまりやすい上に、ゾンビスカウトや慣れない銃の扱いなどで、フラフラだ。

「……あ、シン。あそこにゾンビがいる」

「なんだと?」

 ココロが指さした先――少し離れた所に彼女の言う通り俺の臣下ではない野良のゾンビがいた。だがこちらに気がついたのか、背を向け逃げようとする。

「ココロ」

「分かった」

 俺が名を呼ぶと、その意図を察したココロは懐から二丁の拳銃を取り出した。

「どこ撃つ?」

「移動能力を奪えるのなら、どこでもいい」

「了解」

 頷き、構えたココロの両の銃から弾丸が放たれる。

 その弾丸は一直線に伸びていき、少し離れた位置にあるゾンビの両足関節を見事に撃ち抜いて見せた。

「樋口、秋山……あとさっき頭打ち抜いた新入り。動きがとれないあいつを仲間にしてこい」

「「「ああー!!」」」

 身動きを封じられたゾンビに臣下達を向かわせる。これで七人目の臣下は手に入れたも同然だ。

「本当に銃を扱うのが上手いな」

「……ココロ13サーティーンって呼んでもいい」

「アホか」

 だが、本当にココロは俺の予想の斜め上を行く奴だ。物の試しにと、もたせた銃で射撃を行わせた所、全てが命中。銃の初心者である俺でも分かるほど見事な射撃だった。

「しかし、本当に二丁拳銃が出来るとはな……」

 隠れ家に置いてあったショットガンは俺が使っているが、樋口と秋山の持っていた二丁の拳銃はココロに持たせてある。冗談で二丁同時に使ってみればどうだと提案してみれば、この幼女は何食わぬ顔で二丁の拳銃を扱ってみせた。

「結構簡単。シンもやる?」

「俺はショットガンこいつだけで手一杯だ」

 だがまあ、予想外ではあったが、これは嬉しい誤算だ。元々ココロには銃を持たせるつもりだった。それは彼女自身の身を守るためであったが、この調子だと予定していた以上の成果を上げてくれそうだ。

「……そんなことより」

 俺が思考にふけっているとココロが強制的に話の矛先を変えた。

「シン。私の格好見てなにか言うこと……ない?」

「お前の格好?」

 言われ、ココロの格好を見る。と言っても彼女の格好は特に目立つ所が存在しない。全て隠れてしまっているからだ。

「とりあえず、俺と同じサイズの黒コートはお前にはでかすぎる」

 そう--ココロの着ているコートは俺が今着ているものと同じなのだが、頭一つ分以上の身長差があるココロが着てもただブカブカなだけだ。裾なんか膝下まできてるしな……

「一緒が良かったから……」

「まあ、着るときもそう言ってたしな……」

 ん? コートを着る時で思い出したが、そう言えばココロのコートの下は――

「これ、シンが着て欲しいって言った服……似合ってる?」

 ココロがコートの前を開くと、出てきたのは黒と赤を基調にしたフリルがついた和服ゴスロリだった。

「……ああ、そうだったな」

 そうそう。こいつ、こんなマニアックな服着てたわ。完全に今まで忘れていた。

「シン。着て欲しいって言ったのに、感想言ってくれない……そういうの、結構傷つく」

「……いや、あのな?」

 別に着て欲しかったわけじゃなかったんだけどな。

 そもそも、事の発端はこいつの服を選ぶことだった。



「ココロ。お前も服を選べ」

 隠れ家のデパ地下には洋服店もあり、そこから服一式を失敬し、自分の着替えを終えた俺は、今だ裸エプロンのままのココロに目を向けた。

「……選んでる」

 そう言ってココロは脇に置いてあった黒いコートを両手に掲げた。

「シンと一緒」

「いや、それサイズが違うだろ。それにそれ以外はどうした?」

「? 以上」

「……」

「?」

「おい、本気で言ってるのか?」

 この幼女は――まさか裸エプロンの上に黒いコートを着ただけで外に出ようとしているのか?

「? 何か問題ある?」

「むしろ問題しかないだろ……」

 そうだった。こいつは基本的に残念な奴だった。料理がうまいとかいう家庭的な特技を見せられて、忘れかけていたがこの電波娘は極度の世間知らずなのだ。

「ああ、もういい。一緒に探してやるからついてこい」

「分かった」

 こうして俺とココロの服の選定が始まった。



「さて、まずは何から選ぶ?」

 女性用の服コーナーに着た俺はとりあえずココロの好きな服を選ばせることにした。

「パンツ」

「……分かった。とりあえず選べ」

 ストレートな物言いに少したじろいだが、すぐに気を取り直した。

「じゃあ、これ」

「……って、お前それ紐パンじゃないのか?」

「紐パン?」

 なにそれおいしいの? と言わんばかりに首を傾げてみせるココロに、俺はため息をついた。

「知らずに選んだのか?」

 だとしたら末恐ろしいぞ。

「可愛くて、付けやすそうだったから……だめ?」

「いや、別にいいさ。そう、紐パンとはよくそっち系のものと思われがちだが本来は、薄手のジーンズやワンピースなどのパンツの線が浮き出るやつを避けるために着用されるものだそうだしな。何も問題はない……」

「シン? ぶつぶつ一人で何言ってるの?」

「気にするな……次行くぞ靴下だ」

 気にしたら負けだ。さっさと選んでしまえ。

「これがいい」

 そう言ってココロが俺に出してきたのは――


 セクシーな感じの黒のガーターストッキングだった。



「……お前、絶対狙ってるだろ?」

「?」

 くそ。天然か。なんだこいつは? なぜ普通のやつを選ばずに、若干反応に困るものを選んでくる?

