第18話 三番目のパパ

 おっかぁは、ケンタと別れてからしばらく彼氏を作らなかった。「もうおっかぁも30歳になるし、次は慎重に探さないとね」と言っていた。

 夜のアルバイト先に来るお客さんとはたまに食事に行っていたようだけど、一切自宅には入れなかった。この部屋は、おっかぁと僕の「聖域」だった。

 

 世間がゴールデンウィークに入った頃、「聖域」に一人の男の人が遊びに来た。 体格が良くて、眼鏡をかけた人の好さそうなおじさんだった。おっかぁは、その人を僕に紹介した。

「ゴマ次郎、このおじさんは、ゴマ次郎が生まれる前からの、おっかぁの古くからのお友達だよ。ちょっと離れたところに住んでいるんだけど、ごくたまに会ってご飯を食べたりするんだよ。このおじさんは安全な人だから、ゴマ次郎も警戒しなくていいからね」

 安全な人、と聞いて僕はほっとした。しっぽを振って近づくと、おじさんは僕の頭を撫でながら「ゴマちゃん、初めて会うね。話は聞いていたよ。よろしくね」と言った。

 そのおじさんと接しているおっかぁは、とても自然で、女友達と話しているかのようだった。おじさんは静かな人で、おっかぁが一方的にしゃべっているのを、「うん、うん」と聞いていた。

 夜、おじさんはおっかぁの作ったご飯を食べると、帰って行った。

 それから、おじさんはたまに週末、遊びに来るようになった。三人でお散歩も行った。リードはいつも通りおっかぁが持っていたけど、僕がひねり出す立派なうんちはおじさんが拾ってくれていた。

 おじさんの家にも遊びに行った。おっかぁが運転する車で三時間ほどの小さな町に、おじさんは住んでいた。おっかぁは車を運転しながら話してくれた。

 「おっかぁは、もともとこの町で生まれ育ったんだよ。21歳まではこの町で暮らしてたの。高校を卒業して、今と同じように夜アルバイトをしていたんだけど、そのお店に通っていたのがおじさんなんだよ」

 おじさんのアパートは、日当たりが悪くて狭かった。不思議な間取りのアパートで、居間の奥の寝室に、洗濯機とお風呂場があった。備え付けのエアコンがあるのは羨ましかった。出窓があったので、そこで僕は日向ぼっこをしてみた。悪くないな、と思った。アパートの周辺は、すべてが美香保公園のように緑が広がっていて、近くに川が流れていた。三人で川沿いを歩いてみたけど、さらさらと水の流れる音が、とても心地よかった。


 そんな感じで、おっかぁとおじさんは家を行ったり来たりしながら会っていて、秋が来て、やがて冬がきた。

 年末、おじさんは僕らのアパートに遊びに来たときに、『婚姻届け』を持ってきた。

「お互い、そろそろ身を固めてもいい年だし、俺、つまんない男だけど、ななこが幸せになれるように、頑張って働くから」

「私だけじゃなく、ゴマ次郎もひっくるめてもらってくれるなら」

 二人は、僕の見てる前で、『婚姻届け』にサインをした。いつもは静かなおじさんが、「ゴマちゃん、これからはおじさんのことを、オトンと呼んでね!」と高いテンションで言った。

 僕は、今度こそおっかぁが幸せになれるように、心から願ったんだ。もともと明るくて陽気なおっかぁには、オトンはちょっと性格が静かすぎるような気もしたけど。

 

 さて、二人が結婚するのはいいけど、どこに住むかという問題になった。僕はおっかぁと一緒ならどこでも良かったけど、おっかぁは今更田舎の地元に戻りたくないと言い、オトンがこっちに移り住むことになった。オトンは『自衛隊』という兵隊さんの仕事をしていて、僕らの住む町に転属願いを出した。

 二人は新居を探し、ペット可の2LDKのマンションを借りることにした。

 「聖域」のアパートから出て行くのは少し残念だった。おっかぁと二人だけで過ごした2年近くの穏やかな日々の思い出が詰まっていたからだ。

 引っ越し当日、僕はオトンに抱っこされて、荷物が運び出されるのを見ていた。おっかぁも「ここで暮らせたら良かったんだけど、オトンの荷物が入りきらないから仕方ないね。ゴマ次郎、また新しいおうちで楽しく暮らそうね」と言って、僕の頭を撫でてくれた。 

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神様からのレンタル犬 小西モンステラ @ageha7575

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