君に触れる3秒前
すぴか
第1話
俺はうじうじする奴がこの世で一番嫌いだ。
言いたいことは言ってしまえばいいのに、口に出さないやつは見ていてイライラする。
目の前にいる小柄な女だってそうだ。
クラスメイトと思われる女子生徒らに水をかけられて服や髪が湿っているこの女は、まったく顔を上げようとしない。ぐっしょりと濡れたスカートの襞を握りしめ、なにかに耐えるかのように肩を震わせていた。
「なんだお前、いじめられてんのか。なんでやりかえせねぇんだよ。」
「・・・・」
イラッとした。意地でも口を開かねえつもりかこいつ。
俺が沈黙にしびれをきらしていい加減にしろよ、と口を開きかけた瞬間、昼休みの終わりを知らせる鐘が学校中に鳴り響いた。
これ以上聞いても仕方ねえか。
無理に聞くのもよくない。
俺はブレザーを脱いで女の頭にかぶせたら、女はびくりと肩を震わせた。
「授業だろ。スカートはどうもなんねぇけど、それ貸してやるから。行けよ。」
その時、女が初めてちらりと顔を上げた。瞳は薄い色素の茶色だった。なにかで殴られたのか、右目の下あたりに大きな痣ができていて、口の端は血がにじんでいた。
泣いたのか、少し腫れぼったい二つの瞳がこちらを見上げている。
な、なんだこいつ。人の顔をまじまじと見やがって。
「なんだよ。文句でも・・・」
す。
女は自分の左手の甲に右手を交差させた。
目を緩ませ、ふわりとほほ笑んだ。
一瞬、その表情に時間を忘れた。
「・・・?」
手話?
「お前、もしかして耳が聞こえないのか?」
そう話しかけても、首をかしげることしかしない。
彼女は、ちょっと気まずそうな顔をしたあと、耳と口を指さしたあと顔の前でバツ印をつくった。
「そうか。お前、耳が聞こえねぇのか。」
それは悪いことをしちまった。
俺は足元に落ちていた木の枝を拾って、グラウンドに「富士咲有馬」と書いた。
「俺の、名前。」
自分とグラウンドに書いた名前を交互に指さすと、女はにぱっと表情に花を咲かせた。
彼女も足元の小枝を手にとり、ひょろひょろの字で「神崎雛」と書いた。
彼女の名前は神崎雛。
これが俺と彼女の出会いだった。
君に触れる3秒前 すぴか @SpiSpi_cca
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