「シン。どうしたの?」

「……なんでもない。とりあえずそれにして、次だ」

 次に行くぞ。一々つっこみ出したらきりがない。軽くスルーして行った方がいい気がする。

「じゃあ、これがいい」

「なんだその鬱陶しいぐらいにフリルがついた服は?」

 明らかに普通の店で売ってるやつじゃないよな?

「あそこにいっぱいあった」

 ココロに指さしたところには似たような服が積まれていた。

「ああ――これって、もしかして……」

 いや、もしかしなくても間違いなく、あの変態(樋口)の集めてた服のことだろうな。おいおい。一体いくつあるんだよ? 軽く山になってるぞ?

「……ココロ。それだけは絶対に却下だ」

「どうして?」

「それは――」

 言えるわけがない。その服は変態の持ち物だから。もしかしたら彼が『何か』をした服の可能性があるから止めとけなんて……

(他人の服の趣味に何か言うつもりはないが、流石にそれはむごいからな……)

 俺は山の中から未開封の袋に詰められた服を選び、念入りに何度も人の手に触れられていないかを確認してから、それをココロに手渡した。

 勿論、渡す際に誤魔化しの言葉も忘れない。

「お前には――こっちのほうが似合うと思ったからだよ」



 という感じだった。思うに、今俺が感じている疲労の原因の一端は服選びのせいもあるのではないのだろうか?

「シン。感想……」

「ああ――そうだな……」

 とりあえず見る。まあ、なんというか赤と黒が基調の和服ゴスロリは、銀髪で小柄なココロによく合ってると思う。作り物めいた人形のような造形美がある。ロリコンではない俺でも少しぞくっとくるぐらいだ。

「まあ、似合ってるんじゃないのか?」

「シン。答えが雑……」

 本当はもっと二行ぐらい感想があったが、あまり気合いれて語ってもキモイだけだしな。男の感想なんてこれぐらいがちょうどいい。

「私はシンの服の感想――いっぱいある」

「俺の服?」

 適当に選んだだけだぞ? ああ、できるだけ目立たない服を意識して選んでみたがな。

「黒い」

「あ、ああ。どうも……他は?」

 それって感想じゃない気もしたが、

「真っ黒」

「……」

「ブラック」

「…………」

「スーパーブラック」

「もういい」

 これ以上聞いても黒としか言わないだろう。事実ハイパーブラ……まで言いかけてるしなこの幼女は。特に服装などに気を使ったことがなかったが、そこまで黒黒連呼されると、なんかちょっとへこむな。

 若干気落ちした俺を察したのか、ココロは「それに……」と付け加えてきた。

「グラサンかっこいい」

 服装の感想ではなかったが。

 それに、これはファッション的な役割でつけているわけではない。力を使った際の目が赤くなるのを隠すためのものだ。これから先、生き残った人間と遭遇することも出てくるだろうから、その時に赤い目で相手を無闇に刺激しないための措置だ。

「お前もつけてるだろココロ」

 なので、常時目が赤いココロにもサングラスをつけさせてある。和服ゴスロリの上に黒いダボダボコート。そして少女に不釣り合いなサングラス……改めて考えるとバランスなんて知ったことか言うようなとんでもない格好をさせているが、まあ本人はあまり気にしていないようなので、俺も気にしないようにする。裸エプロンの上に黒コートよりは百倍ましだしな。

「うん、シンと一緒。かっこいい」

「多分、そう思うのはお前だけだろうよ」

 生き残った人間が傍目から見たら、強烈に怪しい二人組だろうな俺たち。黒ずくめの男と、サングラスをつけた謎の幼女。元の世界なら通報ものだ。

(もっとも、そんなまともな感性なんてもうこの世界じゃ意味なんてないがな……)

 自分の意味のない思考に苦笑を浮かべかけた――



 その時だった。





「助けてくれえええええ!!!!」





 ゾンビではない人間・・の叫び声が聞こえたのは。

「……シン」

「ああ、聞こえているとも」

 声が届いたということはここからかなり近い位置にあるということだ。

「いくぞココロ」

「ん」

 どうやら隠れ家に変えるのは少し後になりそうだ。俺たちは声が聞こえた方角に目を向けるのであった。 

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腐った世界の攻略法 『ゾンビが溢れた世界で彼等を支配する王の力を手にいれました 』 時乃 歩 @toklnoayumu

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